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データ偏重型の企業理解から解放されるべき

東京を知りたいという人に何を語るか

もしあなたが東京に住んでいるとして、東京を一度も訪れたことがない人から「東京について知りたいので教えてほしい」と言われたら、どうするだろうか。

東京のなかで自分が知っている代表的な街について話すかもしれない。歴史に詳しい人なら、東京という街がどのように形成されてきたのかを話すかもしれないし、東京の中でいくつかの場所に住んだことがある人なら、地域ごとの違いについて話すかもしれない。会話している2人の関心事が交通事情なら、電車や地下鉄、道路網について話すかもしれない。

ポイントは、地理、歴史、街の特徴、交通網、人、文化、住みやすさなど、あらゆる側面から総合的に語ろうとするだろうということだ。人が集まって構成されている街というものは複雑系であり、とある一面だけを語っても「東京」というものを話したことにはならない、というのが普通の感覚だろう。

企業や事業を知りたいという人に何を語るか

ところが、企業や事業を知りたいというとき、なぜか高い確率で「財務データ」に焦点が当たる。人によって程度は異なるが、客観的な情報に強い信頼性を置いている場合には、8-9割は財務データを見ればわかるとさえ考えている人さえ出てくる。

これは考えてみるとかなりおかしな話だ。前述の例を引けば、東京について知りたいという人に向けて、東京都が公表している各種統計データを渡して、これを見れば大体わかるよと言っていることに等しい。果たしてこれを見て、東京について知ることができるだろうか。私はそうは思わない。

ところが、理解の対象が企業に移った瞬間に財務データの重要性が極端に上がってしまう。企業は営利組織であるため、財務データに重きを置くこと自体は当然のことだ。問題なのは、「極端に」重要度が上がってしまう点だ。

データ偏重型の企業理解は平面的な理解であり、多角的かつ立体的な理解をするべき

企業を理解する上で、財務データだけが重要な情報ではない。それ以外にも、環境、組織、人、ステークホルダーとのリレーション、文化、コアコンピタンス、働く人のモチベーション、制度、マネジメントの資質、理念・思想など、財務データと同等か場合によってはそれ以上に重視すべき要素が無数にある。

これらの要素を無視すると、不健全な企業理解に陥る。データ偏重型の企業理解から自分を解放することが、自分に合った組織の特定や提案先企業の理解につながる。

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