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エセチャリダーとプータ Vol.02

相棒の自転車と、メキシコシティを力強く出発した時は、今から始まる大冒険に心が躍り、新しい出会いに胸が高鳴り、希望に満ちていた。

しかし、漕ぎ出してまもなく、大都会の洗礼を浴びる。車の排気ガス、自転車に優しくない交通ルール、街から出るだけで半日を要し、やっと田舎道に出て視界が開けた時は、顔はベトベトで太腿はパンパン、すでに脚は鉛のように重く、目標の街プエブラまで悠に100km以上の距離を残し、拷問以外の何者でなかった。

そして、まだ相当な距離を残した地点で、初の峠越えに挑戦。すでに感覚のない太腿に鞭を打つ。
しかし、登り坂に入りすぐに脚が動かなくなってしまい、そのまま道にへたり込んでしまった。周りは山、人っ子一人いない、車の通りも少ない。

暫くの間、呆然としていると、目の前を一台の車が通り過ぎようとしていた。
助手席の乗っていたおじさんと目が合った。その瞬間、耳を疑う叫び声を聞いた。

”プーーータ!”

スペイン語随一の汚いお言葉を、明らかにこちらに向けて発してきた。
あまりに唐突すぎる罵声に口あんぐり状態の中、目で車を追ったが、すぐにカーブを曲がり消え去った。”プータ”こと私の誕生である。

そして、瞬時に思った。

”さっきの車、戻ってきたらどうしよう”

そこから、運動で出た汗とは別の汗が脇を湿らせ、頬をつたい、自転車で走っている時より心拍数が上がっていた。
日没も迫り、小雨まで降り出し体も冷え、さっきの車のせいでヒッチハイクするのも怖くなり、もう身も心も滅多打ちである。

途方に暮れながら、それとなしに振り返ると草ムラが・・・

”ここで寝れんじゃね?”

道路から10m程中に入ったところに、草が刈られてテントがジャストフィットする場所に出た。
徒労感と完全に思考が停止した状態の中、イソイソとテントを設置した。
テントの中に入りやっと一息、するとお腹が空く。初日はどこかに宿をとるつもりだったため、ロクに食料も用意していない。
クラッカーと水で我慢する。疲れ果てていたため、空腹で寝れないということはないが、しかし寝付きが悪い。
そう、寝る前のドーパミン分泌タイムである。

”今横になっているこの場所、草は誰が刈ったのかな、私有地なのか、道路からテント見えるよな、誰かに通報されて、汚職警官に連行されて、それならまだ良い、暴漢に襲われでもしたら・・・” あーだこーだと思考の迷路へ。

聴覚が研ぎ澄まされる。聴いていたBjork "Pagan Poetry"が急に怖くなりイヤホンを外す。小さな物音だけでビクビクする。草が擦れただけで足音に聞こえてしまう幻聴。脳は休まないまま、ずっと薄目を開けたような状態で、朝を迎えた。

助かった、強盗や野犬に遭遇せず、とりあえず良かった。
と思ったのも束の間、今日も漕がないと目的地には着かない、と当たり前のことに絶望する。
どこが筋肉痛かわからないぐらい鉛のように重くなった体に鞭を打つ。走り出しから登り坂、出鼻を挫かれる。

”俺、何してんのかな?” 疲労が得意のネガティブ思考方面へ誘う。

メンタルと身体のパフォーマンスはリンクしている。全く漕ぎが捗らない。終いには自転車を降りて押す。登っている間、ほとんどの時間押していた気がする。
永遠とも思える時間を、50kg以上の荷物を積んだ自転車を時速約2kmで押して行き(引き摺るとも言う)、半日かけてようやく頂上へ到着。そこからは下り坂が続く。下りは下りでブレーキングしながら自転車をコントロールしないと、とんでもないスピードに到達してしまう。荷物の重さが加速を施す。スピードメーターが60kmを超えた時は焦った。転げようものならチャリダー二日目にして引退である。何とか下り坂を抜けて、ようやく”プエブラへようこそ!”の看板が見えてきた。自転車のブレーキングで腕に感覚が無くなっていた。膝は生まれたての子鹿状態。目的地に着いた達成感も無く、ただただ疲れ果てていた。

必死の形相で街に入り、ウォーキングデッドの”ウォーカー”役を素で出来るようになった私が、今から宿を探す。すえた匂いを撒き散らし、目が虚で、膝が笑っているアジア人が、自転車に荷物を括り付けて、「天使の街プエブラ」を徘徊するのである。今こそプータと罵って欲しい。

しばらく街を徘徊し、お手頃な宿へチェックイン。”ウォーカー”をチェックインさせてくれた。そんなプエブラは、間違いなく天使の街。


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