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大学受験のための読書案内・2

 大学受験の現代文や小論文では、哲学や思想などをテーマとする、場合によっては相当に難解な文章も出題されます。ではどうすれば、そういった文章を自力で読み解けるようになるのでしょうか? その答えにはいろいろあるのですが、やはり、継続的な読書によってそうしたテーマやそこに出てくる言葉の意味を一つでも多く知り、それについて自分なりに考えてゆくことが大切になります。この「大学受験のための読書案内」シリーズでは、高校生、あるいは中学生でもがんばれば読めるような本を中心に、そうした知に触れるうえで格好の入門書を紹介していきます。

国民国家とは?①【領土】

 皆さんは、国民国家という言葉を聞いたことがあるでしょうか? ひとまず以下に、『日本大百科全書』の「国民国家」の解説を、一部引用してみます。

確定した領土をもち国民を主権者とする国家体制およびその概念。17世紀のイギリス市民革命、18世紀のフランス革命にみられるように、絶対王制に対する批判として君主に代わって国民が主権者の位置につくことにより形成された近代国家、あるいはその近代国家をモデルとして形成された国家を指す。近代の国家システムのなかで、国民は主権者としてのさまざまな権利を有すると同時に、納税、兵役、教育の義務を担うことになる。また国民国家の形成過程において、国民は、国歌の斉唱や国旗への敬礼、言語の標準化等の統制を通して、国家の一員としての帰属意識(国民的アイデンティティ)を形成していく。

 なんだか難しい説明ではありますが、冒頭の「確定した領土をもち」という説明は、ご理解いただけると思います。要するに、国境を制定し、その枠内を自らの領土として所有することが、国民国家というシステムにおいては必須の条件になるということですね。簡単に言ってしまえば国民国家は必ず、「は~い、ここからここまではウチの国の領土でーす!」ということを宣言します。
 それが他の国に認められなかったら?
 それは交渉して認めてもらうか、さもなくば……戦争で勝ち取るということになりますね。 

国民国家とは?②【国民】

 次に、引用した解説のうち、「国民は、国歌の斉唱や国旗への敬礼、言語の標準化等の統制を通して、国家の一員としての帰属意識(国民的アイデンティティ)を形成していく」という箇所に着目してみましょう
 簡単に言えば、国民国家の形成においては、「僕ら、同じ国家に属している一つの国民だよね!」という意識を作っていくことが必須条件となるということです。
 ここでポイントとなるのは、今僕が、「作っていく」と言ったこと。
 そう。
 「僕らは一つの国民だよね!」という意識は、もともとそこに最初からあるものではない。「ここからここまで、ウチの国の領土でーす!」って宣言したその時には、たいがいの場合、その領土内に住む人々は、多種多様、雑多でバラバラの状態なのです。
 一例を挙げれば、橋川文三という思想家は、著書『ナショナリズム その神話と論理』(この本は受験生には難しいと思うので、興味ある人は大学に入っていろいろと勉強してから読んでみてください!)の中で、〈江戸時代後期まで、この列島に住んでいた人々は、自分の住む藩の外側に住む人間をあたかも「外国人」であるかのように認識していた〉ということを指摘しています。

 つまりは、この列島に住んでいる人々は、〈○○藩の○○村の人間〉として生きていたわけで、そこを超えたカテゴリーとしての「日本国民」などという帰属意識は持っていなかった、ということですね。
 そういったバラバラの状態を、「国民」という一つの集団としてまとめていく。
 どうやって?
 それは解説にあるように、「国歌の斉唱や国旗への敬礼、言語の標準化等の統制を通して」ということになります。
 わかりやすいのが、「言語の標準化」ですね。
 つまりは、政府が「これがウチの国家の模範たる言語じゃ~」といって「標準語(国語)」を制定し、それを、メディアや学校教育などを通じ、国民に徹底的に浸透させてゆく。するとバラバラだった国民は、〈同じ言語を用い、同じ価値観を共有する、一つにまとまった国民〉であるという意識を持つようになります。この一連のプロセスを国民統合と呼ぶことは、覚えておきましょう。
 ともあれ、こうやって統合された国民という単位を土台として、国民国家は運営されていくことになります。

国民国家とは?③【国民主権】

 最後に、引用した解説の「国民を主権者とする国家体制」および「絶対王制に対する批判として君主に代わって国民が主権者の位置につくことにより形成された近代国家」、「国民は主権者としてのさまざまな権利を有する」という点について説明したいと思います。
 まず、主権とは何ぞや?
 これにはいろいろな考え方や定義があるのですが、ここでは〈法を決定する権利=立法権〉と理解しておきましょう。
 そう。
 かつてその権利は、王様や貴族、将軍などの〈特権階級〉に限られた。しかし国民国家は、その権利を、あくまでの理念の上ではありますが、広く国民のすべてに認めようとする国家体制なのですね。
 その意味で国民国家という語は、〈国民=国家〉、もう少していねいに言い換えるなら、〈国民こそが国家を代表する主権者である〉ということを意味することになるわけです。ということは、国民国家とは民主主義という考え方と非常に密接な関係を持つ概念ということになりますが、それはまた他の回で言及したいと思います。
 ともあれ、以上の説明をまとめると、国民国家とは、

・確定した領土
・統合された国民
・国民主権

を基礎とする政治システムであることになります。

今回の推薦図書

 さて、ここまでざっくりとではありますが国民国家についての概要を述べてきたわけですけれども、ここで、「……ん? これって、今の日本、っていうか、世界中のいろいろな国のシステムと同じじゃね?」って思った人、まさに大正解!
 そう。
 現代社会においては、国家といえば基本、国民国家を意味すると考えて問題ないでしょう。もちろん、個々の国民国家においていろいろな違いや特徴があるのですが、少なくとも僕たちが国家という言葉を聞いて思い出すのは、以上説明してきた国民国家のイメージであるはずです。
 では、この国民国家というシステムが現れたのは、いったいいつのころからなのか?
 ここでもやはり、最初に引用した『日本大百科全書』の解説を参照すると、そこには「17世紀のイギリス市民革命、18世紀のフランス革命にみられるように」とあるわけですね。とりわけフランス革命は、国民国家の誕生について考えるうえで、決定的な歴史的出来事と言われます。

 現在、この国民国家というシステムは、様々な問題点を指摘されています。そしてそのどれもが、非常に重要な観点であることに間違いはありません。もちろんこの「大学受験のための読書案内」シリーズでも、いずれそういった問題点について、あるいはそれらについての理解を深めるうえで重要な書物について、紹介していきたい思っています。
 ただし、我々が今現在こうして手にすることができている様々の権利や自由は、国民国家の誕生という画期的な出来事がなければ実現されていなかったものである、という点も、決して忘れてはならないでしょう。
 そして、こうした国民国家の功罪を考えていくうえでも、決定的要因としてのフランス革命についてはしっかりと理解しておく必要がある。今回おすすめしたいのは、そのための入門書としてこれ以上のものはないと断言できる、

遅塚忠躬(ちづかただみ)『フランス革命 歴史における劇薬』(岩波ジュニア新書)

です。

劇薬は、恐ろしいものです。それを飲むには勇気がいります。しかし、ときには、それを飲まなければならない場合もあるでしょう。いまから二百年あまり前に、フランスの人びとは、新しい時代をつくるために、革命という劇薬を飲んで苦しみました。革命とは、偉大な事業であると同時に、悲惨な苦しみをともなうものでもあります。

 筆者の言う「劇薬」の意味については、本書を読むことで、皆さん自身で解釈してください。
 ただし、本書で述べられる様々な内容が、国民国家という入試現代文頻出テーマを理解するうえで、あるいはその功罪を知るうえで、いや、僕たちの時代、社会を考えていくうえで重要極まりないものであることだけは強調しておきたいと思います。

 では、今回は以上になります。それでは皆さん、良き読書タイムを!!





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