上田紀行編著『新・大学で何を学ぶか』(岩波ジュニア新書)を読んで

 僕は予備校講師です。当たり前ですが、毎年、多くの生徒たちを大学に送り出しています。でも今年は…大学に進学を決めながら、皆、いまだ"初講義"をすら受けられていない。コロナ禍のために。
 僕は心配になるんですね。
 あれほど皆が憧れていた大学生活というものに、もしかしたら、通う以前から「もう、どうでもいいや…」などと思ってしまっているのではないか、と。「ぶっちゃけもう、大学生活に対するテンション維持するとか、ムリっす。。。」、って。
 だからこそ、本書、上田紀行『新・大学で何を学ぶか』を、ぜひ、今春大学の入学式に出る予定だった皆様に、読んでほしい。大学っていうのは、本当に本当に楽しい、皆さんの可能性をどこまでも広げてくれる、素晴らしい空間なんだ、っていうことを、もう一度、このタイミングで知っておいてほしいんです。

 執筆陣は、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の教員たち。彼らが、大学での〈学び〉について、様々な観点から自らの思いをつづった一冊なんですね。「これから大学をめざす人、いま大学で学んでいる人へのメッセージ」として、非常に示唆に富んだ一冊になっています。

 例えば、以下の言葉はどうでしょうか?

 高校までの学びが「勉強」であるとすれば、大学で加わるのは「探究」です。「勉強」はどこかテストの匂いがしますね。テストでいい点数を取る、つまり出された問題が解けるようにするという勉強です。その問題には「正解」があり、その正解を答えればいい点数が取れます。
 ところが「探究」は違います。例えば生きるとはいかなるものなのかとか、死とはいかなるものなのかといった、人間にとって根本的な問いについて、大昔からたくさんの哲学者や賢人たちが真剣に考え続けてきましたが、そこにはこれだけが正しいという答えも結論もありません。ならば考えても無駄なのかといえば、けっしてそんなことはありません。そのことを探究することによって、私たちの人生は深まり、豊かになっていきます。(上田紀行「はじめに」pⅳ∼ⅴ)

 僕は現代文の予備校講師として、「いかにしてその文章についての一義的な解答にたどり着くか?」という方法やプロセスを教えます。そして、そのこと自体は絶対に必要なことだと信念を持っています。
 でも、でもですね、、、そこは決して"ゴール"ではない。
 むしろ、いつかは打ち壊されるべき、"社会通念"でしかないんです。
 その文章のその一節……いや、場合によってはたった一つの文節すら、決して一義的には意味を決定できなかったりする。というか、むしろそこから無数に産出される意味をどこまでも追いかける途方もない"いたちごっこ"こそが、読むということの楽しみだったりするんです。
 そして、確かに大学は、そういった"知の豊饒性"を教えてくれる場所なんですね。
 國分巧一朗さんの、次の言葉はどうでしょうか?

 哲学はどうやって始まったのでしょうか? あるいは、哲学はどうやって始まるのでしょうか? いま名前をあげたアリストテレスの師匠であるプラトンは、その著作によって、今日知られている哲学の基礎を作った人です。そのプラトンは――そして弟子のアリストテレスも――哲学の始まりとは驚きであると言っています。
 たとえば、あまりにも雄大な自然の光景を前にして、どうしてこのような美しいものが存在しているのだろうかと言葉を失った経験はありませんか? 何億年の単位で語られる自然について知り、人間という存在のあまりの儚さに思い至って、人間とはなんなのだろうかと考え込んでしまったことはありませんか? ふと自分の人生について思い、人生にはどんな意味があるのだろうかと悩んでしまったことはありませんか? 身近な人を失い、死とはなんだろうかと呆然としてしまったことはありませんか?(國分巧一郎「問いを発する存在になる」p23∼24)

 自然とは何か。
 人間とは何か。
 人生とは何か。
 死とは何か……。

 おそらく、こうした問いには、決定的な答えなどないんですよね。
 それでも、人間は、それを考えずにはいられません。
 皆さんも、幼稚園や小学校低学年のころ、「宇宙の向こう側って、どうなってるんだろう…?」とか、「人は死んだらどうなるんだろう?」とか、うんうん頭を悩ませたことがあるのではないでしょうか?
 こうした答えのない問いをとことんまで考えることを、そして、その結果なんの答えも見つけられずに挫折することを、大学という場は、許してくれるんです。

 せっかく大学への進学を決めたのに、いまだ大学の授業を受けることのできない皆さん……もう少し、もうちょっとだけのしんぼうです。マジで本当に、大学という場所はこちらが主体的に何かを望むかぎり、それに応えてくれる。
 我慢の限界かもしれませんが、なんとかねばってください。
 なんとか。

 追伸 もちろん、今から大学受験を目指す高校生も、本書を読んでぜひぜひテンションを高めてほしいな、と思います。皆さんのやる気を盛り上げてくれるのみならず、将来について様々な指針をプレゼントしてくれる、素敵な素敵な一冊です(o^―^o)ニコ

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