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日本版 ロミオとジュリエット

采女伝説(うねめでんせつ) 原作:郡山地方 口頭伝承 脚本・脚色:玄庵
オリジナルテーマソング:花かつみ
作詞:玄庵 作曲:fusae 演奏:BrownRice(玄米)

時を遡ること千三百年ほど前、陸奥の国(みちのく の くに) 安積の里(あさか の さと)を治める郡司は安積の臣虎麻呂という人物でありました。

虎麻呂には一人娘がおりました、名は春姫。
肌の色はわた雪のように白く、切れ長の黒い瞳はまるで宝石のよう

民にも優しく 踊りも歌も素晴らしい 才女
国の男どもすべてが憧れる春姫

春姫は許嫁がおりました、名を次郎
次郎は名主の長男ですが、働き者で筋肉質の身体
笑うと真っ白い歯が印象的な若者でした。
そして、なにより春姫を我が身以上に大切に思っておりました。
春姫も次郎以上に深く深く恋焦がれておりました。

幸せなふたりがいつも出向く「山の井の清水」
清廉な水が、滾滾と湧き出す、小さいながらも深い池
水面には安積山と次郎と春姫ふたつの影

春 姫:次郎さまこの池に映る月は、いつ見ても美しゅうございます。
次 郎:月は細くなったり、丸くなったり、心変わりがするものだが、わしがそなたを想う心は、この清水の如く永久(とこしえ)に変ることはない。
春 姫:嬉しゅうございます。春姫が民を大切に想い笑顔で接するのは、次郎さまがおられるから。
次 郎:わしは、そなたの身を挺しても、民を思う心こそ、美しいと思う。

そんな二人の会話を水面に映る月が、微笑むように揺らぎました。
ある日のこと、奈良の都より葛城王(かつらぎおう)がやってまいりました。
冷害の続く、この里は朝廷への貢ぎ物が途絶えておりましたために、謀反などの隠し事はないかと疑念を持たれておりました。
虎麻呂の館では都から来た葛城王をもてなす宴が賑やかに始まりました。


郡 司:葛城王さま遠いところをおいでいただき、さぞ、お疲れでございましょう。どうぞ盃をお受けくださりませ。
葛城王:酒などいらんわ!貴様たちは冷害を言い訳に何を企んでおるのだ?
郡 司:めっそうもございません!私どもの国は雪も多く特に今年は作物が取れず困っております。どうぞお許しいただき。今しばらくお待ちくださいませぬか?
葛城王:ならぬ!ならぬ!ならぬ!都をないがしろにする国など滅ぼしてくれるわ!

機嫌の悪い葛城王を見かねて春姫が近づいてきます。
葛城王がふとみると、悪戯っぽい瞳の美しい娘だった。
ピンクのプルンとした唇がひらき踊るように

春 姫:葛城王さま、私と手遊びをしていただけませぬか?
葛城王:なんと手遊びとな?
春 姫:はい!わたしの右手と左手に盃がございますね?どちらかに「山の井の清水」が入っております。もう片方はお酒が入っております。葛城王さまが、見事お酒を選べば葛城王さまの勝ちでございます。

葛城王:わしにかかったら簡単なことじゃ!そうじゃのぉ~こっちじゃ!
春 姫:さぁお飲みください!
葛城王:なんと!なんと!水じゃったわ!わっはっはっは


春 姫安積山(あさかやま) 影さえ見ゆる山の井の 浅き心を我(あ)が思(も)わなくに

   今、お飲みになった「山の井の清水」の如く清らかで、深い心で都の王をお慕いしております。
   どうか数年の貢物(みつぎもの)をご免除いただけますように、心よりお願い申し上げます。

葛城王:なんと風流(みやび)で聡明な姫じゃ!こりゃ1 本とられた・・が・・・・もうひとつの杯を見せてみい!・・・・ふむやはりな、どちらも水じゃったな!この葛城王を騙せるおもったか!
春 姫:決してそのようなことはございません。ただただ、国の現状をわかって頂きたかったのです。
葛城王:ふむ。。。。。そなたの勇気に免じて3 年間の免除をしてやろう!
春 姫:嬉しゅうございます。

葛城王:ただひとつ条件がある。お前のような娘は都にも滅多におらん、さぞや我が王も気に入ることであろう。明日わしと一緒に都に上るのじゃ都の王に采女(うねめ)として使えるのじゃ!よいな!
春 姫:それは・・・・・・わかりました・・・・参ります。
葛城王:そうと決まったら酒じゃ酒を持て!謡じゃ踊りじゃ!


すっかり機嫌の直った葛城王、宴は深夜まで続きます。
その夜、次郎に最後の別れを告げる春姫

春 姫:次郎さま、陸奥(みちのく)は美しき国。春姫は、いついつまでも、この国と子どもたちを守りとうございます。
次 郎:おのれ!葛城王!人の弱みに漬け込みおって!わしのこの剣で亡きものにしてくれるわ!
春 姫:なりませぬ!都を怒らせたら、国も滅びます。戦になったらいつも酷い目に遭うのは民。わたくしは都に上る決心をしました!
陸奥の国(みちのく の くに)のため、民のため。そして・・・あなたさまのため・・・・
次 郎:春姫
春 姫:この帯を私だと思って大事にお持ちくださいませ。わたしも次郎さまの帯を頂いて都に参ります。

都に上がった春姫は王に寵愛を受けますが、毎夜、毎夜、奈良の猿沢の池に映る月を見ては次郎を想います。

春 姫:次郎さま、わたしの身体は都の王のもの・・・こころは永久(とこしえ)に次郎さまのものでございます。お会いしとうございます。次郎さま・・

その頃、次郎は春姫の帯を大事に膝に乗せ「山の井の清水」に映る月を、来る日も来る日も見つめておりました。
その傍らには、酒のとっくりが、いくつも転がっておりました。次第にその数も数えられないほどに。
3 年が経った中秋の名月、美しい月に春姫の笑顔が写っていました。
次郎は帯を持ち月を抱きしめます。

次 郎:春姫よ、そなたを想えば想うほど、わしの心の傷から血が出て止まらんのじゃ。もう離さぬ。春姫」

中秋の名月「猿沢の池」に映る月を見た春姫。一瞬ゆらいだ月に、次郎の姿が映ります。愛しい次郎の唇が、何か言いたげに動くのが見えました。
春姫は矢も立てもたまらず、「猿沢の池」に着物をかけ、自殺を装い故郷へと急ぎます。

次郎の面影を追う春姫、里に戻りますが、民は都からの怒りを恐れ、誰ひとりとして春姫を庇うものは居りませんでした。春姫は次郎を探し「山の井の清水」に参ります。
鏡のような水面に今夜は恐ろしいほど、美しい月が写っておりました。
そこに薄雲をまとったような影が浮いております。
血が凍りました。それは見覚えのある、春姫の帯。

春 姫に逢いたい心が月に身を映したのだ。
春 姫:次郎さま死ぬほどに、寂しい思いをさせたのですね、これでもう誰にも邪魔はさせませぬ。私たちが愛しあった、「山の井の清水」で添い遂げましょう。

こうして安積の里(あさか の さと)を救った春姫は、池に身を投げ一生を閉じます。
悲しみに包まれた冬を越して・・・・翌年の春のことでした。
「山の井の清水」の畔、未だかつて無いほど「花かつみ」が咲き乱れました。
里の者たちは「安積の花かつみ」と名付け、死してなお。愛するふたりの生まれ変わりだと噂されたそうでございます。


これが郡山に語り継がれる、儚くも美しい陸奥の国(みちのく の くに)采女(うねめ)伝説でございました。

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