鬼2

酒呑童子

鬼の棲む国 
「酒呑童子」
鬼の語源は「穏」(おん、おぬ)などと言われ、隠れて目に見えぬ物の怪を指すと言われている。鬼とは人の形をした悪鬼、心の闇もまた鬼なり。人に見え鬼の心を持てば即ちそれも鬼なり。


京都府丹後半島の付け根に位置する大江山。ここに遠く離れた朝廷すら恐れるほどの鬼が住んでいたと言われていた。その名は酒呑童子
大陸の製鉄の文化を取り入れ、武器だけではなく、稲作など先進の技術を持った小さな強国であった。
平安京は一見、華々しく食物も豊富にあるように見えるが、実は平安京の周りの集落は食べるものもなく飢餓と病気で地獄のありさまであった。
これを憂いた朝廷は山陰の鬼討伐との言う、大義名分を掲げて侵略戦争へと舵を切ったのであった。

「穏の国」


「大江山」丹後半島の南端にある標高833mの裾野が広い連山、別名、大枝山・与謝大山・千丈ヶ嶽ともいう。ここは平安時代「穏の国」とも言われ、朝廷を脅かす勢力「酒呑童子」が住んでいたとされています。この大江山から山陰道方面は大陸の進んだ文化が根付いていた。


朝廷はこの先進技術を欲しいが為に「穏の国」の王「酒呑童子」を殺害する計画をたてたのだ。しかし帝が他の国に侵略し財宝や技術を盗んだとあっては民の信頼を失いかねない。
ただでさえ「平安京」では一部の貴族だけが豊かな生活をし、庶民は食べるものすらと言う悲惨な時代だった。民の信頼を失ってしまっては暴動が起こり、やがて都は崩壊する。そこで正義を旗印とするため、山陰の庶民を苦しめる鬼「酒呑童子」の討伐計画を思いつき「穏の国」の莫大な財宝や先進技術を盗もうと考えたのだった。帝は信頼できる部下の源頼光に命を下した。源頼光は頼光四天王を集め「酒呑童子」討伐に出発したのだ、時は寛和2年 9世紀後半のことであった。

「鬼王城」

一方「大江山」では「酒呑童子」が今日も仲間と酒を飲んで宴をひらいていた「穏の国」は豊かであった、大陸からの金属精錬技術の恩恵をうけ、民は幸せに暮らしていた。「酒呑童子」は酒好きで豪放磊落、大陸から来る人々を差別無く快く受け入れ、雑多な民族が仲良く暮らす理想郷ともいえる国、そこが朝廷の言う鬼の国「穏の国」だった。

この国の民から見ると「穏やかなる国」しかし朝廷から見ると「穏(鬼)の国」となるのだ。それは高い技術に裏づけされた軍事力・そして商才豊かで朝廷相手にも引けを取らなかった。朝廷から見たら癇に障る目の上のタンコブともいえる存在であった。

この国の軍事力もさることながら「酒呑童子」は侵入する敵を惑わす力があった。幼い頃、寺で育った「酒呑童子」は外法(魔法、魔術、妖術)を学び、どんな勢力でも「酒呑童子」の棲む「鬼王城」には一歩たりとも近づけなかった。
しかし「酒呑童子」を殺そうと画策する朝廷、練りに練った恐ろしい計画が影で蠢き始めていた。

「朝廷の策謀」

 朝廷の命を受けた源頼光の一行は京丹波(現在の綾部市)を抜け、由良川沿いに大江山に向かう途中、陣を張り夜宿を決めた。部下が寝静まった頃 源頼光は4天王を呼びつけた、はぜる薪を見つめながら源頼光は驚く話をはじめた。
源頼光は私生児で実は帝が父親であると、しかしながら今の自分は一介の武将、母も見捨てられ、仏門へと封印された状態だという。頼光は「今の京の状況は悲惨すぎる帝は民の事を大事には思っておらん!わしは謀反を起こし帝を討とうと思っておる」その言葉に4天王に激しい動揺が走った。

頼光はいった「わしに付いてきてくれるか?もし納得がゆかぬなら、ここで離隊してくれ!長年戦ったお前たちを手にかけとうない」と言ってポロポロと涙を流した。
その頼光の手を握って4天王は口々に「頼光様を命に代えてもお守り申す、新しき帝は源頼光さまに!!」と互いに手を握り合い固い絆を確かめ合う5人であった。そんな5人を樹上から見下ろす黒い影がスッと闇に消えたのは誰も知らない。翌朝、出発した源頼光の一行は踵を返す、目指すは平安京であった。

「謀反」

京へ続く道を暫く駆け、両脇が断崖の道に差し掛かる時だった、不意に襲い来る軍隊!目の前に現れた旗印は朝廷の大軍。
「おのれ!もう嗅ぎつけおったか!者ども臆するな!ゆけー!ゆけー!ゆけー!」激しい戦いが繰り広げられたが、数万の朝廷の大軍に数百の頼光の部隊では戦いにもならず。朝廷の大軍に頼光軍は、殆どの部下を失い敗走し大江山の麓まで逃走した。

しかし、朝廷軍は目前まで迫ってくる。源頼光と4天王だけ!覚悟を決めたその時だった。急にあたりが暗くなり土砂降りの雨。雷が朝廷軍の目前、馬の前に稲妻が3度4度と落ちる。怯んだ馬は立ち上がり武将を落として逃走した。
何事かと立ち止まる朝廷軍。見る見るうちに、濃い霧で何も見えなくなってしまった。濃い霧の中、頼光と4天王は何者かに捕らえられた。連れ去られる途中、竹林の青臭い匂いが鼻の奥を刺激した。先ほどの雷雨が嘘のように、霧が晴れた頃には頼光と4天王は跡形もなく消えてしまっていた。狐につままれたような朝廷軍だった。

「鬼の横顔」

ここは、「鬼王城」黒光りする床に座り片膝を立てて、源頼光たちを睨みつける「酒呑童子」地の底から湧きあがるような低い声で話す。
「お前は朝廷に謀反を起こすつもりなのか?」と、昨晩の黒い影は領地を敵から守るために巡回する「酒呑童子」が放った見張りの影であったのだ
源頼光は自分の境遇と現在の平安京の事実を涙ながらに訴えた、それを聞きながら「酒呑童子」は誰はばかることなく大声を上げて泣き出したのだ。
情け深い「酒呑童子」は見捨ててはおけないと一行に風呂をあたえ食事を勧め、まずはゆっくりと傷を癒すようにと手厚く保護したのだった。


平和に数日が経ち鬼王城はいつもと変わらぬ朝を迎えていた。明るい朝日の中子どもたちが笑いながら駆け抜けてゆく。
窓には頼光と酒呑童子「どうじゃ?ここは天国じゃろ?わしは、この国を命に代えても守ろうと、思って居るのじゃ、お前も帝を倒すのではなく、この国を守る手伝いをしてはくれぬか?すぐ返事はくれんでも良い、待っておるからな」と人懐っこい笑顔で話す「酒呑童子」の横顔は男が惚れてもおかしくないほどだった。頼光は窓の外に目を移し、子どもたちを見ながら少し寂しげに無言で頷いた。

その頃、頼光たちを探す朝廷軍は諦めてはいなかった。この際、頼光を探し、そのまま「酒呑童子」を討とうと叫ぶ、血気盛んな朝廷軍。
その中に裏高野の坊主「慈恩」がいた鬼王城への道は、まやかしの技で見えない道があり、それを看破するべく慈恩が呼ばれたのであった。

印をむすび経文を唱え始めると、風とも磁気とも分からない振動が空気を震わせる。聴くに耐えないほどの振動がピークに達したとき、杓状で竹やぶを一閃した。ピシー!と音が鳴り、今まで藪であったところに大きな道が開けたのだ。奇声を上げて鬼王城へと突撃する朝廷軍!


「鬼王城の戦い」


平和な城に突如として結界の裂ける音が響く。裏高野「慈恩」とその配下12人衆が経文を唱えながら朝廷軍の先頭にたち、まるで雲にトンネルを穿つように結界を杓杖で払っていた。
雄たけびをあげ朝廷軍が鬼王城に向かってくる。朝廷軍は城壁に取り付き城門を壊そうと大木で打ちはじめた、反撃に出る鬼王の軍勢、城壁に開けられた三角形の窓から撃たれる矢は朝廷軍のそれとは明らかに強く鋭く殺傷能力は格段の差が有った。貫通能力が高いため鎧を着た武将、数人を射抜くほどの威力を見せた。


この時代に「穏の国」は鋼を圧延した大型の発射機を開発していたのであった、あっけ無く、ばたばたと倒れる朝廷軍。
しかし、状況が一変する出来事が起こり始める。朝廷軍の陣において護摩を焚く「慈恩」とその配下12人衆。またしても恐ろしげな呪術が風とも磁気とも解らない恐ろしげな波動が鬼王城を包み込んだ。
矢を撃つ「穏の国」の兵が目や耳から血を流して倒れ始めるではないか!慈恩らが放つ呪術が「穏の国」の兵を苦しめた。

「酒呑童子」も妖術で対抗するが裏高野13人の力には抗う術もなく。やがて城門は破壊され城内に朝廷軍がなだれ込んで来るのであった。
奇声をあげ朝廷軍が迫る。四天王も先頭に立って戦い始めた。さすが源頼光の四天王だった鬼神のような戦いぶりで彼らが通る後には死人の山が築かれていった・・・・が、突如として動きが止まる四天王!またもや慈恩たちである。
呪縛にあった四天王にはなす術もなく、数十本の槍で突かれ遂に倒されてしまったのだ。

先ほどまで平和だった城内は一気に地獄絵図と化し城内に火を放たれ、女子どもが逃げ惑う。
天守閣に迫る朝廷軍 ここを最後と「酒呑童子」と家来たち、そして四天王を失った頼光が構えている。大扉を蹴破って朝廷軍がなだれ込んで来る。しかし「酒呑童子」と家来たちの力は凄まじく、この天守閣に在っては慈恩らの呪術も全く通用しなかった。酒呑童子の凄まじい気迫に怯む朝廷軍。

と・・その時だった逃げ遅れた子どもが城内に走りこんでくる、それを見つけた頼光が助けようと走る、少し遅れ酒呑童子も同じように動いた。
その時である振り向きざまに頼光が剣を抜いて酒呑童子を斬った!平安京一番の剣の使い手といわれる頼光である、手に持つ刀は大和源氏に伝わる宝刀「獅子王」
あ!という表情を浮かべ酒呑童子の頭は前にゴロリと落ち、身体はよろよろと数歩進んで空間をかきむしって倒れた。そこにいた全員が一瞬で絶対零度に冷凍されたように固まった。
頼光の「酒呑童子討ち取ったり!」の声が聞こえるまでは、長い長い時に感じた。凄まじいほどの犠牲を払った「朝廷の策謀」は、ここに来て開花したのだ。最強のリーダーを失った城内は、この世の地獄かと思うほどの光景が繰り広げられた。
源頼光は手に持った酒呑童子の首と共に、燃え盛る炎の中、何故か大粒の涙を流しながら呆然と立ち尽くしていた。


「平安京 城内の異変」


「酒呑童子」を討ち取った朝廷軍は意気揚々と都に向かった。大きな木箱に「酒呑童子」の首をいれ縄で幾重にもきつく縛られている。胴体は荷車に乗せられ、「むしろ」をかけて、それも縄で幾重にも縛られていた。
頼光は終始無言で俯き加減に一点をみつめ、深く考え事をしているようにも見えた、やがて一行は平安京へ羅城門へとたどり着く、噂を聞いた都の人々は「酒呑童子」を一目見んと集まっていた。
人々は荷車に乗せられ、だらんと下がった手を見て「酒呑童子」の大きさに驚きの声を上げた。
「ほぇ~やはり 鬼はおおきおすな」
「こりゃ ほんまもんの 鬼ですわ」
「えらいもん 殺さはりましたな」
「これで 山陰道の民も都も安心どすな」

 民の中には石を投げるものや罵詈雑言を浴びせるものまであり、帝の流布した噂に民はすっかり騙されていたのだ。
いきなり野次馬の中から飛び出す男がいた、男は棒を持って「酒呑童子」の胴体を激しく殴った「この鬼畜生め!」その時、先頭にいた、頼光が馬から疾風の如く飛び降り、その男を激しく殴打した。
「うつけもの!このお方は・・・このお方は・・・・・・・」
それ以上の言葉は出ず、今にも、その男を斬りつけるほど、激しい殺気を燃え上がらせた、恐ろしいほどの気迫に悲鳴を上げて逃げ出す男。
そのやり取りに先程まで、どよめいていた民衆が一瞬にして、水を打ったようにシンと静まり返った。それからは、まるで静かな湖の水面を泳ぐ、魚のように人々を掻き分け進む頼光と朝廷軍。


大内裏の朱雀門から内裏へと入ってゆき城内西側に位置する、宴の松原といわれる庭園へと歩を進める頼光の一行。
たどり着くと、そこには奥の院に帝が座っている。その手前、白州の上には裏高野の慈恩とその左右には配下十二人衆と顔見知りの数名の武将も座っていた。
頼光は白州の上に跪き「帝にあらせられましてはご機嫌麗しゅう。本日ここに酒呑童子の首をお持ち申し上げました」
帝は「先程から、なにやら獣の匂いがすると思うたが、そこなる鬼畜生の匂いであったか・・おぉ臭い臭い・ほほほほぉ」つられて慈恩やそのほかの従者も大笑をはじめた。


「頼光よ、鬼畜生の財宝や武器などは首尾よく持ち帰ったのか?」
「はっ!金銀あわせて5百貫、最新の弓発射機50機、鬼鉄刀100振り、鬼鉄槍100槍、ほかにも持ちかえってございます」
「ほほぅ、鬼畜生はそれほど貯めこんでおったかぁ どうせ畜生に持たせても何の立たんから朕のものにするのが一番じゃ、ようやった、さがって良いぞ頼光」


「は!酒呑童子の遺骸を寺に納め丁重に葬って参ります」
「なに!そんな鬼畜生は河原にでも捨て置け!カラスや河原の餓鬼どもにでも食わせておじゃり」
「は?河原の餓鬼とは、もしや民のことでございますか?」
「それ以外だれがおると言うのじゃ?喰うものも無く腹が出て歩く姿はまるで地獄の餓鬼じゃ!鬼は鬼を食うのが一番じゃろ、ほほほほぉ~あははははは のう~みなのもの」
「ははぁ~!」
「帝は民を餓鬼と申すのですか・・・これ程の財宝を持ち帰りし事をしても民には施しすらしないともうしまするか?」
「なにを馬鹿なことを申しておる、民は朕を生かすために飼っておるのじゃ、鬼畜生の血を浴びて頼光の頭はおかしゅうなったとみえる、財宝は朕一人のものじゃ誰一人として渡しはせぬわ・・・あひゃひゃひゃひゃひゃ」


頼光は身体の震えが止まらなかったが膝をつかみこらえる・・・そして記憶の海に残る酒呑童子が窓辺で話す風景が蘇る。
「どうじゃここは天国のようじゃろ?わしは命に代えてもこの国を守りたいのじゃ」まぶしい朝日に男の逞しい横顔と人懐っこい笑顔が浮かんで血の色に染まった。


「わしは・・わしは・・・こんな奴の為に四天王まで失い、酒呑童子の心遣いまで裏切り・・・仕えて来たのか・・・このままではあの世で会わせる顔すらない。」頼光の目には帝が本当の鬼に見えた、般若の姿と帝が重なった時、頼光の心で音を立てて何か壊れた
「帝・・・・・わしは鬼退治を帝から申し付けられました・・・そして最後に恐ろしき鬼がもう一匹残って居りました・・」
「あわわわ・・・はて何処にいるのじゃ?頼光恐ろしげな戯言を言うでないい!」
「それはのう、目の前におるわ!」大和源氏に伝わる名刀獅子王を抜いて「おのれ帝!おのれこそ本物の鬼じゃ般若に心を喰われた鬼じゃ!」
帝を庇わんと襲い来る慈恩の十二人衆を、たすきがけに一瞬で切り殺した頼光は逃げる帝を追って走る。


「誰か!誰か!おらぬか!頼光の気がふれた!はよう!はよう!」
凄まじい気迫で追いかける頼光、奥の院まで追い込んだとき大勢の護衛の武将が扉を開け入ってきた。
最大の敵、慈恩が呪縛の印を結び頼光の身体の自由を奪った!一気に襲い掛かる護衛の武将の槍の先が頼光が最後に見た金属の物体となった。
頼光は最後に誰ともなくつぶやく「・・・済まぬことをした・・・帝を殺せなんだ・・・地獄で会わせる顔もないのう・・・すまぬ・・すまぬ・・・」
何本もの槍が刺さった身体を引きづり酒呑童子の箱へと向かい、そこで倒れた。


その時であった京を護ると言われた朱雀・青龍・玄武・白虎から稲妻が天に昇り、平安京の空は暗雲に覆われ、雷が数百の筋を引いて「酒呑童子」の箱へ落ちた!
粉々に破壊された木箱から酒呑童子の首が空中高く舞い上がった!うわぁあんと言う奇妙な音とまばゆい浅黄色の光が見える。
帝を探し真っ赤な目を見開き、恐ろしい雄たけびを上げて宴の松原を飛び回った。

「帝の最後」


宮廷内は異様な空気に包まれていた。稲妻は宴の松原に幾条も落ち超電子イオンはオゾンを発生させゴム臭い、匂いを発していた、プラズマは木々にぶつかり葉を青く光らせている。異様に密度の濃い空気は鼓動のような定在波を放ちながらうねっている。
突如として異次元へと繋がる大きな穴が渦を巻き天空に開き始めた。天空の穴からは悪魔の叫び声ともつかない声が鳴り響いている。あまりの異常な状況に帝は恐ろしさのあまり声にもならない悲鳴を上げ逃げ惑う。

「だれかぁ~だれかぁ~居らぬのか・・ひえぇぇぇ・・ううふぅはぁはぁ」
その帝を警護する兵は一人また一人と酒呑童子に首を喰い千切られてゆく。帝を追う酒呑童子の首、その首を追って酒呑童子の身体が主を探しよろよろと立ち上がった。帝を追い詰めた酒呑童子の首は帝の肩をがぶりと噛んで空へ引き上げた。
酒呑童子の身体からは乳白色のエクトプラズムがヌルヌルと伸びてきて首と繋がろうとしていた。異次元から戻りし酒呑童子の復活である。
しかし、その時である、またしても裏高野 慈恩の攻撃が始まる。恐ろしき呪術の呪文を唱えながら慈恩全霊の気を込めた鬼面金剛杵が唸りを上げて飛んでくる。
今まさに胴体と繋がろうとした首を切り裂いた、断末魔の激しい叫びを上げて酒呑童子は帝を口から離した。


上空から白砂の上に尻から落ちる帝「うぎゃぁぁ」と情けないほどの悲鳴を上げる主を失った酒呑童子の身体は空間をかきむしり宴の松原の池に激しい水音を立てながら倒れた。
酒呑童子の首は反動で空高く舞い上がり一瞬、消えたかと思えた。しかし酒呑童子は最後の力を振り絞り、天空から一気に慈恩の頭に喰らい付き喰い千切ったのだった。

転げ落ちた酒呑童子の目からは復讐の炎は消え去り、安堵とも悲しさとも見える顔に変わった。
天空の穴も消え嘘のような青空へと変わった宴の松原。
鳥の鳴き声が聴こえる平安京、宴の松原に一人ぽつんと座る帝。
宮廷の者たちが駆け寄ったとき、そこにいたのは変わり果てた帝の姿だった。
へらへらと薄笑いを上げながら、よだれを垂らして肩からは異様な臭いがたちこめて、あきらかに壊疽が進んでいた。身体は一気に痩せ細り腹だけがでっぷりと出てまるで地獄の餓鬼の姿であった。


そののち帝の姿は平安京の奥の奥に消え、すぐに新しき帝が擁立されたのは歴史にも残ってはいない。
ぽっかりと空いた歴史の狭間に起こった凄まじき鬼伝説は大江山に酒呑童子という鬼が住んでいたという、ただの昔話になったのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。鬼は誰の心の中にも住んでいます。鬼の好物、憎悪、妬み、嫉み、欲を与えないようにしてくださいね。作品がお気に召しましたら、投げ銭をよろしくお願いします。 玄庵

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