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ソフトコンタクトレンズとシリコーンハイドロゲル

今までに実用化された多くの合成高分子ゲル製品の中で、ソフトコンタクトレンズは最も多く生産・販売されたものと言っても過言ではありません。
社会への貢献度を考慮すれば、高吸水性樹脂に並ぶ、ゲルの偉大な発明の一つと言えます。

ソフトコンタクトレンズが登場したのは1970年代初頭でした。
しかし、この頃は1枚当たり2万円前後と高価でした。そして、使用された親水性の高分子は、メタクリル酸2-ヒドロキシエチルなどを原料とするアクリル酸系高分子です。
その後、材料開発や量産化の確立・需要の増加によって価格が大幅に下がります。
そして、1990年代には使い捨てタイプが登場します。
使い捨てソフトコンタクトレンズは革命を起こしました。以前のように(煮沸)消毒と手指洗浄を毎日繰り返し、1枚のコンタクトレンズを1年単位で使う必要が無くなったのです。
そのため、レンズに求められる機械的強度は大幅に下がりました。
2000年頃には、シリコーンハイドロゲルを使ったソフトコンタクトレンズが製品化され、以降急速に広まります。
シリコーンハイドロゲルは、ソフトコンタクトレンズに新たな革命を起こしました。
*シリコーンは、半導体に使われるシリコンとは別物です。

では、シリコーンハイドロゲルのソフトコンタクトレンズと、それ以前のソフトコンタクトレンズは何が違うのでしょうか?
一番の違いは酸素透過性です。
角膜は高い透明性を確保するために、血管がありません。
そのため、外部から酸素を供給する必要があります。コンタクトレンズに酸素透過性が無いと、眼は酸素不足に陥ります。
酸素不足が起きると、角膜内皮細胞障害、角膜血管新生などの障害や感染症が発生してしまいます。
しかし、シリコーンハイドロゲルは従来のアクリル酸系高分子ゲルの2倍以上の酸素透過性を誇ります。そのため、酸素不足になり難いんです。

二番目は乾燥に強いということ。
従来のアクリル酸系高分子でできたレンズは、酸素透過性をよくするために含水率の高い材料を使う必要がありました。そして、見えやすくするためにレンズを薄くします。
しかし、薄くて水をたくさん含むレンズは乾燥し易いです。
一方、シリコーンハイドロゲルは含水量が少なくても高い酸素透過性を持っています。
そのため、薄くても乾燥し難いんです。

三番目は、形状が崩れ難いことです。
シリコーンを使うことで、従来のソフトコンタクトレンズよりも形が崩れ難く、脱着や洗浄がし易くなっています。

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ソフトコンタクトレンズの比較写真:従来のソフトレンズは潰れていることが分かります
(https://www.menicon.co.jp/whats/column/detail6.html)

欠点としては、従来使われていた高分子材料よりも疎水性が高いため、脂質が付着し易い点です。汚れの付着は良い事ではありません。
しかし、材料開発が進み、その欠点を低減したレンズも出てきています。

シリコーンハイドロゲルは、シロキサン系の高分子(シリコーン)と、従来のソフトコンタクトレンズに使われていたアクリル酸系の高分子を組み合わせて作られています。

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構造式は代表的なものを示しました。疎水性のシロキサン分子と親水性のアクリル酸系分子を共重合することで、酸素透過性と親水性を兼ね備えたハイドロゲルになります。
*シロキサンとは、Si-O-Siの結合(シロキサン結合)を持つ物質の事です。

シリコーン自体は疎水性のため、従来のアクリル酸系高分子と組み合わせ、親水性を付与しているんですね。
疎水性の高分子と親水性の高分子を混ぜると分離します(相分離)。そうなると、レンズの透明性は低下します。
そのため、相溶加剤を添加する、あるいは両方の高分子に親和性を持つ高分子を組み合わせることで、高い透明性を持ったレンズにしています。
透明性が高いということは、紫外線もよく通すことになります。
そのため、UV吸収剤を添加し、紫外線から眼を守る効果も付けられています。

コンタクトレンズに必要とされるのは、透明性、機械的強度、酸素透過性、防汚性、表面親水性です。
これに加えて、実際に使用するときの装用感(着け心地)、レンズ下の涙液交換も考慮する必要があります。
使い捨てソフトコンタクトレンズは、上記の条件を兼ね備えた繊細な製品です。しかし、一つ一つを丁寧に合成・精製していたら一度に生産出来る量は限られます。
大量生産を可能としているのは、高度な合成技術と優れた品質管理です。
それらの積み重ねられた技術と工夫によって低価格化が実現したからこそ、1日で使い捨てることが出来るんですね。
そして、ソフトコンタクトレンズは今も改良が重ねられています。

日々進化を続けるハイドロゲル研究によって、ソフトコンタクトレンズは少しずつ理想のものに近づいて行っています。

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