「宙船」っていい曲。

金沢俊吾

その船を漕いでゆけ。
の歌い出しは強烈だけど、その次がとても良い。
「おまえの手で漕いでゆけ」

大きくて強い、安全な船に「乗せてもらう」んじゃない。
ボロボロで痛んだ船でも、
おまえの手で漕いでゆくことに意味があるんだと、
改めて歌詞を眺めてみると、これはなかなか背中を押される。

先日、会社の先輩からひとつ、仕事を紹介された。
それは僕が好きなジャンルの、
スーパースターが集結したような、
業界的にも、世間的にも大きく話題になるであろう案件で、
僕が喜ぶだろうと気を利かせてくれて、
プロデューサーとして参加しないかと声をかけてくれたのだと思う。

業務のことなのであんまり詳しくは書かないけど、
代理店やプランナー、ディレクターが関わっている大きな案件は、
プロダクションのプロデューサーが参加しても、
その制作物の中身、クオリティに直接影響を与えられることは
ほとんどない。(そもそも発言権がないともいえる)

そんなことを踏まえて僕は考えた。
この案件に参加すれば、
そこまで大きな苦労をすることもなく、
そこそこスムーズに仕事をこなして、
「この仕事に関われた!」というそこそこの満足感を得て、
また次の仕事に移っていくだろう。

そこまで思い至ったとき、
ぼくは迷いなく、その誘いを断った。

安全と満足が約束されている、
豪華で大型の船に乗って満足している場合ではないのだ。
そんな満足は誰かに預けて、
僕は、倒れてもいいから、豪華でも大型でもなくていいから、
この、未熟だけど本気の言葉と頭を使って、
とぼとぼと船を漕ぎたい。

いまはもう、満足も名誉も敬意も嫉妬も、
そんなものはいらない。
オールを漕いだときの、その手応えだけが、
次のひと漕ぎをするための唯一の活力なのだと思う。


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