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  • CacaOtome

    漫画『CacaOtome』をまとめたマガジンです。

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    鯨鹿作の短編集。

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はじめに

 道の上に枯れ葉がたくさん落ちている。時折靴に触れる葉がかさかさ鳴って心地よい。彩子さんは落ち葉の上を飛び石を踏むようにぴょんぴょん進む。得意そうにこっちを向いたから、前方の落ち葉をすべて除けて邪魔をしてやろうと思ったが、存外落ち葉が多過ぎた。あたかも彼女に踏まれるためにあるかのように、道の至る所に葉が落ちている。反対に、左右に立ち並ぶ亭々たる木々はその肌を露わにし始めている。冬が来る。長い冬が。 Zeit vergeht schnell.  伯林の冬を前に、僕は筆を執る

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      • 蜘蛛の糸の上と下

              一  ある日の事でございます。天女様は極楽の蓮池の淵をひとりふらふら御歩きになっていらっしゃいました。  蓮池には朝の涼しい風が吹いて、新鮮な空気と、蓮の花の香りでしょうか、何とも言えない良い匂いを運んできます。池の水はまるで水晶の様に透き通り、蓮の葉の下では水草のゆらゆらと揺れ、赤や黒や白の美しい魚たちが楽しそうに泳いで居ります。天女様が蓮の花を御取りになられて、ぽんと投げられたと思えば、ぽちゃり、水が可愛い音を立てます。極楽は丁度朝なのでございましょう。  

        • ちょきん箱

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          本を読む女性

          本を読む女性

          芥川龍之介『蜜柑』より

           ある曇った冬の夜である。私は横須賀線鎌倉駅にて、上り大船行きの電車のロングシートに腰を下して、ぼんやり発車のメロディを待っていた。寒色の電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。外を覗くと、うす暗いプラットホームにも、後にくる東京行きを待つ人影さえ跡を絶って、唯、ケージに入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに吠え立てていた。これらはその時の私の心情と不思議な位似つかわしい景色だった。私の頭の中には言いようのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のようなど

          芥川龍之介『蜜柑』より