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バングラデシュの詩①

動機は今となっては不明だが、ヨーロッパについては相当な経験値があると自惚れていたこともあって、海外に行くなら全く異なる世界に行きたくなった。とはいえアジアは日本のバリエーションで都会はどこも似ている(と思っていた)ので、文字通り全く違う世界となるとどこだろうかと考えた結果、バングラデシュがピンときた。天啓というべきものだ。

たまたま現地にNGOで働く友達がいたり、かつてバングラデシュに縁のある人に囲まれていたりしたので、機会があれば行こうと思っていた。ちょうど自分の探求も行き詰まりを見せ、全く新たな刺激を欲していたこともあり、冬場の欧州行きのプランを白紙にしてこの国へ行くことに決めた。

現地の友達に聞いて予定を擦り合わせる。デング熱の危険があるので虫除けスプレーは必須だということ。あとは案内するので任せてということだった。宿泊先も手配してくれるという高待遇で、ほとんど調べることもなくあちらのプランに乗っかった。

クアラルンプール国際空港の中の滝

マレーシアのクアラルンプールでトランジットし、首都ダッカへ向かう。元々は直行便があったそうだが、2016年のテロで日本人は駐在員含めほとんど来なくなり廃線したらしい。

夜に着いた。税関で色々聞かれたがとてもフレンドリー。しかしダッカ国際空港は日本の地方空港よりも設備がまるで行き届いていない。建築もぼろぼろで不安になるレベルであり、バングラデシュの悲惨な枕詞である「世界最貧国」がリアルなものだと自覚することになった。

極め付けは屋外に出て、タクシーで市内へ向かう時だった。空港のフェンスに物乞いかどうかは分からないが、たくさんの人たちがフェンスを掴みながらこちらを見ているのだ。騒音故に土地が安いのか、空港のすぐそばにスラム街ができているという。

日本では乗れないUberのタクシーがやってきて、ミルプールというエリアに向かう。そこは政府機関やNGOの外国人向けのエリアで、普通の街。現地の生活とは完全に隔離されていた不思議な空間で、私が泊まるところは入り口に兵士が立っていた。
寝る時は蚊帳をおろすこと以外、日本とそこまで変わりはない。

信号などない

朝になってダッカに向かう。リキシャとタクシー、バス、牛車、馬車、トゥクトゥクがみんな一緒に道路を走っている。信号機はなく車線もない。渋滞が頻繁するが渋滞頻繁地にはそれ向けの商売ががあり、水や花を頭にのせた子供や女性がすかさず売りに来る。歩道の奥に元締めみたいなやつがいて、売れと指示しているのが見えた。

例えばバス停もないので、バスは待つものではなく飛び乗るものだ。利用者側もだいたいこのあたりでゆっくり走るといったポイントを知っており、それを見越して走り出す。バスも気がついて速度を落とすが、決して停車することはない。

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