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読書記録(2023年10月分)

秋の夜長に読書というノリに浸れなかった、自分の人生にとって濃いひと月でした。日々が忙しくなると楽しいようで、インプットはできなくなるのが厳しいです。

文芸書

①ハントケ『こどもの物語』

オーストリアのノーベル賞作家の育児記録なのですが、重厚な書きぶりで、ヘロドトスやタキトゥスなど古代の歴史書のような読み応えを受けました。描かれているのは素朴な日常ですが、貫禄を感じる一冊。

重々しい主題を軽やかに、平凡な主題を重厚に書くというそれだけで文学は成り立つなと思いました。子育てしてない人でも楽しめるものです。

②ゼーバルト『目眩し』

スタンダールとカフカの旅と作者の旅が奇妙にリンクする、現代の放浪文学の傑作だと思いました。理知的です。文学作品を読む時に得られる上質な孤独に浸ることができます。

この手の、ストーリーを説明してもあまり意味がないタイプの文学は、ストーリーに乗ることを強制させるのではなく、優しい孤独に読者を連れて行ってくれます。ちゃんと孤独になれる贅沢を提供してくれました。

③小川哲『君が手にするはずだった黄金について』

純文学やエンタメとかの古臭いジャンルが壊れていくというか、思想性と面白さは両立しうることを改めて証明する作品。いわゆる「タワマン文学」的な土壌から物語は始まりますが、エリートの倦怠や自己承認欲求といった今風の憂いに直接向き合っており、現代を感じました。タワマン文学が真に文学になったのがこの本かなと思います。

一人称が作家本人の写しという連作短編なので、筋も通っていて読みやすいです。

美術書・専門書

①芳賀徹『桃源の水脈―東アジア詩画の比較文化史―』

東アジアに共通して理想郷とされてきた「桃源郷」についての比較文化史です。まず文章がよく、これ自体が文学作品のように思えました。引用される文章や絵画も豊富で、これ一冊でかなり東洋の文化に詳しくなれると思います。

それは憧れとして長く東アジアの精神に刻まれてきましたが、近代に入ると失われてしまった何かという風にベクトルが変わっていくのが、寂しくもあり近代化の宿命かとも思いました。

②加治屋健司『絵画の解放 カラーフィールド絵画と20世紀アメリカ文化』

これから戦後のアメリカ絵画を考える際には必ず立ち戻る基点のような一冊。彼らは何から絵画を解放し、その解放した何かがどのように社会に広がっていったかまでを追っています。

抽象絵画の色彩化と巨大化が、絵画のインテリア化にまでつながり、広告といった商業面へ向かっていく社会文化への接続点が書かれた4章は、非常に興味深く読むことができました。

③キュビスム展カタログ(西洋美術館)

来年2月まで国立西洋美術館で開催されている、キュビスム展ですが、カタログがとにかく読み応えがあって勉強になりました。1910年代の社会史やキュビスムあたりの美術史に触れる際には、今後必ず典拠になるだろうと思います。

展示に行かなくても、図録はぜひ入手してください。各章ごとに小さいですが論文がついており、学術的に優れたものになっています。

その他

セバスチャン・マラビー『ヘッジファンド 投資家たちの野望と興亡』

とにかく面白い本でした。激しい生、富裕層のために動く謎の組織、その黎明期を生きた伝説の金融家たちについての本です。そこまで金融の知識がなくても楽しめますが、エキサイトできました。下巻含めておすすめです。

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