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TDL二次創作「A twinkle of Mouse」14.ホーンテッドマンション②/VS. Oogie Boogie

「デイビス。ねえ、デイビス、起きてったら」

「あ、あれ?」

 鳴り響く雷がガラスを震わせる不吉な夜も、窓のない密室の天井には、何らの光も閃きはしない。

 深い暗闇の中で、呼び声に応じてうっすらと目を開くと、自分の肩を揺さぶりながら、心配そうに覗き込んでいるミッキーの顔が見えてくる。デイビスは口許のよだれを拭いた。身動ぎをしたせいで、広がっていた髪と床が、じりり、と擦れる音がした。

「うー。なんで俺、こんなところに寝転んでいるんだあ?」

「デイビス。君の頭に、たんこぶができてるよ」

「何だろー、倒れた時にぶつけたのかな。いってーな」

 熱を持った箇所に触れると、確かに一部分だけ、ぷっくりと不自然に膨れていた。そしてその時、二人のどちらも気づきはしなかったのだが、彼の胸ポケットに入っていたブードゥー人形の目が、意思を持つようにきらりと光ったのだった。

「かわいそうに。痛そうだね」

「おう、でもなんだかちぃっと寝たら、脳がスッキリしてきたぜ!」

「ねえ、エディや、スコットはいないのかい?」

「何だよ、スコットはお前と一緒だったんじゃねーの?」

「う、ううん。途中ではぐれてしまったんだ」

 口籠もるようにミッキーが首を振ると、デイビスはやれやれ、と肩の骨を鳴らしながら文句を言った。

「はあ、スコットの奴、迷子かよ。世話がかかるなー、餓鬼じゃあるまいし——」

 そうは言いながらも、なぜか嬉しそうに立ち上がるデイビスは、ふと、自分たちの居所が、ミッキーを捜す途上で見かけた占い部屋であることに気づく。漆黒の闇の中、ただひとつのタッセルに覆われたランプを浴びて、中央にぽつんと置かれた卓の上には、相変わらず、数枚のタロットカードが散らばっている——けれども、卓を挟んで向かい合う椅子は位置がずれ、まるで何者かが先ほどまで、そこに腰掛けていたような錯覚を受けた。以前は、この密室で何かが起こることを予感させたのに、もはやその不気味な気配はかけらもない。全ては過ぎ去り、その部屋は伽藍堂に戻ったのだった。そして彼は、壁の近くにぼんやりと色を放つものを見つけ、そこに落ちている占いカードを拾いあげた。ペニーアーケードで手に入れられるはずのそれには、このような文章が書かれていた。

 ———"あなたはパートナーの愛に支えられて、どんなに辛いことも乗り越えることができるでしょう。あなたのパートナーにいつでも誠実でいてください"———


「……?」

 首を捻りながら目を落とすデイビスの腕を揺さぶり、横からミッキーが、怒ったように言う。

「ねえ、スコットはきっと、君のことを探しに行ったんだよ」

「えっ、あいつが、俺のこと?」

「エディを探しにデイビスが出ていって、デイビスを探しにスコットが出ていって、スコットを探しに僕が出ていって。これじゃ、キリがないよ」

「まずったなあ、やっぱり、お前らと一緒にいるんだった」

 ガシガシと犬のように頭を掻いていたデイビスは、しかしふと悪巧みを思いついたのか、急に眉を吊りあげ、妖しい光を反射して白い歯を煌めかせる。

「へっへっ、でもこれは、スコットに恩を売りつけるチャンスだぜ! 無事に合流できた暁には、何をおごってもらおっかなーっと」

「もー。緊張感がないんだから」

 これだからデイビスは——と言いかけて、ミッキーははたと動きを止めた。そして、その大きな黒い耳が、パラボラアンテナの如く後ろへ回ったかと思うと、さらにぴくぴくとノイズを拾い集める。

「おかしいな。僕の空耳かな?」

「な、なんだよ。いきなし、怖いこと言いかけんなよな」

「誰かが、オルガンを弾いている音が聞こえるんだ。この館には僕たち以外、誰もいないはずなのに……」

「オルガンの音……?」



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 確かに、聞こえる。不協和音に満ちた妖しい旋律が。

 そのパイプオルガンからもたらされた音楽によって、頭の中で、さんざん第六感の警鐘が鳴らされていたにも関わらず——ギギギギギ、と錆びついたロボットのような動きで、二人は後ろを振り返った。そしてただちに、その動きを後悔することになる。漆黒の闇が広がっている彼らの背後。そこには、オルガンが奏でる旋律に歌詞をつけるコーラス隊が、妖艶な竜胆色に照らされながら、何十という人数で宙に蠢き——嗤って、いたからである。

 ♪When the crypt doors creak
 And the tombstone quake
 Spooks come out for a swinging wake
 Happy haunts materialize
 And begin to vocalize
 Grim grinning ghosts come out to socialize!

 霊廟軋めき 墓石ひび割れ
 葬儀に喜び急ぐ影
 楽しい楽しい集会場
 さあ 合唱を始めよう
 グリム・グリニング・ゴーストがやってくる——!


「う、う、う——」

「で、デイビス……!!」

 硬直。あまりの光景に、声が出ない。そして、ゴーストたちの伸ばしてきた青白く湿った腕が、ひやりと皮膚に触れ、いよいよその金縛りが解けた時に、二人は揃って、脱兎の如く逃げ出した。

「うわーーーーーーーーっ!!!!」



 ♪Now don't close your eyes
 And don't try to hide
 Or a silly spook may sit by your side
 Shrouded in a daft disguise
 They pretend to terrorize
 Grim grinning ghosts come out to socialize!

 逃げも隠れも推奨しない
 可笑しなお化けがすぐそばに
 ふざけた飾りに身を包み
 恐がらせたくて堪らない
 グリム・グリニング・ゴーストがやってくる——!


 廊下を驀進し、突き当たりを直角に曲がり、迷宮のような階段を三段抜かしですっ飛ばし、突進する戦闘機さながらのスピードで飛んでいったが、しかし、どこまで走っても、どこまで駆けても、見えるのは真っ暗闇の回廊だけ。突然、無限に続く廊下に浮かぶ燭台に、二人の靴がキキィ! と急ブレーキを入れる。

「なななな何だいあれはーっ!?!?」

「も、戻れ戻れっ、ミッキー!」

 ジェスチャーで招き寄せるデイビスのそばで、絵画から急に顔が飛び出し、彼は全身の毛を逆立たせる。

「いやああ、なんかぬーんって出てきた!! ぬーんって!!」

「ええい、デイビス、下がって! ファンティリュージョン!」

 詠唱が紋を結び、瞬間、ミッキーの突き出したり手から魔法が灯される。魔力不足により、ほんの小指の先ほどの炎にしかならなかったが、夜闇に包まれたこの館においては、その効力は抜群だった。といっても、彼らにとっては良くない方向に、であったが。

 廊下のシャンデリアが蜘蛛の巣の中から煌めき、炎の反射を周囲に撒き散らす。暗闇に慣れた目には、その光彩は、白日とも見紛える眩しさであったろう。突如として明るくなった視界に、追う者も、追われる者も、同時に戦慄した。あと少しでデイビスたちの鼻先まで迫りきていた蒼白い霊体たちの姿が、くっきりと露わになったのである。

「「!?!?!?!?!?!?!?!?」」

 真正面から鉢合わせになった彼らは、互いに飛びあがって狂乱状態に陥った。声にならないミッキーたちの悲鳴に、幽霊は慌てて掻き消えていったが、何も暗闇に乗じて襲う臆病者だけではない。軋む音に素早く振り返れば、魔法の炎に正々堂々と照らし出されるのは、中世の剣を振り翳す甲冑。二人の恐怖が臨界点を超えたのは言うまでもない。鎧を身に纏った目に見えぬ騎士は、その手にした剣を、迷うことなく、デイビスの真上へと振り下ろした。

「ほあああああああああっ!?!?」

 ぱしぃっ———

 瞬間、持ち前の反射神経をフル活用し、乾いた音を立てながら物凄いポーズで真剣白刃取りを披露するデイビス。あと数センチまで迫った震える刃の影の下で、寸前で断ち切られた髪と、ストレスで抜け落ちた髪とが、同時にハラハラと宙を散ってゆく。

「お、俺の、日頃から椿油で丹念にトリートメントしてきた髪がー!」

「な、な、なんなんだ、この館は!? どうして突然、こんなにゴーストたちが現れ始めたんだ!」

 数本の抜け毛に全力で慟哭するデイビスと、顔を引き攣らせて後ずさるミッキー。そして脅え切った彼らの周りで、あまりにたくさんのことが、一度に起きたのである。

 血塗れの手が窓ガラスを叩き、部屋に延びる影に無数の化け物の目が光る。彫像が飢えた目でこちらを見下ろし、サバトの合唱が溢れ返る。肖像画は老いさらばえて腐り落ち、絵の中から這いずり出てくる。蜘蛛の巣のカーテンが棚引き、ドレスはひとりでに踊り、恐怖の図画は徐々に残酷な中世まで遡る。
 後から後から、目につくところ一面に、命なき命が宿る。まるで、生と死が、その彷徨う次元を反転させたかの如く。

「に、逃げろ、ミッキー! 俺たちにできるのは、逃げるっきゃねえ———!!」

 ひたすらに館を駆け続ける二人は、もはやどこを走っているのかも分からない。果たして、本当にここに出口はあるのだろうか、それとも誰かが隠してしまったのだろうか? 終わらない叫び声、幽霊、また幽霊の現れる世界は、さながら、永遠に続く悪夢のようである。ならば、夢を見ているのは誰なのだろう? この呪われた館自体か、それとも怨念渦巻く死者の総体か、何が我々を混沌へと陥れるのか? そしてようやく、視界が一気に開けてきたかと思うと、そこは真っ白な雷光に照らしだされた、広大なグランドホールを見下ろすバルコニーであった。しかし、先ほど食事をしていた物寂しい景色とはまったく様変わりして、まさにそこは死の大伽藍へと変貌を遂げていたのだ。

 呆然とするミッキーとデイビス。

 そこに見えるのは、ありとあらゆる幽霊たちの饗宴だった。かつてこの館に棲みついていた一族たちが、生前と同じように大広間を飾りつけ、豪奢な大舞踏会に浮かれ騒ぐ様は、エドガー・アラン・ポーもかくやというほどの迫力に満ちている。最初の、地獄へと転げ落ちてゆくように耳障りなメロディだけで、土に眠る者たちを招き寄せるには充分だった。地下深く、望まぬ形に手を組まれ、棺桶に納められた招待客——暗闇の奥底に横たわる屍に、突然、調子外れな電流が走り、新たに生命に代わるものが吹き込まれる。萎びた血管がふたたび鼓動し、胸が膨らみ、頭が堪え難いほどにカッカと熱し、それでいて全身が北極にいるかのように凍りついてゆく。そのうちに彼らは、かつて神が支配していたこの世を、どんな馬よりも速く、どんな蝙蝠よりも高く、これまで一度もできないやり方で飛翔できることに気がついた。そうしてあらゆるものが、絶え間ない妙なる音楽の流れでる、この雷を戴いた死の館を目指した、不滅の喜びを囁き、呪詛を吐き捨て、雷鳴に祈りを投げ、生きとし生けるものを嘲笑した。それらが一体となって、オルガンに重ね合わさる合唱は、物凄いものであった。先ほどまで誰もいなかった食卓には、蒼褪めたマクベス王の招待客がありつき、九官鳥のように甲高いお喋りと、むしゃむしゃと貪る音で埋め尽くされている。まるで誰かの首を掻き切ってきたか、あるいは命を奪われたばかりのように血みどろになり、皿の上の果物は蛆虫がたかるほどに腐敗し、時の流れにより、テーブルクロスは屍衣の如く凄惨に汚れている。しかしそれこそが、幽霊たちの由緒正しき晩餐なのである。小肥りの貴婦人はデスデー・ケーキに瞬く蠟燭を吹き消し、シーザー大王の王冠は生前の鮮やかさを失ったまま輝いて、倒れた椅子のそばには、上等のワインで酔ったのか、いびきをかく宿酔者の二本の脚が突き出していた。テーブルを行き来する翳は、真上から垂れ下がる、総量百キロはあろうかというシャンデリアのものである。蜘蛛の巣が取り憑き、幻の如く霞がかって見える硝子片と真鍮の腕木の滝は、一際お調子者の亡霊が乗っ取り、懸架している軸に杖を引っ掛けてはぶらぶらと揺さぶる一方で、二人きりの場所を求めて喧騒を逃れてきた恋人たちは、蒼白い蠟燭の合間に寄り添い、眼下に廻転するワルツを眺めつつ、氷のように凍てついた蒸留酒スピリッツを嗜んでいた。宴はますますたけなわを極め、霊柩車から新たな客人が降りてきては、長々としたリストを巻き取る執事に名を告げる。彼らは崩れかけた棺を潜り抜けると、女主人へ真夜中の挨拶を交わしてから、続々と浮世を離れ、舞踏会へ飛び出してゆくのだった。パイプオルガンの旋律が渦巻くダンスホールでは、現世の縛めから解き放たれた紳士淑女たちが、ようやく再会できた想い人に死ぬほど心臓を高鳴らせつつ、恍惚と身を委ねている。肩越しに閃く骨のように白けた稲光と、重なるどころか溶け合うほどに冷たい腕は、眩暈がするほどに霊魂を狂わせるのであろう、彼らはみな、貝殻の如く真っ白な耳に唇を寄せると、まるで屍の奥底から立ちのぼるガスのように、永遠の愛の詩を囁き始める。ロッキングチェアにはうたた寝をする老婆が、ふたたび、永遠の眠りに還ろうかという瀬戸際に揺れ、暖炉の上に座った禿頭の幽霊は、女教師の胸像とともに、不気味なハーモニーを奏でる。時折り、雷鳴を切り裂くように銃声が鳴り響くと、それは二枚の絵画から抜け出した霊魂たちが、髭の下から不敵な笑みを浮かべ、死後に至っても恨みを晴らそうと発砲しあっている証しであった。しかしこの奇怪な集会に共通して言えるのは、食事であれダンスであれ決闘であれ、全ては亡者の手によって営まれているという、ただこの一点に尽きるであろう。次から次へと翼を持った骸骨が飛びすさり、虚無の凱旋を祝して喇叭を吹き鳴らすのは、まさしく、死の舞踏。身分の差異もなく、時計の針が彼らを引き止めることも、踊り狂う靴が擦り減ることもなく、輪舞は永久に終わることはない。

「さ、最悪だあ——」

 目の前の光景に圧倒されて、ひとり、頭を抱えてヘナヘナとへたりこむデイビスと、言葉を失って見守るしかないミッキー。確かに、ホーンテッドマンションに纏わる不吉な噂を聞いたことはあるとはいえ、実際に真実を目の当たりにしたのはこれが初めてだった。夢と魔法の王国であるディズニーランドに、これほどおぞましい場所が存在していようとは、果たして誰が想像できたことだろうか?

「僕たち、もしかしたら、とんでもないところに迷い込んでしまったのかも……」

 わななくミッキーの言葉がぽそりと呟かれた時、予想に反して、どこからともなく答えが返ってきた。

(その通り。まったく、随分な館に足を踏み入れたもんだな)

「どわーーーーーーーっ!!!???」


 とんでもない声量で放たれたデイビスの叫びに、ミッキーもつられて、ポーンと床から数十センチ浮いた。目の絵の虚空に突然、青白い燐の炎をともなった少年が浮かびあがり、黒い優雅な巻き髪を垂らしながら、高圧的に話しかけてきたのだ。

(だから言わんこっちゃない。お前、僕の忠告を無視して、あのパイプオルガンに触れたな?)

「ええっ!? デイビス、誰なのこれは!?」

「心配すんな、ミッキー、俺の友達だ!」

 人差し指を立てたデイビスは、パクパクと口を動かして、階下の幽霊たちに気づかれぬよう小声で叫ぶ。

「ダ、ダカール、いきなり脅かすんじゃねえよ!」

(すまない。静かに話しかけたつもりだったんだが)

「それから、俺たちはパイプオルガンには指一本触っちゃいねえ。勝手に鳴り始めたんだよ、俺たちの仕業じゃねえぞ!」

(じゃあ、この館に溢れるゴーストたちは何たんだ? こいつらは全員、あのオルガンの音に導かれてやってきたんだぞ)

「それこそ、幽霊じゃ——」

(幽霊が、これほどの降霊術を扱えるわけがない。生命を持つ者が媒介しなければ、こんな乱痴気沙汰はありえない。まずいことになったぞ——あのオルガンの音が、この館に眠っていたすべての亡者を、奈落の底から目覚めさせているんだ)

 ダカールの語ることに、誤りはひとつも含まれていなかった。ホールの隅のオルガンに備えつけられた巨大なパイプから、冥界から長い旅路を経てきた魂たちが、その恐ろしい形相を露わにしながら次々と飛び出してくる様は、あたかも地獄に流れ落ちる嘆きの河アケローンを思わせ、そしてさらにギリシャ神話になぞらえるのであれば、パイプを震わせる音階や、それに唱和する歌声のひとつひとつは、冥府の渡し守の魂すら奪うオルフェウスの竪琴のようであった。オルガン奏者の腕前は尋常でなく、グラスの割れる音、雷鳴、銃声、そしてあちこちから響き渡る叫喚すら妖艶な旋律にして、死者たちを次々に此岸に呼び戻す呪文へと仕立てあげている。

 ダカールはよく目を凝らした。土地にわだかまる怨念もまた引き寄せるのか、これほどの多くのゴーストが集まる様を見たことがない。それに、どうやら邪悪な意思を持つ気配が強く、ひとたび近づけば、同じ幽体である彼に対してすら、一斉に害を働きかねなかった。それらの渦巻く中心には、やはり、かつて彼の所持品であったパイプオルガンが、豪奢な古城の如く聳え立つ。

 そして、その前に置かれたボロボロの丸椅子に———

(デイビス。あのシルクハットを被った男は誰だ?)

「し、知らねえ。どうも、生きた人間ではなさそうに見えるけど……」

(なるほど、降霊術の手助けをしているのはあいつだな。だが、真の黒幕は、あいつではない、どこか別のところに潜んでいるぞ。

 誰か、あのオルガン奏者を蘇らせて、ゴーストたちを呼び寄せるように命令した奴がいる。そいつこそが、この幽霊たちの暴走の元凶なんだ)

「だ、だ、だからって、どうすればいいっていうんだよー!?」

(とにかく逃げるんだ、この館から、早く!)

「逃げろったって……糞ッ、一刻を争う事態だっつうのに、あいつらときたら——!」

 そうこうする間にも、背後ににじり寄ってくるのは、不気味な笑みを浮かべたゴーストたち。自身より一回りも二回りも小柄なミッキーを慮ったデイビスは、軽々とミッキーの腰を掴むと、目を丸くする彼を脇に抱え込み、全力ダッシュしながら叫び散らす。

「エディ! スコット!!
いったいどこだーーーッ!?!?!?」



 無限に続く階段と廊下に、彼の声は絶望的なまでに木霊する。果たして、館それ自体が意思を持ち、彼らを閉じ込めようとしているのか。デイビスは目の前が真っ白になるのを感じた。もしもここが館ごと呪われているならば、脱出する手段などないのではないか。そんな中、彼の脇に抱えられてブラブラと揺られていたミッキーは、不意に思いつき、自分のズボンのポケットをごそごそとまさぐり始める。

「デイビス! これが役に立つかもしれないよ!」

「何!?」

 ミッキーの手に握られているのは、おなじみ、魔法のかかった無線機。そのまま、でたらめな番号を押し込み、祈るように耳に押し当てる姿を見て、デイビスは小気味良い音で指を鳴らした。

「そうか、そいつで助けを求めるわけだな! 良いアイディアじゃねえか、ミッキー!」

「頼む——誰でもいい、どうか、外に通じてくれ!」


 ブイ————……ン……
 ブウン……


「ん? なんだ、このギター音……?」


 ♪パラリ-パラリ-パラリ-パラリ-
 パラリ-パラリ-パラリ-パラリ-
 パラリ-パラリ-パラリ-パラリ-
 パラリ-パラリ-パラリ-パラリ-
 チャカチャカチャカチャカ チャカチャカチャカチャカ……






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 ♪If there's somethin' strange
 In your neighborhood
 Who you gonna call?

 ややや  ケッタイな 
 誰を呼ぼう?


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 ぶちん、とそこまでで、ミッキーは容赦なく通信を切り、何事もなかったように無線機をズボンで拭った。

「他社配給の映画だった」

「し、しかも、戸田奈津子訳——」

「こほん、改めて。ディズニー配給、できれば制作もディズニーである映画の登場人物に、どうか繋がってくれ!」

 ふたたび、願いを込めて無線機のボタンを押すと、息を詰めて、応答が返ってくるのを待つ二人。数回の呼び出し音の後、ようやく、弁舌爽やかな男の声が、底抜けの明るさで飛び込んできた。

《はい、エヴァース不動産の、エヴァースです。家探しは、幸せ探し。お二人の幸せのために、じっくり、気長に、頑張ります!》

「エディ・マーフィ——もとい、ジム・エヴァース!」

《やーあミッキー、ご無沙汰してたね、君か! どーお、あのミッキーアベニューの家、売りたくなった? あそこ、最高の一等地なんだよね。ウフフ——きっと高く売れるよ。買取価格も、うんと弾んじゃう!》

 無線機の彼方から聞こえてくる、語尾に音符でもつきそうなほどのルンルン声は、この場には似つかわしくないほど陽気である。デイビスはこっそりとミッキーに耳打ちした。

「誰に通じたんだ、ミッキー?」

「映画『ホーンテッドマンション』の主人公だよ。とっても有名なコメディアンが演じているんだ。

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お調子者の不動産会社の社長さんさ」

「な、なんかすげー、ジーニー臭がするんだけど」

「ああ……そうだな、吹き替え声優が、ジーニーと同じ方だからね(注、エディ・マーフィの有名な吹き替えといえば、ディズニーでもお馴染み、山ちゃんです)」

《なーに、それとも、何か別のことでお困りなの? よしきた! なんでも相談に乗りますぜ——へへへ。ただし、相談料は、別料金で》

 揉め手をするジムは、どうやら随分とやり手の商売人らしく。その口車に載せられないうちに、ミッキーはさっさと本題へ切り込んだ。

「僕たちは今、呪われた館にいるんだ。それで、一度ここから脱出できた君に、助けを求めたくて——」

《なんだって? 君たち、まさか——あの、ホーンテッドマンションに行ったというの?》

「そうだよ、そのまま僕の友達と、離れ離れになっちゃったんだ。何とかして彼らを見つけて、ここからみんなで脱け出したいんだよ!」

 ジムはしばらくの間、言葉を放棄して考え込んでいた様子だが、やがて、

《そいつは、厄介だな》

と声を低めて語りだした。

《僕らがホーンテッドマンションに招かれた時、屋敷の主人だったエドワード・グレイシーは、僕の妻と結婚したがっていたんだ。遠い昔に愛をそそいだ、美しいエリザベスの面影を見いだして———

 今宵も同じように、誰かを仲間に引き込もうとして、君たちを招き入れたのかもしれない。呪われた館を彷徨う、千人目の魂を》

 ミッキーもデイビスも、互いに同じ考えに行き着いたように、顔を見合わせた。

「エディとスコットが危ない!」

 そうと分かれば、ぐずぐずしている暇はない。デイビスは、ミッキーの掴んでいる無線機を引ったくると、通話相手に向かって、蒼白になった顔で叫んだ。

「お、おい、ジム! もっと何か有益な情報はねえのかよ! どんな小さなことでもいいから、じゃんじゃん教えてくれよ!」

「デイビス、無線機を返してよー!」

《デイビス? もしかして……君は、あのストームライダーパイロットの、キャプテン・デイビスだというのかい?》

 突然の大音量に耳をきんきんさせながらも、ジムは何とか、声の主たる相手の名前を拾いあげる。
 と、そこへ、どたどたと階段を駆け降りてくる音が通話に飛び込んでくる。そして間を置くことなく、例の幽霊屋敷での一件以来、家族と過ごす時間が劇的に多くなった父親に、二人の姉弟が甘えるように飛びついていった。

《ねー! パパ、もしかしてキャプテン・デイビスと話してるの?》

《ちょっと、あたしたちにも通話させて!》

「あ、あれ。俺のこと知ってんの?」

《ポート・ディスカバリーのヒーローでしょ? テレビで見たよ。ストームライダーで、史上最大のストームをやっつけたんだ!》

 え、ちょっと、俺って有名人じゃーん。ふふん、と聳え立つビルのように直線的に鼻を高くするデイビスに、無線の向こう側の子どもたちは、元気よく挨拶した。

《僕、マイケル!》

《あたし、メーガン!》

「おう、二人とも、よろしくな! 俺がストームライダーパイロットの、キャプテン・デイビスだ」

《《カッコイイーーーーーー!!!!!》》


 拍手、口笛、大喝采であった。そのあまりの熱烈な歓迎っぷりに、デイビスもじ〜んとヴァイオリンの如く小刻みに震える。俺も例のミッションの一件で、有名になったもんだな(注、前作参照)。今じゃ世界中にファンができて、あれから半年経った後でも、未だにファンレターやプレゼントの届く数は絶えないし。

 と、そこへ。いつまで経っても感銘から帰ってこないデイビスを見かねたミッキーが、ひょっこりと割り込み、無線機越しの会話に参加してきた。

「ちょっと、聞かせてもらいたいんだけど。君たちがホーンテッドマンションを脱出した時、どうやって家族のみんなと合流したんだい?」

《あれ。君、だーれ?》

「あっ、そうか、まだ名乗っていなかったね。僕、トゥーンタウンのミッキー・マウスです」

《《キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!》》


 轟音が襲いかかってきたような黄色い悲鳴に、あえなく撃沈するデイビス。世界のスーパースタアとの差を見せつけられて、彼の自己陶酔は薔薇の如くハラハラと散っていった。

「ご、ごめんよ、デイビス。こんなつもりじゃあなかったんだけど」

「謝んなよ。余計に俺が惨めになっちまうじゃねーか……」

 オロオロとまごつくミッキーのそばで、デイビスは震える肩を抑えながら、頬に伝う涙を拭いた。畜生、結局いつもこんな役回りなのかよ。

《あのね、ミッキー。お化け屋敷の古いオルゴールの中には、不思議なものが封印されているの》

「オルゴールだって?」

《そうよ、マイケルがオルゴールを開けたら、人魂が現れて、あたしたちを導いてくれたの。だから今回ももしかしたら、オルゴールが、あなたたちを助けてくれるアイテムになるかもしれない》

《ねえメーガン、マダム・リオッタにも訊いてみようよ!》

《あら、それっていい考え。いつものリオッタのうざったいお告げ・・・が、こんな時くらいは役に立つかもしれないわ》

 マイケルとメーガンは、互いの顔を見て頷いた。すっかり、エヴァース家に馴染んだ感のあるマダム・リオッタは、どうやら子どもたちの家庭教師、兼留守中の宅を守る番人として、毎日役に立っているらしい。ちなみに、歌う胸像たちについては、テレビのサラウンドスピーカー役と化している。これはこれで、第二の人生を謳歌している模様である。

 子どもたちは、クッションに載せた大きな水晶玉を、いそいそと無線機のそばに持ってきた。玉の中に映り込んでいる、荒れ果てた魔女を思わせる黒髪に痩せこけた頬、鋭い目を光らせる女性は、数度咳払いをすると、その赤く輝く唇を動かして、陰気な声で応答する。

《もしもし……》

「うわ、その声色で言われると、すっげー違和感あるな。ええっと、ホーンテッドマンションのオルゴールについて、何か知っていることはないか?」

《オルゴール……? 呪われた館……ホーンテッドマンション……うっ、頭が……》

「お、おいおばさん、無理しなくても……」

《来た来た来たア——……霊界からの交信……マダム・リオッタのお告げ……ンーーー……心して聞くが良い……》

 どうやら無事、何らかの電波を受信したらしい。謎にバイブレーションを効かせた声色に、デイビスもミッキーも若干の不安を抱えつつ、そわそわとして結果を待つ。マダム・リオッタは、取り憑かれたように重々しい口調で、ゆっくりとお告げを語り出した。

《幽霊屋敷の鍵を握るのは自鳴琴なり……良きも悪しきも閉じ込める……強き想い……忘れ難き記憶……しかし通常は鍵がかかって……何人たりとも開けることは叶わず……》

「開けることが——叶わない?」

《誰かが鍵をかけた……愛を引き裂き……館の外へ出さぬよう……

 呪縛の地においては……真の愛とは……別れだから……》

 その謎めいた言葉に、ふとデイビスは柳眉をひそめ、どういう意味だろうと首を傾げる。そこへ、好奇心いっぱいのマイケルが、ひょっこりと口出しをした。

《ねえねえ、マダム・リオッタ、それって前みたいに、あの執事のラムズリーが仕掛けたことなの?》

《こたびは……あの狡猾な老執事ではない……紫の男に揺さぶられ……棺から目覚めし、朽ち果てた怪人……古きオルガンを操りし者……

 娘は記憶に取り憑かれ……幻の花婿と永遠に踊る……彼女こそ……光への唯一の道しるべ……》

「何言ってるかサッパリ分かんねえけど、とにかく鍵を見つけてオルゴールの蓋を開ければ、お助けキャラが手に入るってこと?」

《然り……》

「なるほどな。いいぞいいぞ、なんだかRPGっぽくなってきたぜ!」

 デイビスは小気味良く指を鳴らして、燃えてきた、と言わんばかりに目にメラメラと炎を宿した。単細胞であるがゆえ、目標があればひとりでにやる気が出てくるのである。

《僕たちの場合は、地下の納骨堂から、鍵を見つけたんだ。いいかい、落ち着いて聞くんだぞ。庭の樫の木を左に曲がって、そこに見える納骨堂を降りてゆき、黒い、名無しの棺を見つけるんだ。鍵は、その中の骸骨が握っている。用心しろよ、くれぐれも、死者たちの眠りを破るんじゃないぞ》

「の、納骨堂だってさ。デイビス……」

 妙味溢れるジムの言葉に、ゾ〜〜〜ッと背筋を凍らせる二人。気のせいか、冷凍庫にいるような風が辺りを吹き抜け、先ほどまでの意気込みの炎も呆気なく鎮火した。

「よ、よし、俺ももう大人だ。お化けなんざ怖くねえんだよ」

「そんなバレバレのフラグを立てないでよぉ、デイビス」

「へへっ、心配すんなって! こうして明るく振る舞ってりゃ、怪しい奴らも寄ってこないってもんよ! それにこの俺の人徳さえあれば、ゴーストなんざ簡単に吹っ飛ばしちまえるぜ!」

 力強く哄笑するデイビスからは、確かに何の根拠もないノーテンキな光が、パーッと満遍なく放散されているようであった。その後光が幽霊には眩しかったのか、それとも呆れ返っているのか。ダカールは半目になって彼を見る。

「お前はどうだ、ミッキー? ……って、聞くまでもなかったよな」

 涙をいっぱいに溜めるミッキー。宝石のようにうるうるとした目に、デイビスは仕方なしにハンカチを取り出して、チーンと鼻をかませてやった。

「ばっかだなー。怖がってんじゃねえよ!」

「ごめんね、デイビス。僕、君の足を引っ張っちゃうかもしれない……」

「え? うーん、つーかお前、今作ではずっとまともな魔法使えてないし。足手まといっつったって、今に始まったことじゃないだろ?」

 どすぅっっ——何気なく発したデイビスの言葉の矢に直撃され、思わず左胸を押さえてうずくまるミッキー。気のせいか、だくだくと流血している幻覚が見える。
 そんなことはまったく頓着せずに、デイビスは、へへっ、と白い歯を見せると、

「べっつにいーじゃねーか、持ちつ持たれつだろ? ちっせえことであたふたしないでよ、ありがたーく肩を借りて、俺に恩を感じとけっつうの!」

と、夏の陽射しのように爽快な笑顔をこぼし、ばしーん、とミッキーの背中を思い切り叩いた。容赦ない力に、こたえきれない痛みがじわじわと広がっていったが、涙の滲んでいたミッキーの顔にも、ようやく、晴れ渡る笑いが戻ってくる。

「お前にゃ俺がついてる、だからもう無事に脱出できたも同然よ。せーぜー安心しろって、な!」

「……うん! 頑張ろうね、デイビス!」

(うーむ。本当に大丈夫なのかね、こんな調子で)

 お気楽コンビ、とでも言うのがぴったりの、和気藹々とした空気に沸き立つ二人に、ぷかぷかと浮くダカールは、腕を組んで危ぶんでみせた。

「なー、ダカール、お前もついてきてくれるんだろ?」

(ああ、お前ら二人じゃ危なっかしくてしょうがないからな。乗りかかった船だ、仕方がないから付き合ってやる)

「いやー、さっすがダカール、そう言うって分かってたぜ! 俺たち、生前からの親友だもんな! な!」

 言いながら肩を回し、酔漢張りに鬱陶しい絡みをしてくるデイビスに釘を刺すように、ただし、とダカールはきっぱり忠告した。

(僕がお前たちを助けてやれるのは、夜明けまでだ。太陽が昇ったら、僕の姿は掻き消えてしまう)

「分かった。何としてでもエディとスコットを見つけて、夜明けまでにここを脱出するぞ」

 ぐっ、と拳を固めるデイビス。こんな蜘蛛やらGやらが大量にいそうな館の千人目の住人になるなんて、死んでも死に切れない。

《それじゃ、また進展があった段階で電話してくれよ》

「ああ、ありがとうな、ジム。あんたのくれた情報を頼りに、必ず、ここから抜け出してみせるぜ!」

《そうだ、忘れてた。君たちにもうひとつ、大切なことを教えておこう。———"愛は、すべてを超える"》

「愛は……すべてを超える?」

《いいかい、どんな時でも、それを忘れずに心に留めておいて。それじゃ、また後で会おう、ミッキー、デイビス。——夜明けまで、頑張れよ!》

 ぶつり、と無線は途切れ、その場に残された三人は顔を見合わせた。まずは目立たない廊下の隅に寄り、ゴニョゴニョと作戦会議である。

「よ、よーし。それじゃお前ら、まずは納骨堂に行って、オルゴールの鍵を取ってくるぞ。オルゴール探しは、その後だ」

「でも、どうやって行こう? オルガンが奏でられ始めてからは、館の中にも外にも、ゴーストがいっぱいいるんだよ」

「うーん、そうだな……」

 デイビスは悩みかけて周囲を見回し、ふと、眉を跳ねあげて、

「じゃ、あれはどうだ?」

と指差した。廊下の隅に設けられていたのは、古めかしい蔦模様の伸縮扉に守られているだけの、薄暗い吹き抜けとなった空間。どうも配膳ワゴンを地上階へと運ぶ昇降機のシャフトらしい。ハンドルを回すと、吊り下げているワイヤーをドラムに巻きあげ、籠を上げてゆく構造となっている。

「貴族の館ってのは、使用人たちが使う区画を、地下に設けてあることが多いんだぜ。たぶん、この下には厨房があるんだろ。そして、そこで作った料理を昇降機に載せて、一階のダンスホールや、二階の雇用主たちの各部屋に運んでるってわけだ」

「なるほど! 使用人たちは館のあちこちを移動するから、抜け道もたくさんありそうだね。さすがはデイビスだよ!」

 たちまち、ミッキーに賞賛されて鼻高々となったデイビスの、褒めて? 褒めて? というドヤ顔に気づかず、ダカールだけは神妙に腕組みをして天を仰いだ。

(地下かあ。地獄下りにならなきゃいいけど……)

「嫌なこと言うなあ、お前」

(ま、とにかく、下に行ってみよう。まさか、あのゴーストたちが満載のダンスホールを突っ切るわけにもいかないからな)

 かくしてデイビスたちは、一度、ウィンチを回して昇降機を三階まで上げると、真っ赤に錆びついたワイヤーを伝って、するすると地下へ降っていった。手に随分な汚れが付着し、巻きあがる埃でこほこほと咳が漏れる。

「だ、だだだだだだだ、誰もいないみたいだね……」

「よ、よぉーし。入ろうぜ、ミッキー。慎重にな……」

 昇降機と部屋を隔てる蛇腹格子を蹴破ってこじ開け、先に厨房へ降り立ったデイビスは、ワイヤーにしがみついているミッキーを抱きあげ、床に降ろす。そして、不安げに突き出された彼の腕が、ぶるぶると壁の燭台にライターで火を点けると、静まり返った空間もそれに応え、その内部の秘密を夢のように露わにした。

 かつて、直火でローストされた肉から滴る脂の香りが、この蒸し暑い部屋には大層充満していたのであろうが、今はそうした生の光輝は全て過ぎ去って、塵の匂いに微かに混じるか、混じらないか程度に留まっている。時が止まったかのような世界。しかし、黒鉛で磨いたレンジに火を入れ、猟鳥の内臓を取り除き、下拵えをして人々の糧を供給していたこここそは、昔年の貴族の館の心臓と言えた。庭師の菜園から摘まれた野菜も、熱い血の詰まった猟の獲物も、すべてはここに運び込まれて、スープ煮出し機のソースをかけられ、人間たちの新たな血肉となるのである。ミッキーたちは目を瞠った。実に多種多様の調理器具が、上から下まで並べられている様は、さながら当時の風俗の大博覧会のようである。広々とした空間のあちこちには、調理台や棚が配置されていて、中身も、目的も、手入れ方法も異なる十数のそのひとつひとつを、スカラリーメイドやキッチンメイドは仔細まで把握して、早朝から深夜まで働かねばならないのだった。壁に寄せられている巨大な乾燥棚には、膨大な数の食器が縦に仕舞われていたが、それだけには到底収まりきらず、水切り台や、流しや、木製のボウルの中や、床に至るまで、まだ洗浄されていない皿やミルク壺が山と積みあがっていた。掃除が行き届いていないのか、石炭レンジは床まですっかり灰と煤で汚れており、錫の鍍金が施されたシチュー鍋や平鍋、ソテー鍋、ソースパン、煮鍋が幾つも壁に吊り下がり、飛び散った脂で曇りがちの鈍い色を反射させていた。キッチンの隅の堆い袋には、ところどころに黴や茸が生えており、麺棒を放置された石臼には、砕かれた砂糖の塊に埃が混じり、床の石材は、砂利と石鹸が洗い流されずにこびりついて、歩くと微かな摩擦音が踏み躙られた。それにキッチンの四隅には、干からびたインゲン豆の莢や、雷鳥の羽毛、削ぎ落とされたベーコンの皮などが、生前のコックの目から見過ごされたまま、不潔に貼りついていた。

 このような状況下とはいえ、数百年前のキッチンの様子は物珍しく、まるでどの食糧を失敬しようかと考えるネズミのように、しげしげと見て回る。当時は日常生活の一端にしか過ぎない使用人たちの働き場だったのであろうが、すでに数百年が経過した時代から省みれば、かつてここを忙しなく行き来していた者たちの一度限りの息吹が、時を超えておもむろに顔に吹きかかってくるように思えるのである。

「昔、インディ・ジョーンズ博士が教えてくれたんだけどな? 罠には、強い光で起動するものがあるんだって」

「へええ、どういう原理なんだろう」

 探検している間の沈黙を紛らわすように、デイビスが他愛もない雑談を持ちかける。ミッキーが小首を傾げたその瞬間、背後の石炭レンジに一気に炎が入り、旺盛な燃焼音とともに、周囲の気温が数度跳ねあがって揺らめいた。立ち尽くしたまま黙りこくる二人。彼らの横顔に、熱い橙黄色をちらつかせる火影が映り込む。

「……こ、こういうこともあるよね、ホーンテッドマンションだもん」

「それに、大きな音に反応するのも」

 タァン、という甲高い音が響き、またもやミッキーとデイビスは、おおっぴらに肩を震わせた。振り向いた先には、宙に浮かびあがった包丁が、俎板の上のホースラディッシュを微塵切りにしている最中であった。

「…………」

「…………」

「……な、何作ってんだろうなー、ミッキー」

「……と、とっても美味しそうだねー、デイビスー」

 二人とも棒読みで虚空の機嫌を取りつつ、ニンジャのように足音を忍ばせ、こっそり、出口のドアに向かおうとした。しかしその時、炎の入ったレンジの内部から、激しく暴れ回る音が聞こえてきて、ふたたび、やむを得ずにおそるおそる振り返る。

「嫌な音……」

 その数秒後に、果たして、予感は的中した。錠が外れて内扉が開いた石炭レンジから、突如、焼きたての首なし七面鳥が飛び出し、羽を毟られた翼をはためかせながら襲いかかってきたのである。

「「やっぱりーーーーーっ!!!!」」


 その大声が合図となり、厨房は一気にポルターガイスト祭りに沸いた。凄まじい炎をあげてフライパンがフランベし、流し台から大量の水が噴きあがり、グラスは空中に浮いて、乾杯で打ち鳴らされては粉々のガラス片を撒き散らしてゆく。ソーセージは宙に踊り、パルメザンチーズは細かくすりおろされ、麺棒はどいつを殴り殺してやろうかと徘徊し、回転するペッパーミルから胡椒が撒き散らされた。肉体的な影響など皆無だというのに、なぜかくしゃみを連発するダカール。しかし彼らの熾烈な敵意は、生きている者の方にこそ向けられていたのである。

「死ぬーっ! ここで死ぬっ! なんなんだよ、このポルターガイストは!!」

 ズドドドド、と全力で突き刺さってくる包丁を間一髪で回避し、全身に鳥肌を立たせるデイビス。ナイフ投げの腕が良いのか、はたまた彼の回避能力が奇跡的なのか。彼の輪郭スレスレに刺さった包丁の群れは、見事に人型にくり抜かれている。

「いやだーっ!!」

 ミッキーはといえば、次々と棚から投げつけられるトマトを華麗なジャンプで避け続け、壁にはずり落ちてゆくトマトの残骸の、あたかも血塗れの後のような汚れがぶちまけられていた。

(生きるってのは大変だなあ。幽霊になると、この世の物事が全部素通りしてゆくもんな)

「てんめー、ダカール、後で覚えてろよーっ!!」

 大騒動のど真ん中でズゾーと紅茶を啜るダカールは、心霊現象などどこ吹く風、といった様子で、必死に逃げる二人の神経を逆撫でする。どうも空気が読めない性質らしい。

「ミッキー、ダカール、出口を目指せっ!! とにかく、この厨房から一人でも脱出するんだーっ!!」

 大量の粘つく小麦粉に取り憑かれつつも、デイビスは必死に震えながら立ちあがり、仲間に向かって声を張りあげる。自身を犠牲にしてでも前進を命じる、まさしく観客の涙を誘う英雄の発言であろう。
 しかし、デイビスの叫びを聞くが早いか、出口のドアは勢いよく閉まり、ひとりでに小気味よい音を立てて錠が下ろされてしまう。

「ああっ、そんな無体な!」

「大声で言うからそんなことになるんだよー!!」

 次々と飛びかかってくるのは皿や包丁に留まらず、ついには棚に収められたナイフやフォークも、月明かりにぎらりと煌めきながら踊り出す始末である。ダカールははっと息を呑んで、デイビスを追い詰めながらクルクル回るフォークたちの群れを、驚愕の表情を浮かべて見つめる。

(千人目の仲間を求めて、食器がダンスする。こ、これぞ、ホーンテッドマンション版『Be our guest』!)

「上手いこと言ってやったって顔すんなーーー!!!」

 飛び交う食器たちの大乱闘を経て、ホーンテッドマンションにいよいよ住人が増えるのも、もはや時間の問題と言えた。床に這いつくばって、唐辛子パウダーの嵐からなんとか抜け出したミッキーは、厨房の隅に積みあげられた大袋に目をやる。砂糖、小麦粉、豆などの包みは破かれているにも関わらず、きちんと封をされたままのそれは———

(————そうか、これだ!)

 何かを閃めいたミッキーは、即座にその袋に飛びつくと、壁に刺さった包丁を引き抜き、一気に袋を切り裂いた。

「デイビス! 目を瞑って!」

「ミッキー、それは!」

「喰らえ! お清めの塩だーーーッッ!!」


 ザパァッッ————


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 何ということでしょう。厨房のはちゃめちゃなポルターガイストはあっという間に鎮まり、元の沈黙が訪れたのです。浮かんでいたフライパンや包丁も、乾いた音を立てて転がり落ち、デイビスとミッキーは、息を荒げたまま、さんざんとっ散らかった厨房を見回した。

「せ、生命の危機を感じた……」

「サンキュー、ミッキー。助かったぜ……」

 かくして床一面、雪の如く真っ白になった上へ、二人とも仰向けに倒れ込みながら、溜め息をついた。じゃりじゃりと擦れあう塩が、汗の滲んだ背中に大層不快である。

(やれやれ、もうへばってしまったのか? こんなのはまだ序の口にすぎないんだぞ)

「何だろう、さっきまで紅茶を啜ってたお前に言われると、妙にむかつくな」

(言っておくが、今回の探索にはタイムリミットがあるんだからな。夜が明けるまでにここを脱出しないと———)

「だーっ!! 分かってるって、小姑みたいに急かすなよ! ゴーストたちとやり合うには、それなりの精神力が必要なんだってば!!」

 がばと起きあがったデイビスは、全身にまぶされた塩粒を払いながら、明日を語る政治家の如く輝かしい日の丸を背負い、高揚感に身をわななかせる。

「とにかく、厨房での闘いは、俺たちが勝利をおさめたんだ。この調子で前進するぜえ、ミッキー、ダカール。みんなで目指せ、納骨堂!」

「(おーっ!!)」

 ざっぱーんと朝の波を背景にしたデイビスの力強いスピールに、元気に拳を突きあげる二人。そのまま威勢よく、バターンッ、と出口を開けた先で、ミッキーたちは、



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 幽霊たちと、

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 目が合った。

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————バタンッッッ!!!!!!!


 ふたたび、開ける前と同様の姿を見せるドア。しかし当然、何事もなかった頃の平穏を取り戻せるはずもなく、反対側から蹴りつけ、激しくドアノブをがちゃつかせるのに対抗し、ミッキーが必死に扉を押さえつける。

「どうしよう! さっきの乱闘騒ぎで、もう僕たちの居場所がバレちゃったよ!!」

「慌てんな、ミッキー! 俺は完全無欠な作戦を思いついた!」

「作戦だって!?」

「この配膳ワゴンがすべてを解決してくれるぜ!」

 果たしてどこから見つけてきたのであろう、ゴロゴロ、と満を辞してワゴンを押してきたデイビスは、載っていた食器を全て床に払い落とし、凄まじい音が鳴り響く中でミッキーの首根っこを掴むと、そのまま有無を言わさず、天板の上に座らせた。きょとん、と瞬きをするミッキー。体育座りをした尻に、冷たい金属の感触が伝わってくると同時に、彼の脳にもじわじわと理解が染みてくる。

「ええっ!! まさか、このままドアの向こうに突進するつもりかい!?」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず! 進みたいなら、ゴーストたちの坩堝に飛び込んでゆくしかないぜ! しっかり掴まってろよ——ッ!!」

 言いながらデイビスは、行儀悪くドアを足で開け放つと、助走をつけて一気に床を蹴り、キックボードの要領でワゴンに飛び乗った。

ズサーーーーーーーー


 完璧なスターティングをしたからであろう、ワゴンは暴走機関車の如き推進力を得て、宙にぎゅう詰めとなっている多くの幽霊へお構いなしに突っ込み、周囲の景色を目まぐるしく変化させた。恐らく、次々とゴーストたちの霊体を貫通し、怪物たちは矢継ぎ早に轢き逃げしていっているからだろうが、もはやそんなことはどうでもよい。見よ、この素晴らしい脚力を。デイビスはワゴンにしがみついたまま、片足で長大な廊下を蹴り続け、凄まじい速度と距離を稼いでゆく。

「凄いや! ホーンテッドマンションがスリルライドになるなんて、いったい誰が想像できただろう!」

 ワゴンの上で爽やかに耳をはためかせながら、ミッキーは体を突き抜けてゆく疾走感に目を輝かせ、サッと電卓を取りだして数字を弾いた。

「よおし、これで今期の採算が取れるぞ! この乗客人数から割り出せる一時間あたりの回転率と、話題性によるゲストの見込み増加数は——」

「夢と魔法の王国で生々しい話はやめろーーーっ!!」

「後ろを見てごらんよ、ゴーストたちをあんなに突き離してる! これならホーンテッドマンションを攻略できたも同然だよ!」

 果たして、本当に攻略しているのかはまったくの不明であったが、彼らを追いかける幽霊たちは、見る間に引き離され、遙か後方に点となっていた。シャカシャカと目にも止まらぬ速さで足を回転させながら、デイビスは勝利の笑みを煌めかせる。

「ヒャッハー! ゴーストどもなんて楽勝じゃねえか! このまま全力で突っ走ってゆくぜ、ミッキー!!」

「Ha-hah! 僕らは最強だね、デイビス!」

 溢れでる友情。滲みでる喜び。あははうふふ、と白い歯をこぼして笑顔のランデブーを繰り広げる二人は、そのままワゴンごと、廊下の突き当たりの壁に激突した。

びたあぁぁぁんっっっっっ


 貼りつくような衝突音、そして凍った沈黙を挟んで、ずりりりり、と壁を伝いずり下がってゆくデイビスとミッキー。背後には、操縦士を失った配膳ワゴンが、ゆっくりと車輪を転がしていった。

(……アホか、お前ら)

 ようやく追いついたダカールからの一言が、俳句のように胸に沁みる中、体の前面を余すことなく真っ赤にしたデイビスが、仰向けに倒れながらも、虚しい笑みをひくつかせた。

「へへっ、でもゴーストたちはよう……大分置いてきぼりにしてやったぜ……」

(馬鹿っ、お前らがこうしてみっともなく廊下に倒れていたせいで、また距離を詰められてきているんだぞ!!)

「何ー!?」

(分かったら、起きろ! 早く次の行き先を探すんだ!)

 デイビスは跳ね起きると、いまだ目をシパシパさせているミッキーを連れて、廊下の曲がり先にすっ飛んだ。途端、両壁にずらりと立ち並ぶドアに圧倒されて、尻込むデイビス。廊下の端は消失点すら霞んで、数百メートルの彼方に遠く見えない——異次元に通じているのではないかと思うほどである。

【この廊下はどこまでつづくのか、私にも分からない。凍えるような寒さになったり、焼けつくような熱さになったり、嬉しいくらい住みにくい……】

「欠陥住宅じゃねえかよー!!」

「ど、どうしよう、デイビス。もう逃げ道がないよ!」

 後ろの曲がり角を覗き込んだミッキーが、悲鳴混じりに叫ぶ。ゴーストたちはすぐそこまで迫ってきていた。目の前にずらりと並ぶドアに、まともなものなどひとつもない。デイビスは徐々に目の眩む思いがし、数多くの超常現象に追い詰められている気分になった。幽霊たちの笑い声が不気味に渦巻く。鎚鉾のノッカーが何度も鳴らされるドア、霧とともに呻き声や唸り声が漏れ出てくるドア、人の影法師が浮きあがるドア、鋭い鉤爪が板を破壊しようともがいているドア、呼吸するように膨らんだり萎んだりするドア……

「だーっ!! 悩んでたって仕方がねえ! 俺が選ぶのは、この扉だーっ!!」

 自棄になったデイビスが、雄叫びとともに、青白い光を漏らしているドアに体当たりした、その瞬間。

 異世界の如くしん、とした静寂が、彼らの鼓膜を包み込む。扉の導く先は、青いタイルに閉ざされたシャワールームであった。切れ切れに響く虚ろな鼻歌とともに、湯浴みをする人物を隠して、半透明のヴェールが揺れる。柔らかにそそがれる水音の中、バスタブから突きでているのは、肌よりも美しく透き通るような、滴々と艶めく雫に濡れる、真っ白な脚の骨———

 彼らが目の当たりにしたのはそこまでで、その瞬間、物凄い勢いでデイビスがドアを閉め、ふたたび視界には、閉ざされた扉の彫刻が繰り広がるばかりだった。ぜはーっ、ぜはーっ、と荒い息を繰り返す彼らの頭の中では、何も見ていない何も見ていない、と自分を洗脳するための言葉がぐるぐると行き交っていた。

「つ、次に行こう、デイビス!」

「よっしゃ、それじゃ気を取り直して、このドアだー!」

 ぐっ、とドアノブを握り締めたデイビスは、一気に体重をかけて、隣にある、唸り声の絶えないドアを全開にした。

 新たに迎え入れてくれたのは、漆黒の闇と、不思議な浮遊感に満ちた空間。おそらくは、ハンターの戦利品を収める部屋——なのだろう。壁一面には、皮膚を突き出た骨を貪り、血の滴る人肉を喰らう猛獣たちの、まるで生きているかのように生々しさの溢れる頭部の壁掛けが飾られている。そして、その美しい縞模様を魅せられた人間の手により、哀れにも敷物として毛皮を剥がれた末の虎は、復讐心に目をぎらつかせながら、こちらに向かって、今にも飛びかかろうと牙を光らせていた。

 ふたたび、バチィン、と至極冷静に、かつ迅速に、これ以上なく無駄を排した動きでドアを閉めるデイビス。全身から滲み出る気味の悪い冷や汗は、ほとんど床に水溜まりを作りそうなほどである。見守るダカールが、呆れて言った。

(なあ、デイビス。悪いことは言わないから、ここにあるドアは開けない方がいいんじゃないか?)

「だっ、だめだだめだだめだ、すぐそこまでゴーストたちがきているんだ、何がなんでも行くぞ!」

(頑固だなあ、もう)

「ええい、当たって砕けろ! 泣いても笑っても、この扉に決めたーっ!!」

 啖呵とともに、デイビスの長い脚が戸を蹴破った。しかし今度のドアは、今までのものとはモノが違った。空っぽ——というか、ドアの先自体が、空中に浮かんでいたのである。

「へっ——」

 一瞬の無重力の後、ドササササ、と万有引力の法則に従って、真っ逆さまに落ちてゆくミッキーとデイビス。その衝撃の大半は、着地とともに一斉に滑りゆく本の山に吸収され、彼らはサーフィンのように本に乗って数メートルを滑った後、ようやく絨毯へと投げ出されて転がったのだった。

「し、下に本の山があって、助かったぁ——」

「ん? 本の山……?」

 な〜んか、既視感があるような。渦巻きの如く黒目を回転させているミッキーの隣で、デイビスは一人、ぐるりと周囲を見回し、早急な事態の把握に努めた。確かに見覚えがある——というか、ここには確実に来たことがあるじゃねえか。床一面の本の山は、モンスターに食われかかっていた彼を助けようと、数時間前にスコットがぶちまけたものだったからだ。

「ということは——」

 たらり、と嫌な予感が背中を伝い落ちてゆくとともに、目の前に聳え立つ本棚と胸像が、彼の記憶の最後のパズルピースを、小気味良い音で嵌め込んだ。そして背後からは、ガチンガチンと歯を噛み鳴らす音——そう、ここが書斎で間違いないならば、当然存在が予想されるのは、背もたれに人面を浮かべた、あの怪物ソファ。果たしてそれは、彼の背面に、和やかな微笑みを浮かべて———


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「やっぱりこの部屋かーーいっ!!!」


 すでに尻を半分齧られた経験のあるデイビスは、早速、因縁の怪物ソファと奇蹟的な再会を果たしていた。ガチガチと噛みつかんばかりのソファから逃れようと、テーブルの上に飛び乗ったまま、デイビスは死に物狂いで本を投げつける。

「こら、お座りだ! しっしっ! ハウス! グッボーイ! 頼むから、大人しく帰ってくれよー!!」

 一方のミッキーは、オルガンの音に誘われてパワーアップしたらしいポルターガイスト現象の餌食になり、哀れかな、『賢い鼠の退治法』たる題名の本に、ガンガンと頭を挟まれている。書斎はすでに攻略済みであったはずなのだが、しかしオルガンの旋律のせいであろう、凶暴さは恐らく、前回の三倍程度にまで膨れあがっている。

「わーん、読書する部屋では静かにしてよ! こんなの、凶暴すぎるよー!!」

 と、そこへ、宙を不穏に震わせるのは、女の嘆きの声。何かを手許のものを数えては、溜め息を漏らしている様子である。

《一冊……二冊……ああ、六冊、本が足りない……ポルターガイストのせいでみんな飛び立ってしまった……誰ぞ私を助けてくれる者はないものか……》

「この声。あ、あんたもしかして、マダム・リオッタか?」

《いいや……私は……マダム・レオナ……》

「何人似たような奴がいるんだよ!!」

「マダム・レオナ、力を貸してくれないかい? 僕たちが、そのポルターガイストを何とかするよ。その代わり僕たちをここから匿って、そして、納骨堂への道を教えて!」

 哀切さを込めた子ネズミの訴えに、声の主は心を動かされた、らしい。俄かに、ふっと微笑む気配がすると、

《よかろう……来るがいい……夢と現実の入り混じる、この永遠の文字の世界へ……》

「「うわーーーーーーっ!?!?!?」」


 ぐるーんと回転する本棚の動きに巻き込まれ、デイビスもミッキーも、一瞬で書斎から姿を消した。残された本や怪物たちは、獲物を失い、虚しい唸り声を響かせていた。

「か、隠し扉かよ……」

「僕、もうボロボロだよ、デイビス……」

 度重なる雑な扱いにより、もはや満身創痍でとなった二人は、だらしなく床に寝そべり、冷たい大理石を湿布代わりに全身の熱を冷やしていた。もう、しばらく何もしたくない。つーか、このまま休憩したい。しかし、

(おい、そんなことより、見てみろよ。こいつは凄いぞ)

と昂揚したダカールの声につられて、彼らも静かに瞼を開いた時には、全身の疲労も忘れて、すっかり目の前の光景に引き込まれてしまった。

「ひえええ〜、広大だなあ。本棚の大迷宮じゃねえか」

「綺麗だね。こんな図書館が、隠し扉の向こうに存在していたなんて」

 そう呟く彼らの声すら、聖堂に響くような荘厳な余韻を孕んで、殷然と虚空を呑む。目の前に開けてきた光景は、先ほどまでの簡素な書斎とは桁違い、バベルの図書館さながらの世界が広がっていたのである。人の命すら塵に満たぬほどの大いなる空洞と、人が意味を凝縮させた、その結晶の最たる無数の書物。二つの気配の濃淡が揺らぎ合いながら、その空闊たる知性の大伽藍を築きあげていたのだった。

 まるでこの世のありとあらゆる真理を綴ったかのようなその膨大な宇宙——と呼ぶのが相応しいだろう。人がなにか天文学的なものを目にしたならば——を、注意深く書き写してみるならば、まずよく磨き立てられた完璧な大理石の床に、ペルシャから取り寄せたらしい、複雑な蔦模様を広げた紅い絨毯が敷き詰められ、壁掛けの燭台が揺れ動くところどころには、書物の番人の役目を担う、厳めしい胸像が目を光らせている。そこから上はまさしく、本の海だった。顔をあげてみれば、言語を絶する情報量が、雪崩のように襲いかかってくる錯覚に陥るだろう。薄暗い図書館の天井は実に遠く、二、三階まで吹き抜けて造られたであろう巨大な空間を提示しているのだが、一定の間隔を空けて立ち並ぶ、美しいルシファーの金細工を施した数百の両面本棚にも、それを取り巻いてさらなる高さを誇る壁のいずれにもまた、天井まで達する途方もない数の蔵書がびっしりと詰め込まれており、見ているうちに、なんだか自分が蟻にでもなって、巨人の棲処へと迷い込んだような心地がする。本、本、本——その重々しい気配に圧倒されるのは、膨大な蔵書数がゆえか、それともその背後に透ける著者たちの執念が原因か。たった一瞥するだけで、数千の背表紙が目に入ってくるのに、もしもその中から一冊を引き出し、綴じ糸に束ねられた分厚いページを紐解いたなら、魂を擦り減らして書いた克明な文字と歴史の一つ一つが、その紙面を覆って意味を宿しているのだと思うと、眩暈がしてくるようだった。

 しかし、書物に支配されていない壁が、たった一つだけ存在している。図書館の最果て、階下を占める本棚の迷宮と、階上のぐるりと一階を見下ろす回廊とを繋げる対のサーキュラー階段は、緩やかにカーブを描きながら、シンメトリーに高みへと昇ってゆく。その途上を照らしだしているのが、壁一面を支配するゴシック風の特大の窓である。複雑な狭間飾りを戴いた、巨大なガラスの障壁ともいえる結界の彼方に、不思議なまでに印象的な夜空を封じ込め、音もなく射し込んでくる眩しい月は、青く透き通る光の柱を、そのまま絨毯の毛織りの奥底までまんじりと染み込ませていた。

 微かな外光に煌めく膨大な埃が、蝶の如く、色褪せた紙やインクの香りとともにゆっくりと渦巻いている。けれども、虚空を翔けるのは、それだけではない。時折り、月に照らされる中を横切ってゆく、翼を持った影——デイビスたちは、改めて頭上に目をやった。はたはたと乾いたページを羽ばたかせながら、縦横無尽に宙を飛び回るそれらは、オルガンの魔術によって生命を吹き込まれた、不思議な本の群れだったのである。まるで文字で埋め尽くされたこの図書館に唯一、巣作りをして棲息する生き物の如く、シャンデリアの隙間や燭台のそばで表紙の金文字を輝かせながら、次々と光と影のあわいを行き交っている。デイビスもミッキーも手庇をつくり、その神秘的な月を浴びる無生物の群れを見あげた。

「おー、マダム・レオナが言っていた本ってのは、あれのことかあ。随分気持ち良さそうに飛び回ってんな」

「あんな高いところじゃ、手が届かないね。どうやって捕まえよう?」

「書架用の梯子のてっぺんまで登って、待ち伏せしてみようぜ。案外、楽に回収できるかもしれねえな」

「あ、デイビス、ちょっと待って」

 巨大な空間に惹き込まれた昂揚感も手伝って、スキップと鼻歌まじりに、デイビスは軽やかな一歩を踏み出した。するといきなり、彼の鼻先で、

 バチィンッッ———


と左右の本棚が床を滑り、凄まじい衝突音を撒き散らして隙間を圧殺した。あと数インチでも前方を歩いていたなら、彼の鼻は、紙きれのような薄さで空中を漂っていたであろう。身の凍る沈黙を挟んで、ふたたび、ゆっくりと定位置へと戻ってゆく本棚の動きとともに、文字通り出鼻を挫かれ、こんにゃくの如くくず折れてゆくデイビス。その襟元を後ろへ引きずって回収しながら、ミッキーはやれやれと慣れた素振りで肩をすくめた。

「慎重にいかないと押し潰される。こういうダンジョンの鉄則だよ」

「鼻が、鼻がなくなるところだった……」

「大丈夫。まだちゃんとついているよ」

 デイビスの鼻を指で弾いたミッキーは、改めて、壁に架けられていた獣脂蝋燭を高々とあげて、精悍な顔つきを反射に照らされながら言った。

「規則性を見つけ出して、ゆっくり行こう。初見殺し以外のトラップは避けられるはずだ」

「アクションゲーに慣れた発言だなあ」

「僕の後にしっかりついてきてね、デイビス」

 かくして先陣を切るミッキーは、本棚の動く軌道を見極めると、任天堂ハードお馴染みのAジャンプを連続して繰り出し、軽やかに障害物を回避した。それに続いて、注意深く進んでゆくデイビスの前後で、時折り、床を滑る本棚同士が、ばすこん、と出てはいけない音を出して衝突している。

「気をつけて。トゥーン以外の人間がこれに挟まれたら、一瞬でお陀仏なんだから」

「お、おう。図書館って、こんな危険な場所だったかな」

 ひや〜っと肝を冷やしながら、タイミングを見極めつつ、蟹歩きで移動するデイビス。慎重さを優先したせいか、亀の歩みのような遅さで、彼らは着実に入り組んだ図書館の奥深くへと進んでゆく。

(こっちだ、ミッキー、デイビス!)

 幽体であるがゆえに壁抜けが可能なダカールは、一足早く、この本棚の迷路の終着点へと浮遊していった。しかし最後の棚を抜けて、二階へと続く大階段の前に辿り着くと、彼の口からぽつりと、独り言が漏れる。

(あれ? 先客がいる……)

 それと同時に、ミッキーの手に持っていた蝋燭の火がゆくりなく掻き消えて、天井へか細く立ちのぼってゆく煙とともに、ふたたび、光と翳のコントラストは、この図書館に設けられた大窓が請け負った。見あげる彼らの眼差しを、遙か高みの夜空から照り続け、この薄闇の世界と交錯する月明かりの根源へと誘ってゆく。

 満月は眩ゆく、睫毛に虹色の光を纏わせるほどの強さを露わにしながら、棚に立ち並ぶ古今東西の装丁を撫でてゆき、背表紙に刻印された金文字が微かに光っては沈む。その繽紛たる海に溺れて、デイビスもミッキーも、沈黙の彼方に目を留めた。清冽な月明かりを浴びて、まるで処女雪を敷き詰められたかのように真っ白に映える階段の前には、一人の痩せ細った影法師が、鮮やかな月光に本をめくりながら、孤独に呻き続けているのである。まるでそれは、世界の謎に懊悩する哲学者を描いた、一枚の絵画のようであった。

「ふむ。ボス戦か?」

「その前にムービーじゃない?」

(お前らホント、そのゲーム脳をなんとかした方がいいぞ)

 ひとまず三人は本棚の陰に隠れ、問題の人物の独り言に耳を澄ましてみることにした。果たして、敵か、味方か? すると遠くから、やや明瞭になった木霊が、韻々と虚空を揺るがして聞こえてくる。その人影は、哀愁の漂う節に乗せて、こんなことを歌っていたのだ———


 ♪I've read there Christmas books so many times
 I know the stories and I know the rhymes
 I know the Christmas carols all by heart

 ここらのクリスマスの本は何度も読み返した
 筋書きだって韻だって知ってる
 クリスマス・キャロルも暗唱できるのさ

 My skull's so full, it's tearing me apart
 As often as I've read them, something's wrong
 So hard to put my bony finger on

 でも頭骸骨の中は沸騰して僕を引き裂いてゆくみたい
 読めば読むほど何かが違ってゆく!
 ああ、どうかこので真実を指し示せたなら——!


「クリスマス……?」

 予想外の単語を拾い、顔を見合わせる一同。クリスマスって、トナカイが橇を引いて、鈴がシャンシャンシャンって鳴る、あれのことだよな? うん、というか、それしか考えられないけど。と、その時、デイビスの肘が誤って収納されていた本を押しだしてしまい、はっと息を呑む間もなく、床に叩きつけられるけたたましい音が響き渡る。問題の人物は書物から顔をあげ、すぐに振り向いた。

「ご、ごめん。読書を邪魔するつもりじゃなかったんだけど——」

 慌てて、顔を覗かせながら弁明するデイビスたちに、影法師はポカンと口を開けていたが、その癖、次の瞬間に返されてきた声色は、大層嬉しそうに弾んでいた。

「なんだい、いきなり陰から脅かすなんて、なかなか見所があるじゃないか? 決めた。君たちはびっくり箱の中に潜んで、蓋を開けたら飛び出す役に任命するとしよう! ああ、今からでもみんなの恐ろしがる顔が、目に浮かぶようだよ!」

 溜め息混じりの低音は、内容はともかくとして、艶と気品とを持ち合わせた、思った以上に貴族的な響きである。続けてその人物は、長い腕を揺らすと、月明かりの下へと手招きした。

「どうしたの? 恥ずかしがらずに出ておいで! ここで出会えたのも何かの縁だ、僕とお喋りしようじゃないか!」

 ここまで言われては立つ瀬がない。仕方なしにすごすごと出てきたデイビスたちは、呼ばれるがままにその姿を露わにした。ちょうど、月に照らされているせいで、何もかもが版画に浮き彫りにしたかの如く克明に映える。そして彼らは光の中に目を見開き、この呪われた館で出会った不思議な人物の出で立ちを、その時初めて、上から下までじろじろと眺め回すことができたのだった。

 恐ろしく背の高い男だった。贅肉を削ぎ落とした肢体に、小顔がくっついているため、十頭身、いや、十二等身はあるだろう。上品な革靴、ぴったりとした縦縞のスラックスの上に、これまた荒い黒のストライプの燕尾服を合わせていて、針金のようにひょろ長い腕の伸びてゆく先には、白い指の骨がかちゃかちゃと動いている。肩幅は秋風にも折れてしまいそうに頼りなく、首元には蝙蝠の翼を模した蝶ネクタイ、そして頭部は——そう、完全に、真っ白な骸骨であった。しかし、マシュマロにチョコペンで絵を描いたかの如く、どこか茶目っ気を感じる顔は、まん丸に空いた目、小さく二つ並んだ鼻孔、顳顬まで裂けているのを糸で縫い合わせた口。それがぱかりと開いて微笑むと、ところどころ抜け落ちた歯が覗き、首を傾げながらぱちくりと瞬きする様は、実に邪気のないしぐさである。まるで何にでも興味を持つ少年のような——ただ大きな穴でしかないその目さえ、好奇心に満ちた輝きを秘めているように見えてくる。

 しかし、相手の姿を観察していたのは、向こうもまた同じことだった。その細長い骸骨の紳士は、優雅な身振りで腰に手を当てると、長い骨の指を蠢かせて、彼らの周りをぐるぐると歩き回りながら思索し始めたのである。

「君たち、なかなか面白いトリオだな。可愛い鼠と、賢そうな少年の幽霊、天使みたいな青年……どれもハロウィンの演出に相応しい。またもや、素晴らしいイメージが浮かんできそうだぞ!」

「はあ。お役に立てたようなら何より」

「そうさ、僕は稀代のアイディアマンでね。どんな発明もお手の物、だからこそ僕は、みんなに王として慕われているんだ——ああ、なのに!」

 月光の筋に照らされ、悲劇的な影を帯びた骸骨男は、突然、彼の姿を反射する床にがっくりと膝をつくと、ドラマチックな大声で叫び散らした。

「どうして、クリスマスのことは何も分からないんだ。こんなにも愛しているのに、彼らは僕に何も教えてくれない。どうして!」

 ポカーンと、置いてきぼりにされるデイビス一行。どうも妄想に突っ走る癖がある、らしい。個性だらけのディズニーキャラクターの中でもとりわけ、エキセントリックそうなことは間違いない。

「……とりあえず、自己紹介でもしようか?」

「はっ、そういえば、まだだったっけ」

「俺がデイビスで、こいつがミッキー。頭上でふよふよ浮いてるのがダカールだ」

「そうかい、諸君、どうぞよろしく! 僕はハロウィンタウンの支配者、ジャック・スケリントン。みんなは僕のことを、カボチャの王パンプキン・キングと呼ぶんだよ!」

 細長い指の骨の上で、どこから取り出したのか、ジャックは器用にもクルクルと小さなかぼちゃを回してみせる。そしてそれを、まるでトマトでもあるかのように、ぼりぼりと頬を膨らませて齧りながら、

「ここにはこっそり、クリスマスのことを調べにやってきているんだ。他の人たちには、内緒にしておいてくれたまえよ」

「なんで、ハロウィンじゃなくて、クリスマスを調べるんだよ。ハロウィンタウンの支配者なんだろ?」

「やめてくれ、ハロウィンなんて、うんざりだ! 毎年毎年同じことの繰り返し、悲鳴を聞くのはもうたくさん。僕のロマンに溢れた心は、まだ見ぬ憧れの世界に向けて、蝙蝠のように飛び立ったところなんだ。そして、見つけたんだよ。素晴らしい雪に包まれたイルミネーション、ベッドのそばに置かれたプレゼント。それに、子どもたちの可愛い笑顔をね」

 かぼちゃを齧り終わったジャックは、屑のついた両手を払うと、そうだ、と呟いて、そばの床に落ちている、大きな白い袋に頭を突っ込み、ホルマリン漬けにされたジンジャークッキーや、消防車のトミカ®︎を取り出した。

「君たちもご覧よ、これらは、クリスマスタウンのあちこちの家から持ち帰ってきた宝物さ。僕の大切な研究材料なんだよ!」

「(それって犯罪なのでは)」

「クリスマスのすべての鍵は、彼らが握っている。いったい、どんな秘密が隠されているというんだ? ああ! 僕を悩ませるこいつらが、憎らしいけど愛おしい——」

「うーん。そんなに好きなら、今年はハロウィンじゃなくて、クリスマスの方をやったらいいんじゃないか?」

 何気なく漏らしたデイビスの呟きに、まさしく、電気椅子に座らされた囚人のように、ジャックの動きが止まった。それから、ビリビリと痺れる感動が、下から上へと突き抜けてゆき、ついにはつやつやとした真っ白な頭蓋骨の先にまで到達して、完全に電流が通り抜けた。

「エウレカ!」

 彼がようやく口にできたのは、それだけだった——ジャックは床から数インチ飛びあがり、長い間、そこに停止していた。それからようやく、魂ごと地上に戻ってくると、彼は大きく両腕を広げてデイビスの手を取り、クルクルと奇妙なダンスを踊り始めたのである。

「分かったぞ! いいかい、今年は僕らがクリスマスをやるぞー!」

「えっ、言い出しっぺの俺が言うのもなんだけど、マジでやんの?」

「できないことは何もない! そう、クリスマスを仕切るんだ、僕ならもっとうまくできる、僕ならできる! サンディ・クローズになったら、一番にこの館にやってきて、とっておきのプレゼントを配ってあげよう! ああ、子どもたちはどんなに喜んでくれるだろう。クリスマスの日が待ちきれないよ!」

 薔薇色に染まったジャックの脳内では、ジングルベルを奏でながら、凄まじい勢いで夢が広がってゆくらしく。ポカンとするデイビスたちを置き去りにして、書架用の車輪付き梯子に掴まったジャックは、腕を広げながらシャーと棚の端から端まで滑ってゆき、テノールとバリトンの中間を躍る声で歌い始めた。その生き生きとした様は本屋で物語を夢見るベルの如く、怒濤の勢いで語られる歌詞は、まさに空想の世界を一足飛びに駆け抜けている。

 ♪Of course! I've been too close to see
 The answer's right in front of me
 Right in front of me
 It's simple really, very clear
 Like music drifting in the air
 Invisible, but everywhere
 just because I cannot see it
 Doesn't mean I can't believe it

 そう! あまりに近すぎて見えなかっただけ
 答えは目の前にあったんだ
 僕のほんの目の前さ
 実に簡単なことじゃないか
 音楽が響き渡るようなもの
 見えないけどどこにだってある
 だからこそわからなかったのさ
 でも信じられないってことじゃない!

 You know, I think this Christmas thing
 It's not as tricky as it seems
 And why should they have all the fun?
 lt should belong to anyone
 Not anyone, in fact, but me
 Why, I could make a Christmas tree
 And there's no reason I can find
 I couldn't handle Christmas time
 I bet I could improve it too!
 And that's exactly what I'll do!

 そうさ、僕にはクリスマスが分かる
 見かけほど変てこなものじゃない
 彼らだけのお楽しみなんて誰が決めたんだ
 誰だって参加していいものじゃないか
 誰でもと言ったが とどのつまりはこの僕だ!
 僕ならクリスマスツリーを作れるさ
 だってどんな理由が思いつくというんだい
 クリスマスを失敗するなんて?
 僕ならできるに決まっているのさ
 これからやってみせるのさ!

 パンプキン・キングの高笑いをつんざくように、折りから雷が轟いた。まさしくインスピレーション降臨の瞬間なのであろうが、どう考えてもフラグにしか聞こえないそのクリスマス宣言に、デイビスは陰に隠れて、ボソボソとミッキーへ耳打ちする。

(お、俺、なんかマズイこと言ったかな?)

(嫌な予感がするけど、サリーと、本物のサンタクロースになんとかしてもらおうよ)

(ま、俺たちがわざわざ取り繕う必要はねえよな)

 暴走するジャックの軌道修正の責務は、ちゃっかり、原作に押しつけることにしたらしい。ジャックは梯子から飛び降り、デイビスの手を取ると、盛んに上下に振って握手した。

「僕にアイディアをくれてありがとう。デイビス君、だっけ? 君という人は、まったく天才だよ!」

「そいつはいいんだが、ところで、ジャック。あんたもしかして、この館のどこかにある、オルゴールのことを知っていやしないか?」

 パワー全開の彼に気圧されつつも、ダメ元で情報を問いかけてみると、ジャックは小躍りを打ち止めて、パッと嬉しそうに頰を綻ばせた。

「オルゴール! それなら僕が持っているよ、なんたって子どもたちの大好きなものだからね。任せてくれたまえ!」

「!」

 意気揚々たるジャックの長い腕が、そばに置かれていた、大きな白い袋に突っ込まれると(おそらくはサンタクロースを参考にしたものだろう)、たちまち誇らしげに掴み出してきたのは、奇声をあげながらくるくると回る、陰惨なギロチン処刑人のオルゴール。刃にリボンが結ばれているあたり、そのままクリスマス・プレゼントにするつもりだったのかもしれない。

「ご覧よ。これのことだろう?」

「俺の勘が言ってるけど、多分これじゃない」

「そうかい、すまないね。それじゃ、僕の手持ちにはないな。他に何か、僕に手伝えることは?」

 せっかく自信満々に取り出したご自慢のオルゴールも、デイビスたちのお目当てのものではなく、ジャックはすごすごと元の袋の中に仕舞った。その背中があまりにしょんぼりとしているので、何か仕事はないか、と探すデイビスの顔の上に、ちょうど、遙か彼方から、ぱたぱたとはためく影が落ちてくる。月明かりの中で、影の動きだけ見れば、まるで蝙蝠たちが屋内を自由に飛び交っているかのように思われる。

「ジャック、俺たちはこの館の納骨堂へ行って、オルゴールの鍵を取ってきたいんだ。で、どうやらこの図書館を飛び回っている本を集めてくれば、納骨堂への行き先を教えてもらえるらしいんだけど……」

「もちろんお安い御用さ、そんなのは朝飯前のことだよ。ゼロ!」

 ジャックはたちまち、度重なるハロウィン経験で培ってきたサービス精神を刺激され、とんとん、と二回膝を叩くと、たちまち、神秘的な音を虚空に霞ませて、長い耳をたゆたわせた一匹の幽霊犬が現れた。風もないのに揺れ動く半透明の布切れの体で、見上げる鼻の、ピカピカ光った、小さなカボチャのちょうちんが可愛らしい。その犬は、ジャックと同じ真っ黒な目を瞬かせて、主人の望みが告げられるのを静かに待っていた。

「お願いがあるんだ。この人たちのために、図書館を飛び回っている本たちを、君が回収してきてくれないか?」

 こくりと頷いたゼロは、まるで流れ星のように輪を描いて天井へ昇ってゆくと、たちまち、素晴らしい速さで目的の飛翔物を追いかけ、その口にうまく背表紙を咥えては、真っ直ぐに主人の手元に舞い戻ってきた。いつしかジャックの胸の中には、ゼロが空中から回収してきた、六冊の書物が積みあがってゆく。細い彼には重そうなそれらを、とすり、と近くのチェストの上に置いて、ジャックは満足そうに振り向いた。

「これで良いのかい、デイビス君?」

「ありがとう、ゼロ、ジャック! よっしゃあ、これで六冊、全て集められたぜ!」

「ちなみに、集めた本は何なんだろう?」

「ええっと、そうだな。随分と可愛らしい装丁だけど……」

 ・初心者でもできる☆丑の刻参り
 ・密室殺人徹底解剖!
 ・五億円の稼ぎ方教えます
 ・絶対当たる♡凶星占い
 ・一生ゴロゴロ生きていきた〜い
 ・恋敵を絶対に呪い殺す方法

「「「(………………)」」」

 いや、ツッコむのはよそう。何を読むかは、個々人の自由であるはずだ。

「おーい、マダム・レオナ! この通り、あんたの本は全部捕まえてやったぜ!」

《諸君らの働きに感謝する……約束通り、道を示そう……さあ、進むがよい、諸君らの目指すべき地へ……》

 声とともに、ギイイイ、と軋んだ音を響かせて、ついに階段の彼方の大窓が開かれたのである。垂れている弧を描いて緞帳が棚引き、一面に吹き込んでくる心地よい夜風が、満杯に彼らの身を貫いた。

「よっしゃあ、外だぜ!」

「ここまで随分と長かったね」

「ほう、良い月夜じゃないか! 絶好のトリックオアトリート日和だよ!」

 ジャックは軽やかに口笛を吹いた。バルコニーの彼方には、地平線までも続いてゆきそうなほど広大な庭園が、ぼうっと蒼く照らしだされている。微かな夜の秋風に髪とシャツを棚引かせながら、空高くへ偵察しに行ったダカールへ、デイビスが大声をあげて訊ねた。

「見えるか、ダカール?」

(ああ。納骨堂は、あっちの方角だ!)

 真っ直ぐに指差した方向には、バルコニーの手すりを超えて、遠く、つめた貝の如く先端を渦巻かせた丘が見える。月が皓々と彼らの行き先を照らしだし、そこに至るまでの枯れ木や十字架に覆われた地表を、まるで砂糖菓子の如く煌めかせていた。

 求めていた道を見出し、ようやく安堵を覚えたデイビスだったが、ふと、気がかりなことに思い当たり、胸ポケットから手相占いのカードを取りだした。そこに印刷されているのは、数日前のペニーアーケードで、確かに、スコットのあの奥深く響くバリトンが読みあげていた言葉である。持ち主を失った今では、そのカードはどこか色褪せて、夜風に吹き飛ばされそうに心細かった。

 ———俺は確か、納骨堂までエディを探しに行ったはずだよな? なのにどうして、あの占い部屋へ戻って、一人で寝転んでいたんだろう……?

 思索に浸る暇もなく、なぜか最も納骨堂への旅を張り切るこの骸骨男、ジャック・スケリントンは、ひらりと地面に飛び降りると、心ゆくまで、月に照らしだされる荒れた丘を見つめ、その夜風に大きく身を震わせた。

「さあ、君たち、ここからが正念場だよ、急いで! 生きているならてきぱきと。もたもたしていると、はぐれてしまうじゃないか!」

「待てよ、ジャック! 俺たちとあんたじゃ、歩幅が違うんだってば——」

「そーら、君たちはいい子にしていたかい? ハッピー・ハロウィン! ハッピー・ホリデー! メリー・クリスマース!」

 地に足のつかない上機嫌さでジャンプを繰り返し、月夜の下をどこまでも駆けだしてゆくジャックは、さながら飛び跳ねるバレリーノの如し。サンディ・クローズを模したらしい、妙に年老いた風の妖しい哄笑が、梟の鳴き声と呼応しながら、遠ざかってゆく彼の背後に響き渡っていった。

「やれやれ。猪突猛進タイプだな、あれは」

「ふふふ。でもなんだか、こっちまでワクワクしてくるね!」

「さあ、俺たちも急ごうぜ。エディやスコットが、俺たちが来るのを待っているぞ!」

「うん、行こう、デイビス。Ha-hah!」

 かくして彼らもまた、ジャックに続いて、夜風のさなかに躍りだし、そしてすべては、鮮烈に降りそそぐ銀の箭の色合いに染め尽くされた。

 雲はとうに風に吹き飛ばされ、頭上に広がる、皓々たる穹窿を覆うものは何もなかった。冷ややかな秋の夜露は、荒れ果てた墓場に散らばる墓標を湿らせ、その石の表面に刻まれたR.I.Pの文字や、十字架に入る罅を、誰の目にも明らかにした。文目も分かぬ宇宙の片隅の地表へ、古い映画の如き明暗を刻みつける月夜の冴え冴えしさは、凄まじかった。霜のように塗り籠めてゆく光のせいで、この世に転がるすべての半面が容赦なく照らしだされ、目をあざむくほどの明るさの中、昼間とは別の生命を鼓動させ始める。そこら中に蔓延るかぼちゃはみるみる豊穣な生気を吸って、その厚く油っぽい表面を艶めかせ、首吊りの木すらも狂喜に枯れ枝を伸ばし、死体を妖しく揺らしてゆく。鴉の啼き声を舞いあげる夜風は、それらの合間を抜き抜け、無限の夜空へと広がっていった。土の匂いは死の匂い、けれども夜空の下に解放された、自由の匂い。眩しいほどに降りそそぐ光に呑まれ、生きる意味さえ見失ってしまいそうな満月のさなか、スパイラル・ヒルを昇ってゆく三人の影は、切り絵をくり抜いたかの如くつぶさに映えている。けざやかな光線を浴びているのは、何も、生きている者だけではなかった。足を踏み出すたび、地中から異形の者たちが湧いて、うようよと陰翳を蠢かしながら逃げ去っていった。月明かりの充満する虚空を、魔女たちの箒が翔け抜けてゆき、人面鳥と狼男の喚く丘では、首を抱えたデュラハンが、静かにこちらを見下ろしていた。小鬼たちが輪舞し、墓穴を掘る音が響き、蝙蝠は紅玉のような目を光らせて空に群がり、ウツボカズラさえ歌いだす。大気に入り混じる不思議なオルガンの音、そしてそれに不協和音を合わせる妖しい楽隊たちに導かれ、一度止まっていた彼らの心臓は、ますます忙しない高鳴りを見せた。めくるめく夜、死者たちを揺さぶる夜。こんな胸騒ぎの激しい夜は、何かが起こる予感がする。まるで月明かりの下へと誘いだされたように、薄暗い物陰に隠れていた闇の住人たちはスパイラル・ヒルに集い、墓石から墓石へ、十字架から十字架へと飛び移ってゆく三人の影法師を見つめつつ、一面に不気味な合唱を木霊させるのだった。


 ♪Boys and girls of every age
 Wouldn't you like to see something strange?
 Come with us and you will see
 This, our town of Halloween

 さあさあ 坊やにお嬢ちゃん
 不思議なものを見たいだろう?
 おいで、見せてやるとしよう
 こここそ我らがハロウィンタウン

 This is Halloween, this is Halloween
 Pumpkins scream in the dead of night
 This is Halloween, everybody make a scene
 Trick or treat till the neighbors gonna die of fright

 これこそハロウィン! これこそハロウィン!
 真夜中にかぼちゃは泣き叫ぶ
 これこそハロウィン! みな大騒ぎ!
 ご近所がおっ死ぬまでトリックオアトリート

 It's our town, everybody scream
 In this town of Halloween

 この街じゃみんなが悲鳴をあげる
 それがハロウィンタウンなのさ!


 骨さえも踊りださんばかりのこの奇妙な重々しいリズムに、最も生き生きとしていたのは、言わずもがな、ジャック・スケリントンである。彼は、肋骨いっぱいに空気を吸うと、はち切れんばかりの喜びを露わにして、夜空の下に揚々と声を響かせた。

「なんて素敵な夜なんだ! 身体中に戦慄が駆けめぐってゆくようだよ。今なら橇もなしに、この大きな空をどこまでも飛べそうだぞ!」

 月以外のほとんどが色味を失い、克明な光と影へと近づいてゆく中、彼の頭蓋骨は鮮烈な月明かりを反射し、朦朧とした蒼白い暈を宿している。まるで彼のために用意されたスポットライトのようだ——そしてジャックが長い足を伸ばして通り過ぎるたびに、墓標の裏に潜んでいた者たちが顔を覗かせ、心を込めたささやかな喝采が起きた。ハロウィンタウンの住人たちは、この恐怖の王に深く親愛の情を寄せ、支配者として慕っていたのである。

(凄いモンスターの数だな。あの骸骨頭の王に従順な分、ゴーストたちほど厄介ではなさそうだが……)

「お前は良いよなあ、ダカール、上空を飛んでゆけるんだから、そんなに怖がる必要がねえじゃねえか。……うわっ」

 何かに躓きそうになったデイビスが足元を見ると、漆黒の影の中からざわめいて、彼の靴をしっかと掴む手が伸びてきていた。ぞっと戦慄く彼の顔に満足したのか、手は意地悪い笑いをこぼして、また影の世界へと戻ってゆく。そばのミッキーも、今にも噛みついてきそうなお化けかぼちゃたちに、随分と苦労している様子だった。

「おいジャック、お前の国の住人たち、手癖が悪ィぞ!」

「もちろんさ、みんなそれぞれ、得意な怖がらせ方があるんだ。そうそう、ハロウィンタウンきっての悪餓鬼トリオには、くれぐれも注意するんだよ。といっても、勝手にやってきてしまうんだけどね——」

 胸を張って告げるジャックに、どうにも納得できないデイビスは、むー、と不満げに眉を顰めてみせる。どうやらハロウィンタウンの住人たちは、人を脅かすという行為にまったく抵抗がないどころか、むしろそれを使命として喜んでいる節すらある。とその時、ミッキーは慄然と身を震わせて、

「デイビス、背中を見て!」

と指差した。その声の響きが絶えぬうちに、

「ミッキー、お前の肩にも!」

とデイビスもまた、驚愕に筋肉を掴まれた顔で悲鳴をあげた。互いに指し示した肩の上には、いつのまにか、ぼうっと青い月影に照らされた不吉な子どもが、左右に楽しげに顔を揺らしているのである。恐怖に引き攣るデイビスたちをケラケラと嘲笑った彼らは、見る間に地面に降り立つと、誰の手も届かないところに逃げていった。月明かりに照らされるその姿は、小鬼に魔女に、食屍鬼——キャンディをバリバリ噛み砕く音とともに、さらに仮面の下の死体色の顔を露わにすると、脂ぎった髪、青い唇に乱杭歯を覗かせ、濃い隈に縁取られた抜け目ない眼が現れる。そして極めつけのように、錆びついた蝶番のような耳障りな声を捻りだして、三人組は高らかに叫んだ。

「油断大敵、危機一髪!」

「ロック!」

「ショック!」

「バレル!」

 可愛い、とは口が裂けても言えない三人組は、自分たちの名を告げるなり、またもや、けらけらと乾いた声で笑った。彼らもまた、ハロウィンタウンの子どもたちなのだろうか? ジャックは腰に手を当てて、月夜の清々しさを跳ね飛ばすような声で叱りつける。

「こら! 悪い子たちだな。僕の大切なお客様だぞ、悪戯しちゃだめじゃないか!」

「あらあら、そんなこと言っていいの? あたしたち知ってるんだよ、ジャックがクリスマスの日に、サンディ・クローズになりすまそうとしてること!」

「ねえねえ、ブギーに言いつけちゃおうよ!」

「そいつがいい! きっと僕たちに、たんまりとご褒美をくれるよ!」

「なんだって?」

 ジャックは、それまで穏やかだった目を急に吊りあげて、厳しく首を振った。

「だめだ、だめだ! このことはトップ・シークレットなんだ、誰にも話すんじゃないぞ!」

「「「知ーらない、知ーらない、ラーララーララーラー!」」」

「なんていけない子たちなんだ、この悪餓鬼どもめ——」

 蜘蛛のように長いパンプキン・キングの手足をすり抜け、彼らは笑い声を響かせながら、どこからともなく丘の上に現れた、水垢だらけの猫足付きバスタブへ乗り込んだ。屋外にバスタブという異様な取り合わせだったが、その黄金に光る四つ足は、あたかも意思を持つかのように勝手に動きだし、彼らを行き先も知らぬ方向へと運んでいったのである。皓々たる月明かりの下で、切れ切れに聞こえてくる三人の歌が、耳障りな調子で風に乗って聞こえてくる。


 ♪La la la la la la, la la la la la -
 La la la la la la, la la la la la!

 ラーラララララ ラララララー
 ラーラララララ ラララララ!

 Kidnap the Sandy Claws
 Beat him with a stick
 Lock him up for ninety years, see what
 Makes him tick

 攫ったサンディ・クローズ
 ぶちのめそう!
 九十年閉じ込めたら
 どうなっちゃうんだろう?

 Kidnap the Sandy Claws
 Chop him into bits
 Mr. Oogie Boogie
 Is sure to get his kicks

 攫ったサンディ・クローズ
 みじん切り!
 ミスター・ウギー・ブギーは
 大喜び間違いなし!

 Kidnap the sandy claws
 See what we will see
 Lock him in a cage
 And then throw away the key
 
 サンディ・クローズ攫っちゃえ
 覚悟しなよ!
 檻の中へぶち込んだら
 鍵 投げ捨てておさらばだ!
 

「しまった。あのろくでなしの親玉のブギーに告げ口されたら、とんでもないことになるぞ……」

 ジャックはこれ以上ないというほど白くなり——ということは、今の色とほとんど変わらなかったわけだが——わななきだした。振動により、彼の手の骨がかちゃかちゃとノイズを立て、聴覚の良いミッキーは丁寧に大きな耳をたたんだ。

「なあ、誰のことだよ、ブギーって? あんたの友だちか?」

「説明している暇はないよ、諸君、納骨堂へと急ぐんだ、早く!」

 言うなり、その長い脚を存分に駆使して、一目散に走ってゆくジャック。慌てて彼を追おうとしたデイビスは、なぜか地面に落ちていたバナナの皮を踏み、すてーんっと仰向けにひっくり返った。先を進んでいたミッキーもダカールも、呆気に取られたように後ろを振り返る。

「だだだだだ、大丈夫かい、デイビス!?」

(近年稀に見るダサい転び方だな)

「イテテテテ……なんでこんなところに、バナナの皮が落ちているんだあ?」

 ジャックは駆け寄ろうとして、はっと身をすくませ、ミッキーたちとともに、素早くそばの樹の裏に身を隠す。しばらく頭上に目まぐるしいヒヨコを飛ばして目を回していたデイビスは、ようやく、足元にある皮をつまみあげると、微かに甘い南国の匂いを残すそれを、雲ひとつない空にそっと翳した。

 ちょうどその時、空は晴れていて、バナナと同じくらい黄色いお月様が、ぽっかりと天頂に浮かんでいた。鮮やかな光が目に染みる。何か神秘的な力を感じさせるほどに、頭上に輝く月は大きかった。その満月に一瞬、不気味な笑みの影が閃いたかと思うと、地べたに這いつくばるデイビスの鼻先へ、どこからともなく二個のダイスが転がってきて、骨のように乾いた音とともに、ピンゾロを弾き出した。

「ん?」

 目を疑って瞬きするそばから、ズン、ズン、と重い足音が轟いてくる。そして突然、デイビスの視界に、強烈なまでの月を背負った影が覆い被さってくるや否や、一気にその口が横に切り裂かれて、みるみる繊維の彼方に月明かりを透かす。その奥底から薄ら冷たい息が吹きかかってくると、腐敗した生ゴミにも似た臭いが撒き散らされて、覚えず眉を顰めるデイビス。頬まで裂けた口の中には、何か夥しい数のものが蠢き、小さく跳ね回っているのが垣間見えた。

「おやおやおや——どなたかな?」

 ゾッとするほど低いそれは、一人の男の艶のある声色にも、何人もの幻覚が妖しく響かせた木霊にも聞こえ、一瞬、舌の代わりに細い蛇が覗いたかと思うと、すぐに暗闇に吸い込まれて消えていった。眩む月を目潰しに背負う影は、嫌がるデイビスの顎に手を添えて強引に引きあげると、矯めつ眇めつその顔を点検するなり、おおっぴらに身を震わせてみせる。

「まさか、サンディ・クローズかい? おーこわ、チビッちまうじゃねえか!
 ははあん、それじゃ、巷で噂になってる野郎ってのは、お前のことだな?」

「はあ?」

「マジかよ、ジョークだろ、信じらんないぜ! こーんな奴だなんて、天地がひっくり返ったってありゃしない!
 頭も固けりゃ顔もサイアク、頼むよ、これじゃオレが笑い死にする前に、縫い目が真っ二つに裂けちまいそうだ!」

「失礼な奴だな、何なんだよあんた! そっちこそ、おかしな寝言ばかりぼやいていないで、姿を見せてみやがれってんだ!」

 無鉄砲に反論するデイビスの周囲で、不思議なことに、辺りは徐々に蛍光のペンキを塗られたように変貌していった。え、ちょっとちょっと、いったい何の演出だ、これ? 暗闇は濃密さを増し、ぐんと重くなった漆黒の中で、デイビスのシャツの襟は蒼白く冴え渡り、ぎらつくほどに映える蝙蝠や、地面に落ちている骸骨たちまでもが、軽薄なネオンカラーを発色し始めた。まるでラスベガスの地下深く、挑戦者を待ち受けるカジノのディーラーの如し——実際は、カジノよりももっと恐ろしい、拷問場の住人たちだったのだが。そして彼らが忠誠を誓うのは、目の前の怪人物。繊維の底まで染み込んだ魔力がぼうっと蛍光緑に滲みだし、月の光と交わることによって、彼の目の前に立ちはだかる者がどんな姿なのかが、初めてそれと知れたのである。

「なんとまあ、オレ様のこと、ジャック・スケリントンからお聞きでない? 可哀想な奴だねえ、それじゃあお情けをかけて、紹介してやるとするか。このハロウィンタウンの、影の支配者をな——!」

 目の前の影から噴きあがる、吠えるような高笑いにすくみあがり、デイビスは電撃に打たれたかの如く全身を震わせた。忙しなく飛び立つ蝙蝠の騒ぐ中、闇夜に蛍光緑を輝かせながら重々しく立っているのは、ボロボロの麻を縫い合わせた、頭陀袋のモンスター——それも軽く二メートルは越す背丈であろう。とはいえ、外見はそれほどグロテスクというわけでもない。着込んだ袋の中から漂ってくる耐え難い臭いを除けば、ぽってりと弛むお腹に、三角帽ナイトキャップを思わせる頭、袋の先から短く突き出た手足は、どこか微笑ましくすら感じられるものである。しかし、絶えず冷や汗の伝い落ちてゆくような重圧感が拭えないのは、顔のあたりの黒洞々たる破れ目が三つ、実に邪悪な笑みをにたつかせ、この生きた人間をどう調理しようかと、残忍な頭をグルグルめぐらせているからであろう。モンスターは、その巨体にはそぐわぬほど小さな手を腰に当てると、悪臭ふんぷんたる顔を思いきり近寄せて、何とも楽しくてたまらないように、朗々たるスウィングを効かせたジャズ・ソングを歌い始めた。


 ♪When Mr. Oogie Boogie says
 There's trouble close at hand,
 You'd better pay attention now
 'Cause I'm the Boogie Man!

 もしもウギー・ブギーって奴に
 魔の手が迫ってると言われたら
 すぐさま用心した方がいいぜ
 だってオレこそブギーマン!

 And if you aren't shakin',
 There's something very wrong!
 'Cause this may be the last time
 You hear the Boogie Song!

 お前さんがゾクゾクこなけりゃ
 世も末ってもんだぜえ!
 なんせこれが最後かもしれねえんだ
 ブギー様の歌を聞けるのはなァ——


 デイビスはポカンとして、その歌声が語る名前に目を瞠った。ブギーマンの伝承は、アメリカならばどんな子どもたちも知っていて、幼い頃は彼もまた、身の毛をよだたせてベッド下をチェックし、シーツの中へ潜り込んだことがある。今まさにその本物が、目の前にいるというのである。

「ブギー? それじゃお前が、さっきの悪餓鬼トリオの親玉?」

「ピンポン、大当たり! ただ知るのがほんのちょっぴり遅かったねーえ、お前さんがまだ自由の身であるうちに、このオレ様が誰だか分かればよかったのにな」

 両目の穴が、愉悦の三日月に歪められたと同時、デイビスの腕が頭上へ引っ張りあげられると、いきなり、冷ややかな金属の感触が襲う。見ると、彼の両手首には、ブギーにより嵌められた銀色の手錠——引きちぎることなど到底不可能なそれが、鋭い月明かりを反射しているのだった。

「なっ!? なんだよこれーっ!!」

「ご想像通りのブツだぜ、兄ちゃん」

「よせーっ!! 俺はてめえなんかとSMごっこをやるつもりはねえーッ!!」

「こちとらあんたの悲鳴をご所望でねえ、それじゃ、賭けてやってもいいぜ。オレが丁で、お前が半。公平に、サイコロで決めるとするかな」

 ブギーは、じゃらり、と手の中で二個のサイコロを弄ぶと、それらを夜空に放り投げ、嫌がらせのようにデイビスの鼻にコンと当たった。祈りを込めて見つめるデイビスの眼差しの先には、月の光を燦々と受けて地面に落ちる賽——露わになった面には——そう、三の目が二つ。

「六! 哀しいかな、ゲームは続行だとよ、サンディ・クローズさんよお」

「お、おかしいだろ! そんな簡単にゾロ目なんて出るもんかー!」

「敗者が何を言おうと負け犬の遠吠えだぜえ。オレ様はな、ムシャクシャしてて、しかもやることがねえ時には、特別な料理を食うことにしているんだ。蛇と蜘蛛のシチュー、それにちょいとした隠し味——お前にゃそれがなんだか分かるか?」

「な、なんだってんだよ?」

 ブギーはその短い手を伸ばして、デイビスの前髪をわさわさと掻き分けると、彼の耳許に向かって、低い声で囁いた。



「そうさ。お前サンディ・クローズという、ちょっとしたスパイスだよ——」



 そして、ゾッとするほど深い闇月夜に響くのは、まさしく、怪物による邪悪な笑い。そのカリスマ的魔力に誘われて、周囲の蝙蝠すら歌いだす始末である。


\彼がウギー・ブギー!/
  🦇🦇🦇🦇🦇🦇


         \彼がウギー・ブギー!/
           💀💀💀💀💀💀


「うるせーぞ、外野のコーラスどもーっ!!」

「今夜は最高のシチューがグラグラ煮立っているぜえ。地獄の釜と同じくらいになるまで熱してやる!」

「やめろって、放せよ! こんなことして、ロクな目に遭わねえに決まってるぞー!」

「またまたご冗談を、オレの耳がイカれちまったのかな? 誰かこいつを黙らせてくれ、おかしくて涙がちょちょ切れそうだ!
 じゃ、めでたくお許しをいただけたところで、仕事に取り掛かるとするかな」

 じたばたと暴れるデイビスの両手を釣り針に引っ掛け、さらに針をくくりつけた縄を枯れ木の枝へ放り投げると、ブギーはだらしないお腹をへこませながら、せっせとハンドルを回し始めた。軋む音を立てて滑車は回転し、縄が巻き取られて、少しずつ、デイビスの体が宙に持ちあがってゆく。嘘だろ、と絶句して血の気が引いた。手首の痺れる痛みと引き換えに、もうすでに地面から半分、踵が浮きかかっている。

「お、おい! てめえ、この俺にいったい何しようっていうんだ!」

「オレ様にできる、最高のことをだよ———」

「のわーーーーーーっ!?!?!?!?」


 ぐんと手首に体重のかかったが最後、夜の闇に轟くのは、哀れにも空へ遠ざかってゆく悲鳴と、おぞましいほどに勝利に酔い痴れた哄笑である。さながらブギウギ・ダンサーの独占オンステージ、夜風が不吉にざわめき、蝙蝠たちの紅い眼は瞬く豆電球の群れ、そしてスポットライトの月に照らされた葉むらは、めくるめくミラーボールの輝きを思わせた。


 ♪Oh, the sound of rollin' dice
 To me is music in the air
 'Cause I'm a gamblin' Boogie Man
 Although I don't play fair

 ああ! サイコロの転がる音が
 音楽みたく心を震わすぜ!
 なんせオレはギャンブラーのブギーマン!
 イカサマしかしねえがな——

 It's much more fun, I must confess
 When lives are on the line
 Not mine, of course, but yours, old boy
 Now that'd be just fine

 ここだけの話 もっと心が躍るのは
 生きるか死ぬかの瀬戸際よ!
 無論オレじゃねえ、あんたがさ、兄ちゃん
 せいぜい楽しませてくれよ……


「今すぐ放せーっ、こんな真似して、タダで済むと思ってんのかーッ!! 絶対に絶対に、後悔させてやっからなーッ!!」

 空高くまで宙吊りにされ、ぶらんこの如く右へ左へと揺さぶられるデイビスは、もはや港に陸揚げされ、鋭い包丁での吊るし切りを待つアンコウそっくりでしかない。ゲラゲラと大きな腹を抱えて嘲笑しながら、ブギーは何ともおかしげにくるりと回転してみせた。

「おいおい兄弟、なーんて口を叩くんだ、ご自分の立場をお分かりでない? どう足掻いてもお先真っ暗、ジ・エンドが目に見えてるぜ。
 だって相手はミスター・ウギー・ブギー、勝ち目はゼロ!

 お前さんは、もう、逃げられないぜ———」

 不吉なその言葉が、調理開始の合図となった。体重をかけて、どすん、と片足を踏み下ろすと、デイビスの真下の地面が割れて、粘つく泡を煮え立たせる地獄の釜が一気に開いてゆく。あかあかとマグマに照らされるブギーの顔は悪魔の恐ろしさにも勝るとも劣らず、犠牲者が一層背筋を凍らせて激しく暴れ回ったのは、わざわざ断るまでもない。

「ほおれ、こいつが貴様の墓場となる闇鍋だ。たっぷり煮込めば煮込むほど、お前さんの肉はスープに跡形もなく溶けてゆくぜえ!」

「ジャ、ジャックがこのことを知ったら、黙ってねえぞ!(適当) どんな罰を受けるか分からねえ!(憶測) 命があるだけでも運が良いってもんだぞー!(願望)」

「俺の運がどうとか言ったかな、おにーいサン? それじゃその答えを、サイコロに尋ねてみるとするかな——ほおう? ラッキーセブン! さあ、ブギー様のお楽しみの時間だァ——!」

 この時のために用意しておいたのであろう、ブギーは、サッととっておきの肉切り包丁を持ちだしてくると、そのぎらつく刃で、デイビスを吊り下げて張り詰めている命綱を、サイコロの出目分ノックし始めた。そのたびに、プチプチと繊維の千切れる音が聞こえ、細く伸びてゆく縄に比例して、デイビスと地獄の釜との距離が徐々に近づいてゆく。

「ワァン? トゥー? スリー? フォー? ファイブ、シックス、セブン! ニャハハハハハ!」

 爽やかに語られる数字は、間違いなく、死に落とされるカウントダウンである。ひいいいいい、と絶叫するデイビス。煮え滾った黄金を融解させる地の底のプールからは、立ちのぼる硫黄ガスが重い膜を破裂させ、絶え間なく弾ける震動さえもが伝わってくる。

「いやだーっ!! 誰か助けてくれよー!!」

「灰は灰に、塵は塵に。オウ、力が出ない……腹ペコなんだ! もういっぺんダイスを振れば? ありつけるゥ——ハッハッハッハッ!」

 頭陀袋中から高笑いを弾けさせたブギーは、ディナー専用の、血のように赤い特別なサイコロを振った。ころんと地表に埋まっていた頭骸骨の眼窩に入り込み、スロットの如く下顎から吐きだされた賽たちは、動きを止めるとようやく、主人の待ち望む出目を月に煌めかせ、にやつくブギーの顔が、ゆっくりとそれに近づいてゆく。

「何だと? 一のゾロ目スネーク・アイズ!?」

 ブギーは苛立ちのままに、ドンと地団駄を踏む。すると空気を読んだように、サイコロのどちらもコロリと転がって、新たな数を出目としたのである。

「おう! 十一だァ!」

 ブギーはすっかり機嫌を直して、すぐに邪悪な笑いを取り戻すと、デイビスの脇腹をつつきながら、舌舐めずりをするような猫撫で声で囁いた。

「この勝負はオレが貰ったぜ、ジャックポットってやつよ。バイバァーイ、サンディ・クローズのボーヤ——!」

 犠牲者に片手でフレンドリーに挨拶するなり、ブギーはついに、月下に輝く包丁を大きく振るった。これで見事、一刀両断。命綱が真っ二つになる手応えが、確かに頭陀袋の隅々にまで爽快に染み渡る。

 かくして下拵えは完璧、後はすべてがこの特製の皿を、完成へと導いてくれるはずだった。ブギーは耳に手を当てて、楽しみにその瞬間を待ったのだが、いつまで経っても食材の着水音が聞こえてこないことに、パチクリと瞬きをした。上を仰ぐと、包丁によって千切られた縄は、いつのまにか枯れ枝に固く結ばれ、夜風に揺れているではないか。縄の先端にぶら下がっているのは、解錠された手錠——それがたまさかに月の光を受けて、虚しく孤独に煌めくばかり。キョロキョロと辺りを見回したブギーは、不意に、背後に降り立つ細長い影に気づいて、

「ウワアーーー!!」

と大声でのけぞった。それまで樹の上に隠れていたジャックが、長い脚を蜘蛛の如く地面に伸ばしながら、宿敵の前に対峙していたのである。その姿勢はすでに臨戦態勢に入り、その真っ黒な目には、怒りの炎が輝いていた。

「ご機嫌よう、ブギー?」

「ジャ、ジャ、ジャック! し、死んだって聞いたのに、生きているんだったら——殺してやる! さあかかってこい、骸骨男ォ——!」

 果たして、これほど大掛かりな仕掛けをいさどうやって隠していたというのだろう、ブギーがもう一度足を踏み鳴らすと、たちまち、彼らの足元から巨大なルーレット盤が迫りあがってきて、機械音とともに回転し始める。ジャックはたたらを踏み、その細い体をふらつかせた。

「おっと——」

 その隙を狙って、背後に仕掛けられた巨大なおもちゃの兵隊が、彼に向かって一斉射撃を開始する。目に閃くマズルフラッシュが小刻みに網膜を灼き、硝煙の匂いとともに、みるみるジャックの足元を削り取っていった。

「オレ様はまだシチューを諦めたわけじゃない! 貴様もぐらぐらに煮込んで、最高のディナーの隠し味にしてやる!」

「いいだろう、受けて立つさ、ブギー! ここが僕らの決戦の舞台だ!」

 果たして彼らの間にいかなる確執があるのか、それを知る者は誰もなく。秋風吹き渡る月明かりの下、何度目になるか分からない一騎打ち、しかし今度こそ、彼らの最終決戦の始まりだった。




 一方のミッキーは、ジャックの手によってようやく解放されたデイビスを助け起こし、怪我はないかとぺたぺた触っていた。

「デイビス! 大丈夫かい?」

「ひーん、酷い目に遭ったぜー、ミッキー。もうこんなところは二度と来ねえよお」

「あー、よしよし。大変だったねえ」

 ひしっ、と情けなくひっついてくるデイビスを慰めるために適当に背を撫でてやりながら、ミッキーは溜め息をついた。

「感傷に浸っている場合じゃないよ。ジャックが時間稼ぎをしてくれるから、僕たちはその間に、納骨堂の中から鍵を取ってこなくちゃ!」

「OK! さっさと鍵を見つけだして、ジャックの助太刀をするぞ!」

 シャキンッ、と背筋を伸ばしたデイビスは、胸の中の誓いを新たにする。そうだ、俺はエディとスコットを助けるんだった、泣き言をいってぐずぐずしている暇はない。
 覚悟を決めたデイビスとミッキーは、犀の大群の如く泥を跳ね散らしながら、湿地帯の庭を駆け抜け、納骨堂へと向かって突進していった。

「どけどけどけ、邪魔だー! ゴーストども、道を空けろーッッ!!」

 もう怖いとかどうとかいう感情がすべて吹っ飛んでヤケクソになったのか、恐ろしい形相で脅かす幽霊や、髪を引っ張って大笑いする亡霊を無視して、二人はゴーストたちの群れへと突っ込んだ。空中は、脅かす悲鳴やら嬌声やら高笑いやらで、騒がしいことこの上ない。おまけに半透明の幽体が飛び交うせいで、視界すらもまともに確保できないのだった。

「クソー、追い払っても追い払っても無限に湧きあがってくるじゃねえかー!」

「ボウフラみたいだー!」

 どうもこの納骨堂は、ゴーストたちの社交場らしい。吟遊詩人たちが不協和音を奏で、オペラ歌手は酷い金切り声で華を添え、首なし騎士とエジプトのミイラがうろつくそばで、水浸しの船長がポットを傾け、あははうふふとシーソーを揺らすヴィクトリア朝の王族がいちゃつく始末である。曰くモットー、「教皇も乞食も、死んだら同じ」。死を忘れるな、死を思え。現世の縛めを上から下までひっくり返して、亡者団欒、ほのぼのピクニックの真っ最中だった。彼らは棺桶にクロスを敷くと、墓標に生えていた苔にお湯をそそぎ、かちん、とひび割れたカップをかち合わせる。

((((我らが輝かしい命日に乾杯!))))

「墓場で呑気にお茶会すんなーーーー!!!」

 ハリセンで盛大にツッコミを入れるデイビスにも動じず、彼らは死地の土で作ったケーキを頬張りながら振り向くと、ぺちぺちと魚の骨で彼の頬を叩く。

(おや、良い男だね。あたしたちのパーティに混ざりたいなら、お命頂くよ……)

「何でもない日、ばんざーい!」

「ちゃっかりマッド・ハッターが混じってる!!」

「デイビス、駄目だ! こんな調子では、とても納骨堂に近づくことなんてできないよー!」

 悲鳴をあげるミッキーの足元から、雨後のタケノコのように幽霊が現れて、あっちではカラオケ、こっちではお見合いと、墓の下にいるうちにすっかり冷え切った交友を温めていた。生前には全員、パリピだったのであろう。至るところグリム・グリニング・ゴーストの大合唱で、やかましさはいよいよ天井の域である。

「これ、本当に九百九十九人なのかい!? 絶対にもっといるでしょー!?」

「た、頼むぜ、ダカール、同じ幽霊だろ! このイカれたティーパーティーの連中を追い払ってくれよ!」

(よしきた、僕のメイン回ってわけだな! 前作ではたった一話しか出番がなかったのに、まさか続編になって、幽霊の形で出番が与えられるとは。人生、何があるか分からない——)

「いいからとっとと行けーーーっ!!」

 じいんと涙に震えるところをデイビスに蹴飛ばされ、ダカールは敢然として立ち向かうと、大暴れするゴーストたちに向かって一喝、威厳溢れる声を放った。

(ブンデールカンドの王子、ダカールの名において命じる。邪悪なる亡霊たちよ、去れ!)

 全員が一斉に振り向き、ダカールに死んだ目をそそいだ。一瞬の静寂。そして答えの代わりに、けたたましいブーイングと、クラッカーの屑が雨霰と降りそそいでくる。

「クソカッコ悪い!!!!」

(くっ、この天才科学者である僕を馬鹿にするとは、見下げ果てた連中め。仕方ない。超自然的なものには、科学的な力で対抗だ!)

「オイ。幽霊のお前が言えたセリフじゃねーだろーが」

(出でよ! 僕の発明した自信作——地上最高の鑿岩機、ドリリングマシーン!)

 まるで犬でも呼び寄せるかのようにダカールが短く指笛を吹くと、ゴゴゴゴゴ、と大地が揺れ、みるみる盛り上がってはひび割れてゆく地の底から、巨大な二軸式岩石掘削機が姿を現し、ミッキーもデイビスも尻餅をついた。果たして、なぜ地中に潜んでいたのかは不明だが、ダカールは誇らしげに鼻息を荒げて、意気揚々とPRを語る。

(これは僕が地底世界から採掘したネモニウムと命名される鉱物を燃料としてピストンバルブ式で巨大な車輪を回転させて持続的な動力を得ることを可能としチタン製のダブルドリルで対象岩盤を切り刻みながら前方後方双方における素晴らしい推進力をうんぬんかんぬん)

「全然ちっとも言ってること分からん」

「オタク特有の早口で説明しないでよう」

(行け、ドリリングマシーンよ! 邪悪なるゴーストたちを蹴散らせーッ!!)

 主人の命を受けて、チュイイイイン、とドリルの電源が入ったかと思うと、轟音を唸らせて、一切合切を全て破壊してゆく。そして当然のことながら、現世のそれが大騒ぎする幽霊たちをすり抜け、真っ直ぐに突っ込んでいったのは、目的地たる納骨堂である。大量の瓦礫を撒き散らしながら、立派な石の建造物は、あっという間に土煙をあげて傾き始め、デイビスたちから一斉に悲鳴があがった。

「の、納骨堂がー!!」

「罰当たりすぎんだろーが!!」

(おのれ、邪悪なるゴーストめ。僕のドリリングマシーンまでコケにするとは、地獄の沙汰も生ぬるい——)

「どっちが邪悪なんだよ! てめえの破天荒な墓荒らしのせいで、まさに今ここが、地獄の有様になってんだぞー!!」

 削岩機の威力たるや、ブルドーザーでさえここまで恐ろしい破壊行為はしない。めきょめきょめきょ、と石だけでなく、棺桶や骨までもが押し潰れてゆく音が響き、そして、巻きあげられた霊廟の奥深くから、奇蹟的にドリルに掬われて、ピン、と光るものがミッキーの手許に飛んできた。

「あっ、やったよ、デイビス。鍵だー!」

「すげえ天文学的な確率だな!!」

「デイビス、間違いないよ、これならオルゴールを開けられる!」

 輝く鍵を握り締めたミッキーは、歓喜の声を解き放って笑顔をこぼす。

「グッジョブだ、ミッキー。しっかり離さないでいろよ!」

 ドリリングマシーンが納骨堂の破壊に勤しんでいるうちに、彼は揺れ動く大地を蹴り飛ばしてミッキーの手を掴むと、ジャックのいる方向へと素早く転換した。

(元々ネモニウムとは僕がアイスランドの山から地下深くへと探検した時に見つけた金属元素で洞窟の中でも排気ガスを一切出さずに無限のエネルギーを生み出せるため蒸気機関車の凄まじい馬力とトラクターの耐久性を可能に)

「おいダカール、ずらかるぞ! さっきから何をブツブツ呟いているんだ!」

【いやあ、間に合った——この辺には、ヒッチハイクの好きな亡霊が出ることを言い忘れておった。
 もっとも、亡霊は勝手に乗り込んでしまうがな——】

「げっ。ゴーストホスト——」

「え、誰のナレーションなんだい、これは?」

 振り向けば、解体に揺れる納骨堂の上には、大、中、小、というのが相応しい背格好の幽霊たちが、スーツケースを持ちながら立っているではないか。彼らは迫りくるドリリングマシーンに向かって、まるでハイウェイの傍らで運転手に合図するかのように、妖しく親指を振っているのである。

「ヒッチハイクしてる!!」

「いやいやいや、あのドリリングマシーンに乗るのは不可能だって! 頼むから、これ以上カオスな状況を引っ掻き回さないでくれよ!」

 しかし、ここで大人しく言うことを聞くヒッチハイカーたちではない。三人組の姿がスッと消え去ったかと思うと、次の瞬間、ドリリングマシーンの頂点を陣取るのは、半透明に発光する三つの影。

「乗ったーーー!!!!」

「もはや心霊現象を飛び超えて、物理的にこええよ!!」

 しかしながらこれまでヒッチハイクしてきた車と異なり、ドリリングマシーンは、まったく無人の自動運転なのだった。それを手動に切り替えるために、どこかのレバーを動作させてしまったのだろう、削岩機は砂嵐を巻き起こしながら、凄まじい勢いでグルグルと自転し始める。まるで無差別の暴力の渦だ。全方向に凄まじい勢いで石礫が撒き散らされ、周囲のゴーストたちは花火でも見るようにやんやと喝采をあげた。

「ああっ、運転方法を知らないから、物凄く分かりやすい形で混乱している!!」

「ただの無免許運転じゃねーか!!」

 哀しいかな、ヒッチハイカーだけにいつもは運転を他人に任せているのであろう、物珍しげにハンドルを見ては、頻りに首を傾げている三人組。そんな彼らに、設計者のダカールが擦り寄ると、懇切丁寧なレクチャーが始まった。

(……?)

(いいか、右足がアクセルで、押し込むと前進する。左足が——)

「馬鹿やろー、ダカール、運転方法を教えるんじゃねーっ!! こっちに来たらどうすんだーっ!!」

(そうさ、物覚えが良いな、これでいつでも自由自在に操縦できるはずだ。お前たちも、良いドリリングマシーン・ライフを!)

 ばっちん、と星を散らしてヒッチハイカーたちにウインクを飛ばすダカール。駄目だ、ミステリアス・アイランド孤高の天才科学者と謳われていたけど、あいつもやっぱり、世間知らずのアホの一員じゃねーか。まともな人間を欠いたこの状況下では、アホ×ゴーストは、単なるカオスである。

「そしてこっちに向かってきてるーっ!!」

「踏んじゃいけない地雷を全て踏みやがって、あの野郎ーっ!!」

 こうなっては一刻の猶予もない。デイビスたちは煙をあげて、F1も真っ青の速度で庭をすっ飛んでゆくと、何やら巨大なトランプから剣を振り回す貴族ジャックと闘うジャックを見出し、煙が立つほどの急ブレーキをかけた。

「ジャック、ありがとよ! 俺たちの目的は果たしたぜ!」

「ああ、よかった! もう少しで僕の大事な燕尾服が、トランプの剣に切り刻まれるところだったよ」

「いや、それよりもっとやべーもんが接近してきてんだよ。ブギーなんかより、あれを見ろ!」

 胸を撫で下ろしているジャックの顳顬を掴むなり、ごきいっ、と無理矢理彼の骸骨頭を反転させると、その真っ黒な目は、唸りをあげてまもなくこちらへと襲いかかってくるはずのドリリングマシーンを捉えた。

「ななななななな、なんだい、あれは!?」

「あー?」

 ブギーも目を細めてジャックの背後を見つめ——さすがに、手を止めた。いかに経験豊富なモンスターであるとはいえ、怪物的轟音とともに大地を削りながら迫りくる削岩機の影は、天下のウギー・ブギーですらも体験したことはない。しかもその影は、全高四メートルにも達するほど巨大であるがゆえ、恰幅の良い彼と比較するまでもなく、そこには圧倒的な体格差(?)があったのだ。

 長年に渡ってジャックとの確執を続けてきたブギーマンだが、なぜ今日に至るまで存命していられたかといえば、自身の退き際をけして過たなかったからである。彼は咄嗟に、枯れ木からぶら下がっていた縄を颯爽と掴むと、夜闇に悪役らしい高笑いを響かせた。

「さらばだ、ジャーック! アーッハッハッハッハッハッハ———」

 かくして、ブギーは夜空の彼方に消え去り、二人の勝敗はまたもや、次の機会まで持ち越しになるかと思われたが、しかしこの時ばかりは、これで幕引きとはいかなかった。過去に繰り広げてきた数々の決闘と異なり、今度のジャック・スケリントンは、仲間を連れていた。夜風に煽られて目の前へと躍る、一本の細い糸を認めたデイビスは、ピコンと豆電球を脳裏に点灯させるなり、不敵な笑みを刻みつけて声を張る。

「よくも友達を酷い目に遭わせやがったな、ブギー! こうしてやるぜ!」

 言うが早いか、その糸を力の限り引っ張ると、縄をよじ登っていたブギーはよろめき、自身を包み込む麻袋からほつれている一本が、デイビスの手の中に握られていることに気がついた。しかも彼は、その糸の端に石を結びつけたかと思うと、背後のドリリングマシーンの真正面へと投げ込んだのだ。当然、ドリルは紡ぎ車の要領で急速に糸を絡め取ってゆき、ブギーは慌てて押さえつけようとした。もうすでに、足は片方が消失してしまっている。

「やめろォ! なんてことをするんだ、まったく——!!」

 ブギーは懸命に嘆願したが、しかし、もはやこの運命かは逃れる手段はどこにもない。ここが最大の見せ場だと判断したデイビスは、ずびしっ、と迫力ある構図で指を差しざま、カッコイイ効果線とともに決め台詞を言い放つ。

「へへっ、ドリリングマシーンの回転で、お前の麻袋はどんどんほつれてゆくぜ! ついでに、その薄汚ねえ布の下に隠れた正体を見せな、ミスター・ウギー・ブギーさんよお!」

 そう言っている間にも、ドリリングマシーンはボビンの如く回って糸を巻き取り、ブギーの体はみるみるうちに萎んでいった。哀れかな、こうなってしまえばさすがのウギー・ブギーも、観念して最期を待つしかない。

「オレの身体が……おれのからだが……オレノカラダガ……」

 息も絶え絶えのブギーの呻き声は、徐々に小児のように痩せ細り、甲高くなってゆく。そして不意に、勝ち誇るデイビスの目の前を掠めて、ぽとり、と落下し、何かが地面に頼りなく蠢いている。それに引かれて、何気なく、彼が上を見あげると。





画像7



「虫ーーーーーーッッッ!?!?!?」


(あっ。これはやばい)

 嫌な予感とともに口を覆うミッキー。そしてその予感が外れるわけもなく、大量の虫がざわめく絵面に、大の虫嫌いの彼が、とうとう、忍耐できる限度を超えたらしい。パニック状態に陥っているデイビスの胸元を掴み、ミッキーは半泣きになって前後に揺さぶりまくる。

「☆∮□%●△→〆×▼$♫@∋?⁂&*@≠■⌘/∞〒Ω¢♯↓⇔∬¥Å◉!!!!」

「デイビスのバカ、正気に戻ってよ! ドリリングマシーンがこっちに向かってきてるんだからー!!」

(ミッキー、往復ビンタしろ! いつの時代も、暴力が最も手っ取り早い解決策だ!)

「よぉーし、分かった! 喰らえ、ミニーから体で学んだビンタ攻撃!」

パパパパパパパパパパパパパパパ


画像3
イメージ図

 度重なるビンタにより、デイビスの意識がはっと驚き、魂が肉体に吸い込まれてこの世に戻ってきた。片方の頬が虫歯の如くぷくぅぅぅっと膨れた状態で、彼は今話で何度目かも分からない拳を握る。

「め、目が醒めたぜ! 早いとこ、あのドリリングマシーンをどうにかしなくちゃ!」

「うん、それをもっと早く分かってほしかったけどね!!」

「つっても、あのドリリングマシーンを倒せるわけはねえ! 俺たちにできるのはただひとつ——逃げるっきゃねえんだよ!!」

 威風堂々と演説するデイビスは、激情を込めてドンと足を踏み下ろし、それとは気づかず、ブギーの本体にあたる小さな虫を踏み潰した。

 \ キュッ /

「とにかく、屋内に避難するぞ! 地上だとあのスピードに追いつかれちまう!」

「急ぐぞ、デイビス君、ミッキー君、ダカール君! この道を真っ直ぐに辿って、ホーンテッドマンションに戻るんだ!」

 そこから、生か死か、究極の追いかけっこが始まった。ダイジェストでご覧いただくと、ドリリングマシーンが近づいてくるたび、急カーブして道を外れるか、猫の鳴き真似をしてやり過ごすか、変わり身の術で丸太になり済ますかで、一行は紙一重で危機を掻い潜った。美しい月夜の下を、凄まじい勢いで移動してゆく二つの点は、頭上から見下ろせば、この世のものとは思えない異様な速度である。周囲の沼に呻く蛙たちはドン引きし、鴉は関わるまいと必死に見なかった振りをした。そしてついに、元のおどろおどろしい洋館が目の前に見えてくると、至極当たり前のことに気づいて、ようやくミッキーが声をあげる。

「ああっ、しまった、バルコニーに階段がない!」

(どうするんだ、登る手段なんてないぞ!)

「一階からどこか、屋内に入れねえのかよ!?」

「どこもかしこも、窓が閉じられてる! きっと、ゴーストたちが閉めてしまったんだ!」

 確かに、一階の窓はいずれも重い鎧戸が下されていて、籠城状態になっているも同然だった。ひらひらとカーテンを棚引かせているのは、遙か頭上に構えられた上階しか存在せず、まさしく、地に残された彼らは孤立無援である。そばの樹々が、風にざわめく。ドリリングマシーンは、もはや目と鼻の先まできている。デイビスは腹を括ると、静かに、隣の子どもに向かって呟いた。

「おい、ミッキー。歯ァ食い縛れ」

「えっ?」

「絶対に舌を噛むんじゃねえぞ——ッッ!!」

 言い終わるや否や、ガッ、とデイビスの手がミッキーのズボンを掴むと、手首のスナップを効かせて、思い切り放り投げた。

「うわーーーーーーーーっ!?!?!?」

 軽々と宙を舞うミッキーの体が、パチンコ玉の如く三階の窓辺へと吸い込まれてゆく。突然の闖入物に、樹上に止まっていた梟も驚き、赤い眼を光らせながら飛び立っていった。それを見届けたデイビスもまた、シャツの袖を捲りあげると、そばに屹立する枝の多い樹に飛びついた。

「急ぐんだ、デイビス君!」

 器用に枝から枝へと足をかけてゆくデイビス。蜘蛛のように長い手足を生かし、地上にいるジャックが彼の尻を押して手助けをする。

 ようやっと三階の高さまで辿り着いたデイビスが、開け放たれた屋根裏部屋の窓へ、身を翻して飛び込んだのと同時、

 ゴリゴリゴリィィィイイイッッ———


と凄まじい音を立ててドリリングマシーンが館に突入し、やがて回転刃に煉瓦片を巻き込まれて、ようやく、ドリルの回転は止まった。ぱらら、と石くれの落ちる音が響いた後は、濛々と立ち込める土煙が辺りを漂うばかり。

 ま、まじで死ぬかと思った。ぜーばーぜーはーと息を切らしながら、白目を剥いてくず折れるデイビス、事態についてゆけずに呆然とするミッキー。すでに死んでいるダカールでさえ、今一度死の恐怖に晒されたらしく、ブルーベリーのように顔が青ざめていた。

「なんでこんなアグレッシブなアトラクションになっていやがるんだ。俺の知ってるホーンテッドマンションと違う」

「全体的に、展開が雑すぎるよう」

 哀愁溢れる愚痴をぼやきつつも、急死に一生を得た二人は、窓から乗り出して、

「おーい、大丈夫かぁ、ジャック!? まさか、ドリリングマシーンに巻き込まれちゃいねーだろうな!」

と破砕された階下に声をかけた。すると、窓辺に取り付けられた薄い襤褸カーテンを揺らして、ふわりと冷たい冬の風が顔に吹きつけてきたのと同時。

「ホー、ホー、ホー! Merry Christmas!」

「ん?」

 声の降ってくる方向を見あげると、夜空には大きな満月。その神秘的な南瓜色に降りそそぐ光を横切るのは、輝く鼻に先導される橇に乗って、三角帽子を振り回す、針金のように細い人影である。聞こえてくるのはリズミカルな可愛い鈴の音、そしてその名残のように、儚い雪の数粒が、はらはらと二人の鼻の上に乗ってくる。くしゅんとくしゃみをこぼすデイビスに、ミッキーがその背をさすってやりながら、小さな声で呟いた。

「行っちゃったぁ……」

「最後までよく分かんねーヤツだったな。ま、いいヤツではあったけど」

 ずず、と鼻水を啜りながら、ようやく手に入れた戦利品を覗き込むデイビスとミッキー。彼の手の中には、月明かりを浴びた銀の鍵が、少し早いクリスマスプレゼントの如く、美しい六条の星を瞬かせていたのだった。

 改めて周囲を見回すと、そこは雑然と物を置かれた屋根裏部屋で、ボロボロになったハープシコードやら、使われなくなった陶磁器やら、丸まった絨毯、化粧台についたてに帽子箱にランプ、燭台、地球儀、鳥籠、手斧、ワイングラス、真珠のネックレス、破れた絵画(花婿の首が消えているように見えるのは気のせいだろうか?)、まるで骨董品市のように並べられた夥しいそれらが、年月とともに忘れ去られ、薄暗い影を引いていた。幾らか、結婚祝いの品々とも思われる、作り物のケーキや枯れた花が混じっていたが……しかしそのような慶事の物々も、かく物置きに詰め込まれては、いつか惨めに捨てられるのを待つ不用品と変わりはしなかった。デイビスは長い溜め息をついて、魔法の無線機を取りだした。ひと段落したら連絡を、と申し渡されていたのなら、そのタイミングは、今を置いてより他になかろう。

「こちら、キャプテン・デイビスとミッキーとダカール。ジム、言われた通り、鍵を手に入れたぜ!」

《よくやった、素晴らしい! それじゃ、次はオルゴール探しだ!》

「ああ……そういや、まだ全然クエストは終わりじゃなかったんだっけ。こっちは、鍵よりは楽に手に入るといいんだがなあ」

《頼むよマダム・リオッタ、いったい、館のどこにあるのかの霊視を……》

《近づいてきている……》

「ん?」

《ああ、もう、マダム・リオッタったら、うるさいな!》

《声をひそめろ……あの女を目覚めさせるな……目をつけられたら最後……取り返しがつかないことになる……》

 無線機の向こうから聞こえてくるいかにも不穏な響きに、デイビスは襟を正し、慌てて問いかけた。

「ちょ、ちょ、ちょっと、何の話をしているんだよ? まだ何かあるってのか!?」

《マダム・レオタは……強力な降霊師……二次創作BGSの中では……大抵のゴーストが……生前、彼女に殺されている……あまりの恐ろしさに……多くの人間が……本家BGSだと勘違いしている模様……》

 耳を疑うデイビス。当然であろう。どう考えても初耳の内容で、しかも物騒すぎる単語がワラワラとちりばめられている。

「どどどどどどーいうことだよ、ジム!? そんな話、今まで一言だって聞いてないぞ!!」

《おい、水晶レディ、詳しく説明してくれ。マダム・レオタがなんだって!?》

《あの女は私の従姉妹……誰よりも強い霊力を持っている……マダム・レオタは……ガチでやばい……》

「はぁ!?」

《汝らに忠告する……マダム・レオタに見つかるな……マダム・レオタは……一度獲物を見つければ……どこまでも追ってくる……身を潜めて……けして音を立ててはならない……》

 無線機からもたらされた今さらすぎる情報に、とうとう、デイビスは汗まみれの五体を床に投げ出しながら、やけくそになって叫んだ。

「もう無理だってー! こんだけしっちゃかめっちゃかやらかしてたら、絶対目ェつけられてるに決まってんだろー!!」

「まあ……諦めた方がいいのかもね……」

 早々に放棄するデイビスとミッキー。この惨状を見れば、選択肢は考えるより前に潰されているのは、火を見るより明らかなことである。

 デイビスはほとんど萎えた様子で大の字になりながら、ごろりと無線機の方に顔だけ傾け、口を尖らせて尋ねた。

「そんなわけで、マダム・リオッタさんよ。せめて、俺たちにできる対抗手段を教えてくれや」

《あの女は……意外に敏捷……ハエたたきを用意するが吉……》

「ハエたたきィ?」

《いずれお前たちにも分かるだろう……マダム・リオッタのお告げは……いつでも完璧なのだと……》

 二人は顔を見合わせた。




 かくして。
 武装に身を包み終わったデイビスとミッキーは、精悍な面持ちで、屋根裏部屋の箪笥を漁りつくした結果を握り締めていた。

 右手にハエたたきを、左手に殺虫スプレーを。ついでに頭には三角巾を巻き、口は完全にマスクで防御している。どこからどう見ても、業者と見分けがつかぬほどに完璧な装備品といえよう。

「もう怖くないぜ。俺たちは文明の利器たる武器を手に入れた」

「もはやホーンテッドマンションじゃなくて、バイオハザードじゃないか」

「不思議なことに、その二つは必ずしも矛盾しない」

 二人は慎重に、ピタリと屋根裏部屋のドアに耳をくっつけた。木製の古びた扉を挟んだ遠くから、女の笑い声が響いてくる。

 こ、こえ〜〜〜〜〜〜〜。今までの雑魚ゴーストたちとは、禍々しいオーラが違う。二人は身を寄せ合い、互いに冷や汗を隠して目配せをした。

「準備はいいか、ミッキー?」

「うん。大丈夫だよ、デイビス」

「それじゃ、行くぞ。いち、にーの——それッ!!」

 掛け声とともにドアを開け放つと、ごうっと勢いよく雪崩れ込んでくる風に乗って、飛翔する水晶玉が舞い込んできた。その球の内部には、緑色の肌に血のような唇、黒髪の貼りついた笑みをむきだしにした、魔女のような風貌の女が浮きあがっている。これこそが悪名高き降霊師、マダム・レオタの魂であった。

「叩き落とせー!」

 バシバシバシ、と翻るハエたたき、噴射しまくるスプレー。もわもわと立ちのぼる埃の中で、狂ったような甲高い女の哄笑が響き渡り、一気にハリネズミの如く毛が逆立つ。頭のネジが数本外れた、危険人物極まりない笑い声である。掃除職人の格好に身を包んだデイビスたちは、改めてぴっちりとマスクを装着し、その下からくぐもった声をあげる。

「早いとこ、このストーカーおばさんをぶちのめすぞ、ミッキー!」

「こうなったら、僕とデイビスの合わせ技だ!」

 プシュー、プシュッ、プシュッ。二人がかりで挟み撃ちにした殺虫剤攻撃により、たちまち、辺りにはもくもくと白煙が立ち込め、激しい噴射音だけが耳につく様は、あたかもセンター・オブ・ジ・アースの急上昇の如き様相を呈していた。そしてその後ろで、ダカールは。

(よしっ、頑張れっ! その調子だっ! ひるむな、行けーっ!)

 応援して、いた。まあ、幽霊たる彼にはさしてやることがないのは事実である。

《貴様らには渡さぬ……うら若き……花嫁の魂……》

「くっそー、しぶといおばさんだ!」

「ハエたたきなら任せてよ! 一振りで七匹も!」

「いいぞ、ミッキー、お前の腕前を見せてやれ!」

「よおーし、奴を細切れにしてやる!」

 高らかにハエたたきを構えたミッキーは、眼光一閃、勇者にしか宿せない闘気を纏ってゆくと、水晶玉に対面して踏み込み、勢いよく武器を振りかぶった。


「ヤーーーーーーーッ!!!!」




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(は、八十年以上も前の短編の話だから、腕が鈍ってる……)

 ダカールの呟きが哀しく漏れる中、水晶玉はハエたたきをスカしたミッキーを優雅に通り過ぎ、完全に油断していたデイビスと差し向かいになった。

 読者諸君も想像してほしい、密室で、生首の閉じ込められた水晶玉が、不気味な笑みを浮かべながら、こちらへ飛来してくるところを。ゾワワッと、一気に本能的な嫌悪感に総毛だったデイビスは、脳神経がショートし、理性が限界を迎えた。そして、無心となった中で何よりもまず、生来の運動神経のよさが反応したのである。

 ①構える

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 ②球を見据える

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 ③飛んでくる

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カッキィィィン————



 快音が響くとともに、窓ガラスが粉々に割れ、マダム・レオタの水晶玉は、大空の彼方へと吹っ飛んでいった。バット代わりのハエたたきを振り抜いたままのデイビスの腕には、いまだ、びりびりと残る余韻がある。

「ホームラン!」

(もはや何でもありだな!!)

 有頂天になって右手を頭上で回すミッキーに、外野から全力で叫ぶダカール。ぜえぜえと息を荒げながら、窓の彼方で星となった水晶玉の輝きを、デイビスも呆然として見つめる。

「や……やったぜ……俺たちの勝ちだ!」

「おめでとう、デイビスー!」

 ドーム中に響く応援歌と歓声。ハラハラと紙吹雪が降りしきる中、両手を広げてホームに帰ってくるデイビスを迎え入れようとして、そばのトランクケースから勢いよく飛び出してきた影に、ミッキーは即座に飛びすさった。

「うわあっ、ゾンビだ!」

 そして一瞬の間も置かず、手にしたハエたたきでぶちのめすミッキー。目にも止まらぬ速さでばしばしと叩くたびに、哀れにも腐肉が糸を引き、悲鳴はくぐもった呻き声に変わる。

「オーバーキル! オーバーキル!!」

「ゾンビは消毒だー!!」

「落ち着け、ミッキー! 某聖帝軍兵士みたいなこと口走ってんぞ!」

 慌てて止めに入ったにも構わず、血走った目でゾンビを粉微塵にしているクレイジーな姿に、デイビスはゾッとする。こ、こいつ、パーク運営で相当なストレスが溜まっているじゃねえだろうな。

「ゾンビはどこだ! ゾンビを根絶やしにしてやる!!」

「だ、大丈夫だよ、ミッキー……とにかく、俺たちはオルゴールを探さないと」

(デイビス、あの猿だ! 手にオルゴールを持っている!)

「ええっ!? いきなりそんな都合の良い展開になるの!?」

(ほら、あそこに奴がいるぞ!)

 ダカールの指差す方向を見れば、長い房のついたトルコ帽を被り、中華服に身を包んだ小猿が、確かに見事な彫刻を施された箱を抱え、シャンデリアにぶら下がっている。マダム・レオタとの乱闘に紛れて、部屋に侵入してきたらしい。猿は軽やかに床に降り立つと、おそらくは中国コーナーとして設けられたであろう、部屋の隅に寄せられた東方趣味の小物が気になったのか、古代の帷子を纏う甲冑や、巨大な木彫りのお面、美しい龍の彫刻に目を瞬かせ、ぺたぺたと手を触れさせていた。

「なぜこんなところに猿が!?」

「あれは……アルバートじゃないか!?」

「ミッキー、知り合いなのか!?」

「知らない!」

「そうか!」

「確か香港ディズニーランドにいる、悪戯好きな猿だ! なぜ舞浜にいるんだろう!?」

 至極もっともな疑問だが、答えは、これが二次創作だからということ以外ほかにない。猿が大きな耳をぴくつかせ、そのつぶらな瞳をまん丸に見張る様は、大層愛らしいものであったが、微笑ましく見守ろうとするミッキーの耳元で、デイビスは注意深く囁いた。

「ミッキー、よくよく注意しろよ。あいつはきっと、一筋縄じゃいかないぞ」

「なんで?」

「ディズニーキャラクターの猿って、飼い慣らしにくいトリックスターっつうか、一癖も二癖もある奴が多いんだよ。分かるだろ?」

「そうかなあ?」

 ・アブー……余計なことばかりする
 ・キング・ルーイ……バルー傷害事件・モーグリ誘拐事件の親玉
 ・ラフィキ……不審人物
 ・シンドバッドの猿たち……乱暴者
 ・ジャングルクルーズの猿……そして伝説へ


「本当だ……並べてみると凄いね……」

「あの猿もその系統だとしたらやばいぞ。絶対厄介ごとを引き起こすに違いねえ」

「うーん、本当かどうかは分からないけど、とりあえず、オルゴールを渡してもらわなきゃ」

 まずは紳士的に話し合いを。こほんと咳払いしたミッキーは、おもむろに進み出ると、

「你好、アルバート! 僕、ミッキー・マウスっていうんだ。お願いがあるんだけど、そのオルゴールを僕たちに貸してくれないかい?」

 無視された。というか単純に、言葉が通じていないのかもしれない。アルバートはまだほんの子どもらしく、不思議そうにミッキーを見つめ返しながら、マー、とかオーウ、とか言っている。仕方なしに、それ貸して、とジェスチャーで訴えてみるが、襲われるとでも勘違いしたのか、まるで逆効果だった。猿らしいすばしっこい動きで梁を渡ると、ミッキーたちを威嚇し、下瞼を引っ張ってあっかんべーをして見せる。こうなると、疲弊していた彼らの頭にはすぐに血が昇り、物のごちゃついた屋根裏部屋の中を、躍起になって追い回した。辺りにバタバタと埃が飛ぶ。

「おいこら、アルバート! 悪いことには使わねえって、とっとと寄越しやがれ!」

「キキッ(やだあ)」

「渡さねえなら、力ずくで奪ってやるぞ! そうなる前に、こっちに渡した方が賢明なんだからなー!!」

「キキキッ(こわあ)」

「アルバート! お願いだから、そのオルゴールを貸してよ! 僕たちにはどうしても必要なものなんだよー!!」

 必死の訴えも、聞いたことではない。猿は、懐からサッとバナナを取り出して食べるなり、大量の皮を投擲してきた。こうなってしまうと、ぷうんと甘い匂いのする要塞のようなもので、彼らは床中に散らばる無数のバナナの皮を避けつつ、アルバートの元へ接近しなければならないのである。

「こんなアホな闘いがあるかよ!?」

「地味ながらなんて効果的な戦法を知っているんだー!」

「てめー、アルバート、今分かったぞ、俺が庭のバナナの皮にすっ転んだのもお前のせいだろ! 正々堂々と勝負しろー!!」

 拳を振りあげて怒鳴るデイビス。ところがアルバートは、プークスクスクス、と笑いだし、終いには赤い尻をこちらに向けて、これみよがしに叩き始めたのである。デイビスの頭上に、温泉の如く湯気が立ちのぼる。

「あ、あんのヤロ〜、人を舐め腐りやがって……」

「(デイビスって猿にも笑われるんだなあ)」

「そっちがその気なら、小猿だからって容赦しねえぜ。見てろよ〜……」

 堪忍袋の尾が切れたデイビスは、足元のバナナの皮を丸めるなり、振りかぶってそれを構えたかと思うと。

「そおりゃー!!!!」

 すぽーん、とストレートを投擲。それが空中で開いて、真正面から顔にへばりつき、皮に視界を奪われたアルバートは、ふらりと落ちてゆくなり、その下に張っていた巨大な蜘蛛の巣に引っかかって、暴れれば暴れるほど糸に絡み取られ、ついに身動きを封じられたのだった。

「ふいー、やーっと捕まえたぜ。人間様を舐めんなよ」

 これで一安心。フウ、と溜め息をつきながら幸せそうに額の汗を拭うデイビスの隣で、ミッキーは慌てふためいたように叫んだ。

「あれ? 僕のソーサラーハットが、あのオルゴールに反応しているよ!」

「ええ!? それってつまり、どういうことだ!?」

「ほら、見て。ソーサラーハットが、アラートを出して点滅してるんだ——」

『アブナイヨウ……アブナイヨウ……』

「なんだこの謎機能!?」

 目玉もないのに、ミッキーの手の中で、ソーサラーハットは儚い青光を点滅させ、しくしくと身を湿らせていた。物凄く気持ち悪い。以前、魔法を使って修行をサボろうと目論見、惨憺たる結果をもたらしたミッキーのために、イェン・シッドが先回りして魔法をかけた——としか考えられない。果たして、それで彼の心が更生へと導いたのかは神のみぞ知るが、以降、とにかく帽子が、邪な魔法に過敏になったのは確かである。ウッウッと詰まるように泣きながら、まるで泣き女のようにか細い声を搾り出し、ソーサラーハットは警告を告げる。

『キケンダヨウ……ケイコクスルヨウ……ヨクナイマホウ……タダチニキョリヲトッテエ、ミッキ-サアアン……』

「あのオルゴールには、邪悪な魔法がかかっているんだよ! メーガンの言っていたオルゴールじゃない!」

「なんだって!? それに、邪悪な魔法って——」

 そこまで言いかかって、同時に振り向くミッキーとデイビス。遠く蜘蛛の巣にまみれながら、まるで最後の助けを求めるようにオルゴールに手をかけるアルバートへ、二人は一斉に手を伸ばした。


「「アルバート! そのオルゴールを、
開けちゃだめだーッッ!!!!」」


 しかし、何かに導かれるように蓋を開けてしまったアルバートを止めるには、すでに手遅れだった。突然、部屋中が漆黒の闇に閉ざされたかと思うと、極彩色に輝くミュージック・ダストが飛び出したのである。ダストから絶え間なく振り撒かれる燐光は、真っ暗に染まる屋根裏部屋を照らしだし、やがて聞いたこともない音楽を連れてくる。そして、その光彩が触れたありとあらゆる物体に、生命が吹き込まれた。龍の彫刻は前肢を上げて怒り狂い、甲冑は兜の奥に真っ赤な眼差しを光らせる。そしてお面はゆっくりと平べったい顔を動かして、周囲の胸像たちと一斉に、不可思議な歌を口ずさむのだった。


 ♪Magic's in the air today
 Stand beside me, don't look away
 Try to find some words to sing

 今宵は世界中に魔法がかかる
 こっちにおいでよ どこを見てるの
 君も口ずさんでみてごらん

 Who do you think will find him?
 Somebody's got to pay!

 あいつを見つけるのは誰だと思う?
 誰かに埋め合わせてもらわなきゃ!

 (Ohh...)
 No getting away from an ancient curse, and hiding will only make it worse!

 古の呪いから逃げられはしない 隠れようとするほど首が絞まってゆくだけさ!

 Do not try to hide away
 Magic's in the air today
 Try to find some words to sing
 Who do you think will find him?
 Somebody's got to pay!
 (Ohh...)

 逃げも隠れもしちゃいけない
 今宵は世界中に魔法がかかる
 君も口ずさんでみてごらん
 彼を見つけるのは誰の役目だと思う?


 誰かが償わなきゃ いけないね——……





 



* 画像一部出典: 朝日新聞DIGITAL「大相撲の土俵に舞う力士の塩、1日何キロ使ってる?」鈴木健輔、2020年11月25日 https://www.asahi.com/articles/ASNCR55CSNCNUTQP02M.html

* 参考資料・一部画像引用、加工
『ホーンテッドマンションのすべて』ジェイソン・サーレル、講談社、2017年



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