Blank’n’Drunk, without knives #3(fin)
Blank’n’Drunk, without knives #3
◆5◆
半地下への階段を下り、鉄扉を開ければ微かに酒精が香る。
開店すぐのカウンターを女ふたりで占領し、言外に今日は飲むと宣言しながら一杯目を受け取った。
他に客は見当たらない。
マスターには悪いが、いい風情だ。
「乾杯。再会に」
祝いの酒をサマーニットにこぼさないよう気を払う。
「乾杯。いいね、映画みたいだ」
ダークブルーのブラウスが、明るい色の鱗とよく似合う。
ハイネックは失敗だったか?何かの拍子に汚さないか心配だ。
「しかし本当にびっくりしましたよ輪武、ああ、いえ、浦賀ですか」
「いいよいいよ、輪武で。慣れないだろ?」
「知らない名前なので『浦賀さん』と呼びそうです」
「私ももう“浦賀慣れ”して長いけど、あんたが言うとこっそばゆいな!輪武にしてくれよ。久々に呼ばれるのもいい」
「助かります。この間の、私は職場が近くなんですけど、この辺近いんですか?」
「いや、そんなにちょくちょく来るわけじゃないんだ。夫がこの辺好きでね。この間はデートだったから」
「はーー旦那さんですよ全く。いったいいつの間に?」
「四年前。ふたりしてパチーンってきちゃって」
「旦那さん、見る目ありますね」
「だろぉ〜〜?」
◆
「もう私が団出て7年くらいですか?色々ありすぎてわからなくなりますよね」
「激動だよなぁ。毎年、ふと落ち着くとそう思ってる気がするよ」
「あんなに濃かったのに、救難団のこともあまり思い出さなくなりましたね」
「でもさぁ、体が覚えてるだろ、正直。第6救難団訓!ひとつ!」
「求める声に無限に手を伸ばせ!……やめてくださいよ、ちょっと」
「ひひひ、いい声出るじゃん」
「常連が突然大声をあげるって異常事態ですよ?」
「ごめんごめん、次の奢るから!」
「いいやつ頼んでやりますから」
◆
「じゃあ、寿退職じゃないですか。いいなあ」
「上級救難士サマだからすげー突っつかれたけどね。愛の勝ち。今は鴨池電子で警備部長をしてるんだ」
「……へえ、警備。ちょっと畑違いませんか?」
「いいんだよ。救護拠点防衛とかやっただろ?あれの延長って感じかな」
「やりましたねぇ……機動救難演習とか、特別前線救難訓練とかも、辛かったですねぇ……」
「トクゼンなー!もう二度とやりたくないよなー!」
「本当にもう。あ、空いてますよ。私はどうしましょうかね」
◆
「あああーーー、かあわいい。今いくつですか?」
「三歳。かわいいでしょ~~~。アイナでーす」
「おー。んー。顔の鱗の感じ、お父さん似ですか?」
「はーーんイイところ見てるね!パパ似でぇす!やっぱりあんたイイわ」
「他種族も見慣れると判るものですねえ」
「ああそっか、うちは同系統の純リザだから私の表情の感じとあんま変わらないのか」
「ご家庭ごとに全然違ってきますよね。他の犬科見ても結構わからないでしょう」
「そうかも。あんた犬科の中じゃ表情ある方だし」
「あ、なんかわかりやすいって言われてるみたいでヤです」
「そう言ってんだよ。いや、それも慣れだろうけど」
「ええーー」
◆
「そんで、グループがでかい分、全部外注すると高く付くんだ。だから内部に警備と訓練のプロを用意しようってこと。待遇いいんだよ?」
「あー、鴨池って言ってましたっけ。賀茂別グループでしたかね。代表取締役がすごく強そうなとこ」
「そーそー、ホロ映像でしか見たことないけど、あれは重機。そっちはどうなんだよ。どこかで聞いたが、救難団出て、そんで随分前に迷彩は脱いだんだろ?」
「……私はまぁ、また公務員ではありますが。崇高な理念のない小役人ですからねぇ、以前とは違って」
「崇高な理念のないぃ〜〜?あんたが?」
「なんですか。そんなものですよ」
「えぇ〜〜〜〜〜〜?」
◆
「だからね、絶対電脳化手術は早期に受けるべきだと思うんだけど……」
「それはそうなんですけど、やっぱりそれ、程度は親が決めることじゃないですよ。アイナちゃんが将来高度な電脳化したいってなった時に助けてあげられればいいじゃないですか」
「それもなーーーわかるんだけどなぁー。あれは慣れだよ。可能性、広げといてあげたいじゃん」
「若年層の高度電脳化はまだまだ問題ありますよ。……あのへん、保険会社の整備なんかもまだまだです。待って損はありませんって」
「でも研究学園大のデータ、ほんとメーカクでさあ……全くもって人生の意味変わるじゃん、あれ。なんとかしないと」
「まあまあ、ええ、全部聞きますよ。次頼みましょう」
◆
「自分に関してはいんだよ?その分きゅーりょーも危険手当も出ているわけでさぁ。
でもなあ、部下が怪我したりするとねー、やっぱねー、めげるよ。100%中の100%とはいかーん」
「ああ、わかる。わかりますね。彼らはかくご……決めてても、無辜の民ですからね......でも、そんなにきびしーんですか、職場?」
「無辜も無辜、あいつら民間だよやっぱ。あー、うん、エリアでいえば結構おーいよ。
企業スパイかと思ったら単純なカネ目当てとか、逆にカネにあかせた土建屋ごっことかー?
私の“直営店”はあんまないよ? ウチの周りはおとなしいやくざもんのほうが多いからね」
「おとなしいやくざもん」
「そういうもんだよ。あ、ほら次次」
◆
「わかんねーだろうけど、私ら変温だからさー、摩擦熱が大事でさー」
「ああー」
◆
「だから毛を掴まれるのだけはほんとに無いんですよ」
「そりゃそーだ」
◆
「だからさ、ろうもりも、うちきなよ。絶対その方がいい。私もこまってるんだ。 どうにもならないんだ。くちききも任せてよ。やるよ。とくいだ」
「あなたはほんとうにおせっかいで、いつもすてきで、憧れる。あなたと一緒ならなんだってできるし、とっても楽しいんでしょう。ほんとうに。
でもねえ、私は今の職場を離れませんよ。まだやることがあります。ひつよぉともされています。いくらか。」
「環境課かぁ……あんたがそういうんなら、そうなんだろうさ。ついでに、あんたをひつよぉとするやつが、イッパイいんのもわかる。そうなんだろうさ」
「……ええ。ですからねぇ、でもですよ、わたけ。あなたが助けをもとめる時は、ぜったいに、手を出すんですよ、私は。いまきめました。まえからきめてました」
「そう、そっか……」
「……むずかしいですね」
「……ままならないよ」
◆
「ただいま」
「んー、おかえり。タスデ来てるよ」
「ん、ありがとうございます」
「あんたロックばっかだけど回らない?美味しいのはわかるんだけどさ」
「輪武」
「んーー?」
「私に薬のにおいがわからないとでも思ったんですか?」
刹那。
どこに隠し持っていたのか、翻るナイフを目にしてやることは少ない。
軌道の予測。
最低限すぎる動き。
毒。
中指の一本拳で握る手の破壊。
返す手首は弧拳。
顎を打ち、脳を抜く。
どうと倒れ伏す女を見てから、ふとしまったという思いがよぎる。
「マスター、粗相をしました。申し訳ありません」
「いえ。わかりませんが、必要なことなのでしょう」
「感謝します」
全身の力を奪われた手元から、さくりと刃物を取り上げる。
抵抗はない。脳を鍛える手段はない。しばらくは動けないだろう。
小型ナイフのグリップに巻かれた、パラコードの手触りが懐かしい。
「狼森……いつから……」
「無理に動かないで下さい……最初からです。こんな手段とるなんて、信じられませんでしたよ。“居酒屋でできた友達には気をつけよう”なんて、情報漏洩の初歩じゃないですか」
部隊でさんざん教え込まれたものだ。
いや、厳重なのはキ特に移ってからだったか。間抜けは部隊を壊滅させ得る。
「あと私……一度だって環境課って言ってませんから」
「狼森……頼む、頼むよ、アイナ……アイナが……」
「そこですよ輪武。アイナちゃんの居場所、わかりましたよ」
「あんた」
「こんなに呑んだのは久々だったんですよ。これで酔いつぶれてくれたら、その間にアイナちゃんの安否を探って、とっとと救出して……ただの楽しい飲み会になったのに」
「なぜだ……私は」
苦悶の声に応える。知ってるでしょうに。
「求める声に無限に手を伸ばせ、ですよ」
◆6◆
課長室、 執務机前。
あれから数日は非常に忙しかった。鴨池の警備部はよく訓練されていた。
要人警護に慣れていないのは……仕方ない事だろう。
まだまだ日も長い。薄紅く滲んだ西日がブラインドの隙間から差し込んでいる。
ス、と差し出されたカードを見て不意に声が漏れた。
「セキュリティ・ランク4ですか」
「そうだ」
平然と言う。
秘密主義なだけでなく驚かすのも好きなようだ。猫科ということだろうか。
「私の体……いえ、頭のことはよくご存知でしょう。正常にないものを身近に抱えて、あまりに警戒心が足りないかと愚考いたします。
それに、軍環規定はどうするおつもりです。
僅かなりとも機密に触れていた身です、軍部は黙っていないでしょう」
人事情報は関連機関に公開される。言い逃れはできない。
「無論、お前に関するレポートは全て読んでいる。その上での決定だ」
「しかし、これでは今後の」
「それに。以前言ったな」
にやり、と笑ったような気がした
「有能な部下に仕事を任せないのは怠慢、なのだろう?」
この上司も、たまに意地が悪くなるらしい。
「ああもう……承知しました。拝命しましょう」
「そうか。ではそれは返してくれ。こちらが正式になる」
返す? 今受領したものを?
承諾したばかりのIDを奪うように持っていかれ、懐から取り出されたカード状の……否、IDカード。
セキュリティ・ランク4のIDの、2枚目……?いや、違う。
《対応室 室長 狼森 冴子》
たまに、ではないらしい。
「悪趣味では?」
「それは……そうだな……」
◆7◆
エレベーターを降りると、一度目的地の逆方向を見てしまうのは癖なのだろうか。
エレベーターホールを抜け、静脈センサースリットに腕を通して解錠する。
この住まいにもずいぶん慣れた。最近は襲撃も無く過ごしやすいものだ。
安くはない物件だ。管理側も侵入者対策に本気なのだろう。
部屋選びの際は苦労をした。隊員寮以外に部屋を借りて住む経験はなかったから。
どうせならと思って多少上等な部屋を選んだが、給与の上手な使い道がわかっていないだけのような……そんな気もする。
挑戦すること全てが全て満足というわけにはいかないだろう。
持て余し気味のリビングへは行かず、寝室へ入る。
なにもなければ玄関と寝室を往復してしまう質だ。
樒の入った運搬鞄を立てかけて、クローゼットに防弾・防刃コートをかける。
このタイミングでやらないと、朝までそのままなことはよく知っている。
皺のついたコートは、綺麗なものではない。
酒瓶がいくつか転がっている。
最近は酒量も多少減った。呑まずに帰ろうとするだけで驚いた風になるのはやめていただきたいものだ。
身から出た錆と言われればその通り、だが。
部屋の片隅に鎮座する、簡素な二段ベッドが軋む
我が事ながら部屋に似つかわしくないとは思うが……どうしても、これが一番眠れる。
髪をほどきながら、枕元の金属片……18枚の認識票の束に触れる。
鎖でつながれてじゃらり と揺れる。 小魚か何かの群れのよう。
「隊長、私が部隊長ですって。笑っちゃいますよね」
割れ鐘のような笑い声が聞こえた、気がした。
「一尉、部下の育成ってどうすればいいんでしょうね」
神経質そうな指がマニュアルの束を弾く音が聞こえた、気がした。
「コーさんもガニさんも、実は得意じゃないって言ってましたしね」
大の大人が揃って溜息をついたような、気がした。
「今少し、出迎えてもらう訳にはいかないようです」
鞄の中の愛刀が軽やかに軋んだ、気がした。
外部接触情報届
提出 : 狼森 冴子
発生日時 : GH22AK9CU
場所 : 2番市街 ニショウ第二商業区
行動申請書記載・6番飲食店にて外部接触あり。
対象については別添のとおりだが、当方の記憶と対象の短時間の供述によるものであるため、追跡調査を求める。
次回接触時の行動はシナリオ2を適用する。
ーー 以上 ーー
Blank’n’Drunk, without knives #3
Finished
Why we can’t converse without knives?
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