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想い出宿る古い家の新しい活かし方。古民家お宿「熊のや」店主小栗さゆりさん

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実家に帰ると、ふとした時に小さい頃の思い出がよみがえってくることはありませんか?日々を過ごす家は、沢山の思い出が生まれる場所です。
そんな思い出の詰まった家も古くなると取り壊されたり、誰も住まなくなって放置されることがあります。
小栗さゆりさんは、立派で価値と歴史がある「古民家」だけではなく、愛されてきた普通の「古い家」も残したいという想いから、島田市金谷の山合で古民家一棟貸しの宿「熊のや」を運営しています。

各地に空き家は沢山あるのに、実はあまり流通していない。小栗さんはその理由を、持ち主の気持ちが解決していないからだと考えています。
家を売り買いする時、売る側の気持ちに関してはドライなケースが多いです。
けれど売る人にとって、想い出のつまった家は家族のようなもの。
大切にしてくれる相手に売りたい。おかしな人に売ってしまったらご近所の迷惑になってしまう。そう考えるとなかなか売りに出せない。だからといって家が朽ちていくのは哀しい。買う側はもちろん、売るにも様々な想いがあります。
小栗さんは、まずは自分自身が売る側の気持ちを大切にして古い家を買い、その家が活躍している光景をつくることで、周りの思考を変え、より多くの古い家が活用され受け継がれていくようになってほしいと考えています。

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「熊のや」は、元々とあるおばあさんが大切に住んでいた古い家でした。
おばあさんは、家を売った後も電話をくれるなど、小栗さん達家族を何かと気にかけてくれて、今もいい関係を続けているそうです。
「熊のや」は、おばあさんの心を受け継ぎながら、新しく宿としての役割を持ったことで、多くの人達に旅の拠点として愛され続けています。

小栗さんは仙台から島田市に移住しました。
旦那さんの仕事が静岡市に決まった当時、通える範囲の色々なまちを見て回ったそうです。
島田市を訪れた日は、偶然にも4年に1度の大きなお祭りの日。お祭りの熱量から住人のまちへの愛を感じ、大井川の美しさにも心惹かれ、島田市への移住を決めました。

後に「熊のや」となる家は、最初は住むために購入しました。プロの施工が必要な部分はきちんと依頼しつつ、可能な部分は自分達でリフォームし、できる限りお金を掛けず改修をしました。
しばらく住んでみると、SL(蒸気機関車)が走り、大井川沿いの自然豊かな家の周辺は、実は観光客の需要が多いことに気が付きました。
そこで、住む以外の古い家の活かし方を探すという実験を兼ね、小栗さんは「古民家一棟貸しの宿熊のや」を運営することとなったのです。
宿泊業の経験ゼロからのスタートです。近所の方からはお客さんが来るのか心配されていました。そんな中で苦労しながらも続けていくと、徐々に利用者は増加していきました。

「熊のや」周辺の人達が自分達の住んでいる場所を「何もないところ」と言う時、小栗さんは“そんなことない、良いところだし自分はとても好きだ”と訴えたくなります。けれどひとりでそう言ってもなかなか想いは届きません。しかし、宿を始めたことでいろんな人達がやって来て、周りの人達もようやく自分の住んでいる場所の価値に気が付きはじめたようです。

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小栗さんが以前建築士として勤めていた会社では、古民家の移築再生を行っていました。
“大切にされてきた古民家を後世に残したい
そんな熱い想いを持った上司と仕事をするうちに小栗さんは
”立派な古民家は場所を移動してでもお金のある人たちが後世に残していく。けれど、普通の人が暮らしてきた普通の家は、どんなに丁寧に造られ使われてきても壊されていってしまうのだろうか。“
そんな想いを抱くようになりました。仕事で経験してきたからこそ、古い家を直して住む事が大変だというのは十分わかっていました。
けれど、家に対する愛が小栗さんを、古い家を直し、さらに宿をやるという挑戦に駆り立てたのです。

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宿の運営はまだまだ完璧とはいきませんが、始めた当初と比べたら少し落ち着いてきました。小栗さんはそろそろ、もっと多くの家々を救うために新たな実験を始めていきたいそうです。

次の実験もおなじ島田市金谷ですが、舞台は山合から少し街の方へ移ります。金谷の街はJRの駅とSLの起点となる駅があります。小栗さんは味のある金谷の街並みが好きで、街中でも中古の家を探していました。そして、最近やっと金谷で理想的な家と運命的な出会いを果たしました。
いくらそのまちが素敵だと訴えても、住んでいなければ説得力がない。
だから次はその家に住みながら、新たな古い家の活かし方を探していきたいと考えているのだそうです。
やりたいことがあらかじめ決まっていると、それができるかわからない建物は敬遠されがちです。小栗さんのやり方はまず建物を決めてから中身のコンテンツを決めるので、他の人が買うのをためらう建物も活用することができます。
一見使いづらそうで敬遠されがちな不思議な間取りの家にも、そうなるまでのエピソードがあります。その家の個性の強さは、他に無い魅力でもあるのです。
特別立派ではないけれど、時と思い出を積み重ね、人々のささやかな日常に寄り添って来た家々を守るために小栗さんの実験は続きます。

熊のやについてもっと知りたい方はこちら→ 熊のや公式HP

【編集後記】

後から無理やり増築したのであろうちょっと不思議な間取り。あきらかに後付けのアルミサッシ。そういった一見ちょっと違和感のあるところも、さゆりさんは“家族が増えて一生懸命考えてこうなったんだろうなぁ”とそこに至るまでの物語を想像してほほえましく感じるのだそうです。宿をやりたかったわけではなく、建物を活かしたくて考えていったら結果として宿になった。さゆりさんを動かすのは建物への純粋な愛。私もレトロな街並みや建物は好きな方なのですが、さゆりさんほど愛を持って建物を見てはいません。きっと私には、何ができるかわからない建物を活用する勇気はないでしょう。大切なものが人それぞれ違うからこそ、ぶつかることもあるけれど、色んな人がそれぞれ動けば、ひとりでは実現できなかった世界を見ることができる。そんな可能性を感じました。

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