「こだわり」って何? もし本当に「こだわり」があるのなら、訳のわからない曖昧な言葉を使うなよ!

昔たぶんNHKの番組だったと思うんだけど、TVでリンボウ先生が「究極」なんていう手垢にまみれた表現にはウンザリするみたいなことを言っていた。確か著書でも同じような指摘をしていて、その中に「こだわり」という語句も含まれていたと思う。


辞書を引けばすぐに分かるのだが、「細かいことが気になってしまう。些細な、つまらないことに囚われてしまう」といったネガティブな意味を持つ言葉で、セールスポイントだとかアピールの場に相応しい言葉ではなかったはずなのに、気が付いたらポジティブで雰囲気たっぷりな印象を与える文句になっていた。


雰囲気があることはとても大事だと思う。

自信を持つことも大事だと思う。

「呪術廻戦」の東堂葵は、雰囲気があるという理由だけで必要以上に敵から警戒されていた。ジャンプ繋がりというには時代が開きすぎていて恐縮せざるを得ないが、キン肉マンが「屁のツッパリはいらんですよ」という不可解な発言を連発していたが、「言葉の意味はわからんが、とにかくすごい自信だ」という台詞とセットになっていたと思う。


麺類を提供するお店とか、食材を取り扱っているお店でよく、この「こだわり」という言葉を目にする。雰囲気があって、自信を持っていることを伝えたいのなら具体的に教えてほしい。

素材を吟味してるのか、産地を厳選してるのか、秘伝の製法を守り続けているのか、気温や湿度や時間などの商品管理に細心の注意を払っているのか等々、言葉を少し足すだけでお客に伝わる内容に深みが増すはずだ。

結局、この語句のみで一点突破しようという考えの持ち主は雰囲気だけの自己満足の塊のようなもので「こだわり」という言葉の元来の意味であるネガティブな要素を如実に体現してるのが皮肉でならない。


最近、外を出歩いていると同じ人名の連呼と、なんとなく耳心地の良い明るく幸せそうな未来を約束するポエムのような言説をスピーカーから訴えかけているクルマをよく見掛けるが、彼らも雰囲気と自信と立派な「こだわり」があるのだろう。




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