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地域と共生していくために。有機農業で体現していく持続可能な生き方<勝山めがね農園 勝山卓栄さん>

環境意識や健康意識の高まりとともに注目されている有機農業。しかし、単に農薬や化学肥料を使わなければいいというわけではありません。

畑や田んぼに息づく虫や草などの様子を丁寧に観察し、生態系のバランスを整えていく、地道で、繊細な農法なのです。

そんな有機農業の世界に進むことを、中学生の頃から夢見ていた1人の農家が須坂にいます。その人の名は、勝山卓栄さん。

市内で「勝山めがね農園」を開き、キュウリやほうれん草などの野菜を育てています。

今回は、そんな勝山さんに有機農業の道に進もうとした理由や、有機農業の奥深さについてうかがいました。


幼い頃に見ていた、須坂の原風景を残したかった。


――勝山さんは、どうして有機農業の道に進もうと思ったんですか。

原点は幼い頃の体験です。当時住んでいたのは、須坂市内にある鎌田山近くのアパート。周りは畑や田んぼばかりでした。そこで祖父の畑について行って、よく虫や草で遊んでいたんです。また、当時は田植えをする前の田んぼに水を張り、地区でニジマスのつかみ取り大会が催されたりしていて。とにかく、古き良き里山の風景が広がっていました。

でも、テレビを付けると「環境問題が深刻です」なんてことが言われている。そこで「僕の好きな虫が死んでしまう……!」ってショックを受けて、幼心に里山の自然豊かな風景を残したいなと思うようになっていきました。

――そんなに小さな頃から有機農業への関心を持っていたんですね。

はい。だから、中学生の頃から有機農家になることを第一に考えて進路を選んでいきました。高校は須坂園芸高校(現:須坂創成高校)、大学も園芸学部がある九州の大学に進学。でも、卒業後はどうやって有機農家になればいいかわからず、とりあえず地元に帰ろうと思って物流会社に就職しました。

当時は新規就農すること自体が珍しい時代。最近でこそ須坂はシャインマスカットの産地で有名になりましたが、その頃は「農家になる」と言ったら「無茶だ、やめておけ」と言われることもありました。ましてや農薬も化学肥料も使わない有機農業なんて「どうかしちまったんじゃないか」と思われていたと思います(笑)。でも諦めるつもりはなく、企業に勤めながら有機農家になる道を探そうと考えました。


――決して幼い頃からの意思はぶれることはなかったと。ちなみに、物流会社では何年くらい働いていたんですか。

約2年ですね。その後、電気工事業に転職してまた2年勤務。そして、農地の目処もついたので、新規就農をサポートする里親制度に応募することに。中野市で有機農業に取り組んでいるベテラン農家さんのもとに弟子入りしました。

実はその里親は、大学時代に一度訪問したことがある人。数年前の携帯電話を引っ張り出して連絡先を見つけ出し、「弟子にしてもらってもいいですか?」と連絡したら、「よく覚えてねぇけど来ていいよ」と言ってくれたのを覚えています(笑)。そこで2年間、みっちり有機農業の基礎を教えてもらい、独立しました。

――実際に有機農業にチャレンジしてみていかがでしたか。

子どもの頃から願っていた有機農業の世界。「やっと自分がやりたかったことができる!」と嬉しくて、独立就農1年目から肥料を使わない方法にチャレンジしました。でも、初めてのことだったので見事に大ゴケしてしまって(笑)。

全然収穫もあがらなくて、出荷先にも怒られましたね。そこでまずは、市販の肥料を使ってコツを掴み、次第に自分のやり方で有機肥料を扱うように。試行錯誤しながらも、今はある程度自分のスタイルで野菜が収穫できるようになってきました。

来る収穫シーズンに向けてビニールハウスづくりに励む勝山さん

生態系を整えていく有機農業のアプローチだからできること。

――そもそも、有機農業って一般的な農業と具体的に何が違うんでしょう。農薬や化学肥料を使わないことによって、どんな違いが生まれるんでしょうか。

一言で言うと、有機農業は、畑の中で生態系のバランスを整えながら作物を収穫していくこと。虫だったり、雑草だったり、作物だったり、それぞれの特徴を知った上で最適な組み合わせをつくり、病気などに対処していきます。

だから、いわゆる慣行農業と呼ばれる一般的な農業スタイルから、いきなり「農薬は使わない」「化学肥料をやめる」と有機農業に転向しても、必ずしもうまくいくわけではないんですよね。あくまで、畑全体のバランスを見て整えないといけないんです。

――作物だけを見るのではなく、畑全体の生態系を見るべきだと。

その通り。たとえば、作物を効率よくたくさん収穫したいときは「虫が出てきたら農薬を撒く」といった対応を取りがちです。たしかに、農薬を撒けば虫を一気に退治することはできます。でも、その中には害虫もいれば益虫もいるかもしれない。

益虫だったら農薬をまかなくてよいし、たとえ害虫だったとしても、益虫とのバランスが取れていれば大丈夫なんです。多少作物が食べられるかもしれないけれど、少なくとも7,8割は確保できますから。

本来は慣行農業でも、効率的な農薬の撒き方を突き詰めていけば、そういった虫などの様子を見て農薬散布のタイミングや量を調整できるようになるんです。でも、「10割余すことなく収穫したい」と考えると、虫を片っ端から退治していくスタイルになってしまうのかもしれません。

――効率的に収穫量を上げようとすると、機械的な農薬散布が必要になるんですね。でも、どうして勝山さんはそのようなアプローチではなく、わざわざ手間もかかり収穫量も減ってしまう有機農業に取り組んでいるんですか?

それは、幼い頃に畑や田んぼで虫や草と遊んでいた、当時の風景を残していきたいからです。正直に言うと、お金を稼いだり、作物のおいしさを追求したりすることは、おまけのような感覚なんです。だから、僕の場合、農家になるといっても有機農家以外の選択肢はほとんどなかったですね。生態系を守りつつ、そのおこぼれで自分と大切な人たちが生活できればいいなと思っているんです。


――「野菜を育てたい」よりも「風景を残したい」が先にあると。とはいえ、一般的な農法とは異なるやり方を取ることで、大変なことも多いと思うのですが……。

そうですね。以前、段々畑に堆肥を撒いたことがあったんです。その量は7トン。一輪車で何回も往復しました。そこで試しに化学肥料でやったらどうなるのか計算してみたんですよ。そうしたら、肥料袋がわずか2つで済むことが分かって。そのときに「あぁ!もう計算するの辞めよう!」と思いましたね(笑)。

ただ、僕のは有機農業一本でやっているので、ほかの農法を意識しなくてもいいかな、と考えているんです。

有機野菜の価値を生活者に届けるために。


――素朴な疑問なんですけど、有機野菜って市場に流通させるのにハードルが高いイメージがあって。勝山さんは、どのように販路を開拓しているんですか?

たしかに、一般的な市場(しじょう)ルートでは流通させにくいかもしれません。というのも、農協さんや市場さんで流通する野菜の多くは規格化されていますから。たとえば、僕が育てているキュウリについて話しましょう。一般的に流通しているキュウリってある程度太さがそろっていますよね。流通側からすると、その中に極端に太っていたり細かったりするものがあると同じキュウリとして並べにくいんです。

有機農業で育てているキュウリの中には、一般的な品種と比べて太さが変わりやすい品種もあります。だから、規格から外れてしまうことも少なくないんですよ。かといって、有機農業をやりつつ、規格に合わせるのはなかなか至難の業。しかも、流通するときには慣行農業で育てられた野菜と同化してしまうので、「有機野菜」としてアピールできないんです。

畑で汗をかく勝山さん

――そうすると、勝山さんはどうやって作物を販売しているんですか?

有機農業の価値を認めてくれるお店や人に売ることがメインですね。里親さんと一緒に営業したり、人づてで紹介してもらったり。知り合いから「勝山さん、キュウリ育てているんだよね? 欲しいって言っている人がいるから、送ってあげて!」なんて電話が急にかかってくることもあります。本当に人とのつながりで販路が生まれていますね。


地域で資源が、営みが、循環していくように。


――大学進学で県外に出たり、企業に勤めたりしながら、やっと幼い頃からの夢でもあった地元・須坂での有機農業にチャレンジできるようになった。この数年間を振り返ってみていかがですか?

僕が有機農業を志した中学生の頃から考えると、ずいぶん変わったと思います。今では地元でも応援してくれる方がたくさん増えました。

あるときは電話がかかってきて「スーパーでめがね農園の野菜を買ったんですが、直接売ってほしいんです」と言われたり、街で知らない人に会って「勝山さんですよね。頑張ってください!」と言われたり。「須坂で有機農業をやりたい」と言ったら「無茶だ」と言われた時代とは考えられないくらいの変化だと思います。

あと、僕自身も地域への関わり方が深まっていると感じます。北信地域は、冬の3ヶ月間は積雪があるので農作業がほとんどできません。その期間は、道路公団の作業員として働いたり、地域の土建屋さんで季節作業の補助をさせてもらったり。ほかにも農家は、地域の酒蔵や植木屋さん、郵便局で働くこともあります。結局、それらの仕事って地域の営みを回す上で必要なことなんですよね。

農家のことを「お百姓さん」と呼ぶこともありますが、百姓は“百”の“姓”を持つ人、つまりいろんな肩書きがある人とも言えます。僕自身、地域に生かしてもらっている身。なんでもできるお百姓さんになって、地域の営みを循環させる力になれたらいいなと思っています

――最後に、これからやりたいことがあれば教えてください。

持続可能なかたちで農業を続けて、大切な人と地域、大好きな虫や草を守っていきたいです。本来の有機農業の考え方は、地域にある資源を循環させていくこと。いくら有機肥料を使っていても、石油資源で動かしたタンカーで輸入したものを使っていては持続可能性の観点ではあまり良いことではないと思っていて。しかも、もし何らかの理由で輸入がストップしてしまったら、成り立たない仕組みですしね。

だからこそ、僕はなるべく地域にあるものだけで暮らしが営める方法を考えたい。僕が使っている肥料は、地元のキノコ農家さんからもらうおがくずや、東御の大豆農家さんからもらう大豆くずなど。菜種カスのみメーカーから仕入れていますが、それも自分で育てられるようになれば、すべて地域で回るようになります。

そうすれば、きっと何があっても大切な人と地域を守ることができるはず。このような取り組みに一生懸命力を注いでいきたいと思います。

等身大で誠実に、畑や地域に向き合う勝山さん。

「須坂の原風景を守りたい」というまっすぐな想いが、とても印象的でした。

勝山さんが育てているのは、「野菜」だけでなく、連綿と続く「畑の生態系」や「地域の営み」そのものなのかもしれません。

勝山さんが育てた野菜は、アグリスAコープすこう店などで購入することが可能です。気になった方はぜひお手にとってみてはいかがでしょうか。

執筆:小林 拓水
撮影:小林 直博
編集:飯田 光平


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