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ゆきこさん

玄関を開けたら春の匂いがした。
嫌いだ。
心の奥底から溢れ出てくる切なさみたいなものを受け止めきれない。
何かを思い出すわけでもなく、これからの始まりにワクワクするわけでもなく、ただキラキラとしたこの何かを肯定的に感じる事が今の私にはできない。

マスクをして駅まで歩く。
身体が重い。
いろんな人に抜かれていく。

コンビニに寄っておにぎりを買い、マスクをアゴに引っかけて、モグモグと食べながら電車を待つ。
電車が来るまでには食べ終わると思っていたが全然残っている。
仕方なく食べかけのおにぎりをコンビニ袋に入れてカバンに仕舞った。
憂鬱な気分に空腹では飲み込まれてしまう。
少しだけしか食べてないけど、さっきよりは元気になった。

仕事が終わって帰る。
人はほんのちょっとだけ少ない。
最近色んなマスクが売られていて、女性は特に何色かをそれぞれしている。
私のは黒いマスクで明るい色のやつ欲しいな、とか思うけど買わないままだ。

スーパーに寄る。
手を消毒して店内に入る。
少し違和感を感じてた事が、だんだんと当たり前になっていく。
買い物用のマイバッグも、もちろん持っている。
「さ、ビールビール」
とりあえずビールをカゴに入れて、いくつか惣菜を買い込んだ。

「リモートワークなんてやったらアル中になりそうだな」
とひと口ゴクリと飲む。
のどを刺激しながら通り抜ける快感を感じ、わざとらしく「はぁー」と声を出す。
花矢くん(年下くんの名前)と惣菜をつまみながら、取り止めもない話をする。
テレビは戦争のニュース。
ロシアがウクライナに攻撃してる。
現実感のない私は平気で
『私たちがセックスしてる間に終わったりして。』
『ん〜。そうでもないんじゃないかな。』
『それは最近私に飽きて雑なセックスするから?』
『いや、そうじゃなくて』
花矢くんは「今そういうんじゃないから」みたいな顔してニュースにかじりついてる。
『戦争はんたーい』
と、ふざけて新しいビールを冷蔵庫から取り出した。
花矢くんはテレビから目を離さない。
『ロシアがチェルノブイリの原発施設を制圧したって。』
『これを機に中国は台湾を取りに行くかもしれない。』
『日本も、もしかしたらヤバいかも。』
なんとなくわたしは何にも考えてない平和ボケした日本人代表のような気がした。
というか花矢くんがそんなふうに感じてる気がする。

SNSがあるからか、なんだか色んな遠くの出来事が近くに感じるようになった。
自分の意見を持ってないといけないような空気も感じる。
私は生活するだけで精一杯だ。洗濯や掃除や電気代、インターネット代、携帯電話代、水道代、区民税、所得税、年金、カード代、etc。
この国は私が投票しても高齢の皆さんが多いのでほとんど私の1票など意味がない。
民主主義はもう限界だ。
政治家はおじさんばっかりだし、票集めのために色々とよく分からない政策をしてる感じがする。

この間、世界には何とか秒に1人亡くなってる子供達が居て、、、月に3千円クレジットカードで払ってくれたら、、、と何とか団体が来たけど日本の自殺者が2万人いる中で貧乏な私が他の国の事を先に考えるのは順番が違う気がしてお断りした。
『はーい、わかりましたー。』といって帰っていくその団体の若者に苛立った。

みんなの正義はそれぞれ間違ってないと思うけど、私はまず私を助けたい。それと同時に私の周りの人を助けたい。

人にはそれぞれ限界があって、それを許す事が愛だ。
花矢くんの母親と私が川に流されていて、花矢くんが母親を助けて、私を助けられなくても仕方ないと思う。
繰り返しになるけど、人にはそれぞれ限界があるから。

最悪、核爆弾が飛んできた時に、私は花矢くんとセックスしてたい。
私なりの反戦の意思表示だ。
でも多分今の花矢くんはそんな事してくれないと思う。
なんとなく私と居るだけだ。

『ねぇ、花矢くん核爆弾が飛んできて日本が終わるんだとしたら何がしたい?』
『んー。ピザ食べながらゆきこさんとセックスしてたいかな〜。』
ちょっとびっくりして、下半身がキュンとして一瞬この部屋から空気がなくなったみたいに胸が苦しくなった。

『したくなっちゃった。』
『えっ。ゆきこさんがそんな事言うの久しぶりじゃない?』
確かにそうだった。
私は勝手に花矢くんが私から離れて行くものだと思ってた。
本当は凄く好きなのに、いつ居なくなっても大丈夫なようにあまり踏み込まないようにしてた。
だから花矢くんも私とのセックスがつまんなかったんだ。
『じゃあしようか。』
『なんか色気が無いなぁ。ムードみたいなさ。』
『それは花矢くんが作ってよ。』
『じゃあ、何とか頑張ってみる。』
簡易的な間接照明みたいのを服を脱ぎながら準備する花矢くんが愛おしく感じて信頼してみようと思った。
いつか居なくなるなんて事は居なくなってから考えたらいいんだ。
そして彼はきっと居なくならないんだ。
居なくならないでほしいんだ。

サポートしてもらえたらすっごい嬉しい。内容くだらないけどね。