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19歳の考える「宗教」 / そこから学ぶこと

こんにちは。のじりすぐるです。昨日の#note で3つもスキをもらえて舞い上がっています。嬉しいです。今日もひとつ、#note を書きます。

前提として、僕は宗教に関する知識は全くと言っていいほどない。中学の時、歴史で触って、その中でも1部分だけうっすら残ってるくらいだ。無知だからこそかける#note だと思うので、それを前提に読んでほしい。

内容
1. 「宗教」の本質
2. そこから学ぶこと

1. 「宗教」の本質

結論から話すと、宗教というのは「普遍的な正解を定義するもの」だと思う。どういうことか。19歳なりにない脳みそを絞り出して、少しずつ深堀していく。

少し宗教とは違うところから綴ろうと思う。まず、「あなたの幸せはなんですか?」と問いたい。

「お金持ちであること」

「毎日温かいご飯をたべられること」

「良い家庭を築くこと」

これらが揃っている人は僕も羨ましいなと思うし、いつかそうなりたい。ただ、その「幸せの基準」は結局、「人それぞれ」に落ち着く。議論にならないけど、これは変えようのない事実。

では、戦前の日本について想像してみてほしい。その時を生きていないからわかるわけがないのだが、少しは言えることがある。当時、お金も食料も少なかったと知る。今現在、僕ら日本人は、ほぼ毎日温かいご飯とおかず、味噌汁を食事に取り入れ、空襲に怯えることもなく、それでもなお幸せを追い続けている。もし当時の人達が現代の日本の生活を体験できたとしたら、それは相当富裕層の生活だと思うだろう。

ここからわかるのは、「幸せの基準」がグッと上がったということだ。しかも、「人それぞれ」では片付けられないほど、大きく変化した。現代、テクノロジーが急激に進化し、情報の回るスピードが格段に上がった。テレビやSNS、インターネット上には、「成功者」が取り上げられる。そのおかげで、現代人の「幸せの基準」が、外部的に変化させられたのだ。常に上を見ようとする習性は、人間が進化してこれた大きな要因ではあるが、「個人の幸福度」を考えた時、はたしてそこに利点はあるのか。これを知る術はわからないが、考えるべきトピックのひとつだと感じている。

やっと宗教の話になるが、ここで、「普遍的な正解を定義するもの」と書いた意味がわかる人もいると思う。宗教が生まれた当時、どんな状況だったのだろうか。おそらく、今と同じような状況だったのではないかと思う。つまり、「以前」よりも所属するコミュニティが大きくなり、情報が回りやすくなって、情報を得るハードルが下がったということ。そうなると、おそらく現代同様、元々個々に持っていた「幸せの基準」を見失ってしまう人が増えたのではないかと考える。

そんな時、「宗教」がでてきた。宗教は、「幸せを定義」する。「私にとって幸せって何?」そんなことは考えなくても、もう宗教においては定義されているのだ。そして実際、宗教を信仰して教えを守り、秩序を保ち、「幸福」を感じることができた人は、沢山いたのではないかと考える。宗教が定義する「幸せ」になれなかった時は、「信仰が足りない」と考え、幸せになれれば、「神様」のおかげだと考える。そうやってどんどん信仰が深くなっていく。もしそこにお金儲けや奴隷化の目的があれば話は別だが、宗教は、市民の統括含め、信仰者たち個々人の幸福においても良い方向に働いていたのではないかなと思う。

2. そこから学ぶこと

ここまで話して、「宗教最高!」と話したいわけじゃない。もう少し身近なものに置き換えれられないかと考えた。僕の知る宗教では、「普遍的な正解の象徴」を信仰し、崇める。言葉を変えれば、「正しい者を尊敬し、敬う」ということ。その「正しい者」というのは、果たして何者か。

結論、それは、「好きなものやひと」だと思う。「好き」の感情というのは、自分の幸福と直結しているんじゃないかと思える。「好き」の感情というのは単純そうで複雑で、説明はできないが自分ではわかる。そういう、共有しにくい感情というのは、ある意味他人におびやかされることのないものだ。さらに「好き」というのはわかりやすい。心臓が動く感じがしたり、頬が熱くなったりする。その瞬間自体は、誰にとっても「幸せ」なのではないだろうか。

そういう瞬間に出会えた時、自分の感情の動きにも目を向けてあげるべきだ。そうやって自分の「好き」の感情を磨き続け、ともなって価値観をも磨いていくことが、現代においては重要だ。その延長線上に、"あなただけの"「幸せの基準」が待っている。心の中に自分だけの神様を祀りたい。

現代における宗教に代わるものは、そのように、それぞれが心の中に持つべきだ。それが、「神様は自分の中にいる」という言葉の所以だ。結局何も解決はできていないかもしれない。だが、少し、価値観を変えるヒントになればなと思う。

ここまで読んでいただけて嬉しい。ありがとうございます。このような、偏っている、幼い割に小難しい#note しか書けないかもしれないが、もし応援したいと思ってもらえたなら、よかったらフォローしてほしい。レスポンスをもらえるだけでも、これからのモチベーションになる。よろしくお願いします。

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