406号室のベランダで #68
<これまでのあらすじ>
失恋の寂しさで心が冷え込んでいた西野ひかると電話をした駒井万里がひかるの部屋に来た。電気もつけていない部屋でひかるは万里に寂しさをぶつけようとした。万里も強くは拒まなかったが「話を聞かせてほしい」と言った。
電気を点けた部屋で二人は湯気の立つマグカップを握って手を温めながら少し話した。ひかるの元気が戻るように、とタメ口で話した万里のやさしさにひかるの心は少し暖かくなった。
それでも寂しさが消えないひかるは万里とベランダに出て何か言おうとしたがその言葉はまだ続かなかった。それを見かねた万里は「今日はもう寝よう」と言ってその手を引いた……
ーーーーーー
二人で身を寄せ合ってベッドに潜り込んだ。
「ほら、やっぱり狭いやん。僕は下で寝るよ」
「ダメです。寂しいからって私を呼んだのは西野君だよ?」
「やとしてもそれとこれとは……」
「じゃあ私が寂しいから一緒に寝て?」
ひかるの胸に頭を置いた万里が上目遣いにひかるを見上げた。
「…………駒井ちゃんってそんなあざといことできる子やったっけ?」
「……むぅ」
万里は少しむくれて体を返して、ひかるに背を向けた。
「……ごめんやん」
ひかるは後ろから万里を抱きしめた。
「そうやんな。僕が寂しいって言ってんもんな」
万里の背中にもたれかかっているうちにひかるは寂しさが薄れていった。優しい温かさに包まれて、その小さな背中に安心感を覚えたのだろうか。少しずつ眠気がひかるを侵していった。
あと一歩で眠りにつくところで胸の中の万里が寝返りを打って向かい合う体勢に戻った。万里はひかるの胸に顔を押し付けて小さく寝息を立てていた。
その寝息を聞いたひかるは小さく微笑むと万里をもう一度抱きしめるとそのまま眠りについた。
翌朝目を覚ましたひかるは胸の中に万里が居なくて飛び上がった。が、キッチンの方からフライパンの音が聞こえてきた。ひかるに背を向けて忙しなく何かを作っている万里にそっとハグした。
「きゃ!?……もうびっくりしたよ」
「おはよう」
「うん、おはよう」
振り返った万里にひかるはキスをした。
「っ……もう、邪魔だから。あっちで待ってて」
「あれ、もしかして照れてる?」
「照れてない!」
朝食を食べ終えた二人は並んで仲良く片づけをした。
「はい、これ最後」
「ありがとう。あとは私が拭いておくね」
ひかるは手を洗うとベランダに向かった。しばらく待っていると万里も隣にやってきた。
「……あのさ、駒井ちゃん。僕ここからの夜景も星空も好きって話したやんか」
「うん。昨日言ってたね」
「でもな、ほんまは昼間が一番好きやねん。下をちびっこ達が走っていったり、スズメがそこの電線止まったりしてるのを見るのが好きやねん」
「そうなんだ」
「…………こんなこと自分勝手やってわかってんねんけどさ」
ひかるは万里の方を向きながら続けた。
「昨日の夜、駒井ちゃんがおらんかったら寂しすぎて寝れんかったと思うねん。だからさ……」
「……なに?」
「……僕と付き合ってほしい。駒井ちゃんにそばにいてもらいたい」
「ありがとう。でもね…………」
「?」
「……ずるいんじゃない?」
万里は柔らかく笑った。
「う、うん。それ言われたら何も言い返せへんよ」
「はは、冗談だよ。私はずっと好きだったんだから断るわけないよ」
「じゃあ……」
「言ったでしょ?私は勝手に待ってるって」
「……そうやったな」
ひかるはほっとして笑った。
<続>
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