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ネットのない環境へ仕事持参で引きこもってみた

 年末である。どうにもこうにも書類仕事ばかりだ。学生から卒論の1稿が届き始める。来年度のスケジュール調整のメールが入りまくる。来年度のための書類作成の仕事がくる。実験が遠のく。年末の報告会のための資料作りを頼まれる。年末らしい調査書類が来れば、法令点検にも対応しなければならない。こんな時に限って業者さんが挨拶にきて長話をしていく。忘年会が入り、夕方に仕事を切り上げなければいけなくなる。たぶん、この時期は大学教員はみな似たようなものだろう。書類に追われ、締めきりに終われ、ひたすらPCにかじりつく。

 金曜日の夜、他の先生も学生もとっくに帰宅した研究室で一人で書類と戦い続けていた。しかし、どう考えたって今日中に終わらない。土日もフルで出てこなくちゃいけないかなぁと考えていた。学生の卒論もみなければいけない。こういう状況になった時、若い頃は全てを投げ出したくなるような焦りや焦燥感と戦っていたような気がするが、もうこの年齢のおっさんになると、焦りのような感覚はない。むしろ年末だなぁという感慨深さが胸に響く。が、しかし、である。若かった頃と何が違うかというと「量」である。単純に分量が多いのだ。この業界、仕事の量が増えることはあっても減ることはない。私の下に若手がいないのだから仕方ない。あービールが飲みたい。ビールだ、ビール。ビールが飲みたい。金曜の夜だけに、頭の中をビールへの欲求が支配する。

 うーん、どうしたもんか、と考えたうえで、ずっと前から考えていたある作戦を実行してみた。誰もいなくなった研究室で、印刷すべき書類は印刷して、データでOKなものはUSBメモリーに移して、仕事用の荷物を全てリュックに放り込む。家族の寝静まった家に戻り、車にテントと冬用シュラフを放り込んで準備OKだ。翌朝、家族に日曜の夕方には戻るから、と許しをもらって、コンビニで酒と食糧を買い込み、車を走らせて、ド田舎からさらに山奥に行ってみた。携帯はかろうじて入るか入らないかの境界ぐらい。無線LANなどない。インターネットに(ほぼ)繋がらない場所で、一人で、誰も居ない山奥(の冬のキャンプ場)で、自然の中で、黙々と書類と戦ってみようという作戦だ。クーラーボックスに酒と肴をどっさり詰めて。

 テントを設営してから戦いを始めた。ビールとつまみでちびちびとやりながら、ひたすら書類をやっつける。どうせ電波も殆どないし、と携帯もOFFにした。ひたすらPCと向かい合う。本格的に飲んでしまうと、仕事が出来ないので、ちびちびちびちびちびちびと飲みながらだ。

 で、これが、とてもとても良かった。時期的にさすがに寒かったが(そのせいでビールはあまり飲まなかった)、集中力は途切れなかった。途中、獣(恐らく狸)がすぐそばまで近寄ってきていて(集中していたので接近されるまで気づかなかった)、さすがにびっくりして大声をあげてしまい、集中力がいったん途切れてしまったが、テントでシュラフを体に巻き付けながら仕事を続けた。結果として持ち込んだ仕事は全て処理することが出来た。下界に降りたら、送信すれば良いだけにすることが出来た。こんなに捗るならば、もっと早く実行すれば良かったと思うほどであった。

 なぜ、こんなに捗るんだろう?と寒さのせいでビールからワインにスイッチしてだらだと横になって飲みながら考えた。やはりネットの排除が大きいように思った。ひとつ書類をやっつけて、メールで送ると返事がくる。すぐに質問がくる場合がある。メールに対処しているだけで、どんどん時間が過ぎて行ってしまう。また研究室にいれば、学生や業者さんや、色々な人に話しかけられる。メールも含めて、どちらも「会話」だ。必要なことである。が、しかし、目の前の書類をやっつけたいという時には、やはり「会話」は効率をさげてしまうのかもしれない。こういう誰もいない山奥で、ネットを遮断するというのも、時には良いのかもしれない。また運の良いことに、今回は私の他に利用者がゼロだったので、集中力を維持できたのも大きかった。

 あとは隠れ家とか秘密基地的な興奮だろうか?集中力が増すし、持続する。暖かい内は外で椅子に座りながら、寒くなったらテントの入口で、どかっと座り込んで仕事をしていた、あとから随分と腰が痛んだが、それだけ集中できていたことの証拠だろう。森林を眺めながら、川の流れる音を聞きながら、というのも集中力を高めたように思う。

 しかし、困ったこともあった。調べ物が出来ないのだ。論文集はPDFにして持ち歩いているものの、、、やはり調べたいことが出てくる。そういう時には向かない。今回でいえば、レフリー系の仕事を持ってこなかったのが幸いだったと思う。あとは充電との戦いである。今回はなんとかもったものの、かなり冷や冷やだった。電源付きのオートキャンプサイトみたいなところを借りれば良いのだろうが、そういうところはきっとわいわいがやがやしているに違いない。車から電源を引くか、PCを充電できるレベルのモバイルバッテリーが必要だと感じた。また、ネットを遮断したといっても結局は問題の先送り、もしくは時間の前借りにしかならない。ネットのある範囲に戻ってきたら、普通にかじりつかなくてはいけない。

 疲弊はしなかったように思う。書類に集中したけれども、精神的には安寧だった。いつもより疲労感は少ない。自然のなかで、日光を浴びながら、真っ昼間からビールを飲んで仕事をする、なかなか良いのではないかと。次回は書きかけの論文を持って行こう、と心に決めたのである。

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