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空気の子(#シロクマ文芸部)

 流れ星に祈ることでしか、今の私にはできることがない。
 それは彼女への贖罪の証のつもりなのか、それとも同情なのだろうのか。
 手を合わせ夜空を見上げ、祈りを捧げる瞬間を計っていた。

 小学生5年生のクラスメイトに、ほとんど友だちとの交流を持たない無口な女の子がいた。
 授業中に先生に当てられても首を横か縦に振るだけ。最初は先生も積極的に発言できるように指導を試みていたようだが、自分の無力さを棚に上げ、彼女の持って生まれた特性と環境のせいにして諦めてしまったようだ。
 体育の授業や催し物の時、クラスでグループ分けを生徒たちに任された時でも、誰かに手招きされるまでじっと待っていた。
 給食の時も休み時間でも決して自己主張することなく、誰からも関心を引かれないようにひっそりと過ごしていた。
 周りの同級生たちも、先生さえも彼女を空気のように感じていたし、彼女もそれを望んでいたと思う。

 そんな彼女がほんのひと時ではあったが、私を「親友」と呼んでくれた時期があった。きっかけは忘れてしまったが、下校後はいつも二人だけで遊んだ。二人だけで過ごす時の彼女はとてもエネルギッシュで、学校にいる時とは別人のようだった。その落差に当初は戸惑いもあったが、いつの間にかそんな二面性も彼女のミステリアスな魅力のひとつになっていた。

 彼女はいろんな秘密の場所を知っていた。
 山葡萄が沢山茂っているところ。
 大きな声で歌っても誰にも聞かれないところ。
 景色が綺麗な場所。
 それと特に彼女のお気に入りの場所は、一人っきりでも寂しくなく、日当たりがよくてずっと居られる大きな木の根元。
 そこは急な丘の中腹にあり、彼女の家が一望できる場所にあった。いつもそこに二人で並んで座り、彼女の家を眺めながらあやとりしたり折り紙したり。
 ある時、彼女の家から彼女の父親が玄関から出てきた。
「あれがお父さん?」と聞くと、彼女はこくりと頷いて「家に帰りたくないの」と、独り言のようについぶやいた。
 そして空を見上げながら「この場所は夜になると、流れ星が綺麗にみられるんだよ。この前もペルセウス座流星群が綺麗で、いっぱいお願い事しちゃったんだ」と嬉しそうに教えてくれた。ペルセウス座流星群なんて、当時の私には馴染みのない言葉だったが、他の友だちにはない彼女の知識が、益々魅力的に感じられて、「今度は一緒に見たい」と約束をせがんでいた。
 そして、指きりげんまんをしながら「こうして私がしゃべれるってことも皆には内緒にしてね」と、彼女はいった。
 思慮が浅い幼な過ぎた私には、その言葉の奥に潜在する意味など解るはずもなく、考えもしなかった。ただ単に恥ずかしがり屋なのだろうと理由を聞くこともしなかった。
 彼女と交わした指きりも、私にはごっこ遊びのようなものだったのだ。
 
 夏休みに入り何日か経って、彼女との二人きりの遊びに飽きてきた私は、数人の友だちを誘って彼女には内緒で約束の場所に行った。
 あの大きな木の根元だ。
 学校では空気のように気配を消している彼女も、いつも一緒に遊ぶ秘密の場所なら他の子たちとも楽しく遊べるだろうと疑いもしなかった。そして、もしかするとこれがきっかけになり、自然と彼女もクラスの中に溶け込めるようになるのではなか。そんな身勝手な希望を秘めていたわけだ。
 全く浅はかな画策だった。

 賑やかに近づいてくる私たちの気配に気付いたのだろう、先に来て待っていたであろう彼女の姿は既にそこにはなかった。私の偽善の高揚感とは裏腹に、凍り付いた抜け殻のような空気だけが漂っていた。

 そして、新学期が始まって学校で再会した時の彼女は、もとの空気のような存在になっていた。
 唯一、彼女の居場所だったあの大きな木の根元も私に汚されてしまったからだ。

 あれから数十年も時が過ぎ、今年もペルセウス座流星群が夜空を賑わす季節が来た。
 今更のように当時の光景が思い出されるのに、何故か彼女の顔も名前も思い出せないでいる。
 彼女はあの大きな木の根元に変わる、安らぎの場所を見つけることが出来ただろうか?

 
 
 

 以前noteで書いた物語を加筆修正してみました。

今更ですが、シロクマ文芸部のレギュラー部員に参加することにしました。
今後、どの程度続けられるかわかりませんが、こうした企画がないと永遠に作品を作ることが出来ないような気がして、危機感からの参加です(笑)
どうぞよろしくお願いいたします。

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