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下書き供養企画 その12

この日記は結構好き。最初の部分とか。

先生お元気かな。

↑の写真(はこの当時の)のようなカメラ持ったネコシリーズ、見かけると買ってしまうので結構増えてます。かわいい。


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カメラとわたし 2014/10/27 05:11

…ふと思い出したので。

高校3年のときの担任の先生が写真部の顧問でした。
「担任」とは言っても、地学の先生で、当時「私立文系」志望で高校の授業は捨てていて、理科はひとつも選択せずに「食物」なんていうふざけた教科をとっていた(←この選択科目は当時の不真面目な生徒のたまり場になってて、面白いことがたくさんあったのでいつかまた書きたいと思う…)わたしは担任の先生の授業は全く受けないという妙な1年間でした。

数年前の同窓会の席で先生は、「長いこと写真を撮ったり見たりしてるけど、いまだに『いい写真』とは何か、わからないんだよ。顧問しながらえらそうに指導してたけど、やっぱり、何がいいのか、ほんとのところはわからん!」と仰いました。

子供の頃には家にフィルムカメラが1台ありました。入学式や運動会や、折にふれ父が撮ってくれていたのですが、中学生の頃にそのカメラが壊れ(どうも今思うとフィルムを巻き取る機能が壊れたらしい…?)、撮影済みのフィルムが入ったまま数年放置されていました。父に何とかするように散々せっついて、ようやく写真屋さんにカメラ持って行って現像してもらったそこには「ルービックキューブ」を完成させた記念写真(←それをどこかに送ると認定証がもらえる、というので撮ったものの送れなかった)が最後のコマに残っていました。
その後家には「カメラ」は存在してなかったと思います。当時流行ってた「写るんです」みたいな使い捨てカメラを買えば用は済んでいた時代だったし。

結婚して、新婚旅行に出かけることになり、(当時夫は新卒で入った仕事をやめて、新年度から新しい職場に移ることが決まっていたので、時間だけはたっぷりあった2月~3月の話です)当日の朝に東京駅の地下街でカメラを買いました。コンパクトなフィルムカメラです。

その後子供が生まれ、幼稚園の頃に夫が満を持して「一眼レフ」を買いました。もう「デジカメ」も存在していた(うちにも一台はすでに持ってた)にも関わらず、フィルム用のを。その後わたしはコレを持って横浜の某カルチャーセンターの写真教室にも通いました。…これが、最後の銀塩カメラでした。

その後はデジカメの歴史になります。
最初のこそエプソンのを買ったのですが、その後はNikon一筋です。最初は小さくてころんとした形がカワイイCoolpix775を(これは本当に愛用していたのに長男が遠足に持って行って失くしてきた…)、それから一眼のD70(これも大好きでかなり使った)、コンデジも欲しいと思ってCoolpixの2100(さすがにあんまり使う機会が減りましたが機能的には現役です)だかなんだかというのを安く買って、D70が弱ってきたので新しくD5100を買い、売り場に同時にあったD7000も迷いに迷った末直後に買ってしまいました。

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下書きはここでくじけてます。4年半経ってますが、我が家のカメラ事情はあんまり変化ないです。デジイチは今も5100を使ってます。

夫は自分用にコンパクトなミラーレス?なのかなよくわからんけどFujifilmX100Fというのを使ってます。これは軽くて持ち運びやすそうだけど全然使えません。夫専用機。

最近は広報のお仕事くらいしか写真を撮らなくなってしまいました。スマホで充分ですもんね。なのでどんどん下手になる…(もともとヘタ)

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下書き残り92。

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