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哲学をプレイしよう(山口 周『‌武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』レビュー)

 哲学は楽しい。
 言葉一つで、世界の見え方が一気に変わったり、苦しい状況が好転したり、行き詰まっていたアイディアに新しい光が当たったりする。
 だから、みんな哲学書を読もう!

 ……というのは、実はちょっと言いづらい。なぜなら、哲学書は、誤解を恐れずに言うなら、〈仕様書〉や〈設計図〉、時には〈取扱説明書〉や〈報告書〉のようなものに過ぎないからだ。〈設計図〉は時に美しいし、〈取扱説明書〉を読み込むことにも楽しさがある。だからと言って、それを読破することが、ある哲学を理解するための必須条件かと言うと、そんなことはない。
 iPhoneを購入した時に、数百ページの説明書を読むことを求められたとしたら、あるいはスティーブ・ジョブズの伝記を読破することを要求されたとしたら、ちょっと勘弁してくれと言いたくなるだろう。哲学も実は同じだ。優れたチュートリアルをプレイすることさえできれば、実際に使いながらその概念の面白さに触れ、やがては自分でもプレイできるようになる。

 そういう意味で、この『武器になる哲学』は最高のチュートリアルだ。この本の目的は、副題にあるとおり、「哲学・思想のキーコンセプト50」を、「人生を生き抜くための」武器として、実際に使えるようになることにあるわけだが、それぞれの「コンセプト」=概念の説明が秀逸なのである。

 筆者は、この本の編集意図を説明する第一部において、このように語っている。

「短兵急にアウトプット(=哲学者の考え)だけを知りたい、教えたいという気持ちを抑え、むしろそのアウトプットを主張するに至った思考のプロセスや問題に向き合う態度をストーリーとしてコンパクトに紹介することが重要だ」

 哲学者たちは、何も小難しいことを言ってやろうとして、言葉と思考をこねくり回してきたわけではない。社会状況や人間関係、それぞれに切実な悩みの中で人間や社会を観察し、よりよく生きるための方法について考えてきただけなのだ。だとすれば、哲学者の格闘の成果である「コンセプト」は何よりもまず、僕たちが生きるための武器として使ってみることで、理解することが可能になる。

 なお、本書はビジネスパーソン向けに書かれた本ではあるが、レーティングで言えば「B 12歳以上対象」である。いや、むしろ社会や組織の慣習にどっぷり浸かってしまう前に、あるいは人生の岐路に立って選択と決断を繰り返していく学生のうちに、これらの「キーコンセプト」を武器にすることができれば、こんなに心強いことはない。

 ちなみに、実際に哲学をプレイしてみた結果、〈仕様書〉や〈説明書〉を読んでみたいと思った人向けに、巻末にはブックガイドがついている。手に入れた武器をもっとよく知りたい、あるいは自分流にカスタマイズしたい、といった欲求が湧き上がってきた人には、良い導きとなるだろう。

鵜川 龍史(うかわ りゅうじ・国語科)

Photo by Giammarco Boscaro on Unsplash


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