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「卒業式=感動の涙」に囚われる必要はない ~人々の実際・世界との比較~【卒業式の教育学1】

 3月は卒業シーズンとされます。卒業式は学校における一大イベントとされ、特に小学校では2週間以上かけて式の練習を行うということも珍しくありません。
 卒業式といえば感動し涙するという印象がついています。もちろん、今までのことを思い起こし感動することや別れを惜しみ涙するほど人との良いつながりがあったことは価値ある体験です。
 しかし、涙を流すことは必須ではありません。児童生徒だけでなく先生もみな涙を流せば、卒業式は大成功と見られるかもしれませんが、人は卒業にあたって必ず涙を流すとは限りません。卒業式をどう感じるかは個々人で異なり、感動しないとおかしいという考えの押し付けは傲慢といえます。(かつてはこうした個人を尊重する考え方が主流ではなかったということは歴史の回で扱います)
 泣かないからといって卒業式に意味を感じてないとは限りません。やりきったという達成感や、これからの未来にワクワクする期待感に満ちている人もいるでしょう。そして、負の感情で卒業を迎えることも当然あります。やっと離れられる、清々した、二度と来たくない、こういった感情もまた否定することはできないものです。また、何も感じないという人も当然多くいます。
 今回から3回にわけて、なぜ卒業式が感動のイメージと結びついたのかの歴史や、人々は卒業式をどう感じているのか現状などを調査や文献に基づいて記していきます。まずは、必ずしも全ての人がイメージ通りに感動の涙を流しているわけではない、ということをアンケート調査と世界との比較でみていきましょう。


1.泣いたことのある人の割合(民間各社調査)

 「卒業式=感動の涙」というイメージに対して、実際にどれくらいの人々が卒業式で泣くのでしょうか。学術レベルの調査はありませんが、民間各社が卒業に関してインターネットアンケートを実施しています。以下にサンプル数が相当数確保されている調査4つを記しました。各アンケートの結果を見ていくと、泣かない人も決して珍しくないどころか、全体では泣かない人の方が多いことがわかります。(なお、いずれの調査も小中高など学校段階を問わず一度でも卒業式で泣いたことがある割合です)

○調査1:ウェブメディアSirabeeがアンケートサイトQzooで実施(2017年・20~60代の1363名)
「卒業式で泣いたことがある」割合は32.4%(男性15.7%、女性49.0%)

○調査2:プロバイダのniftyが会員に対して実施(2018年・2460名)
「卒業式で泣いたことありますか?」という質問に対して「ある」15.8%(男性 9.5%、 女性41.9%)

○調査3:TOKYO FMのラジオ番組Skyrocket Companyが番組サイトで実施(2022年・865名)
「卒業式で泣きましたか?」という質問に対して「はい」42.4%(男性27.9%、女性61.9%)

○調査4:オリコン・モニターリサーチが実施(2007年・10~40代の1000名)
「卒業式で泣いたことがありますか」という質問に対して「ある」39.7%(男性20.8%、女性58.6%)

 結果にバラツキはありますが、女性の方が割合が高いという傾向はどの調査でも見られました。しかし、その女性においても半数くらいの方は泣いた経験がありません。もちろん、人の多い少ないに関わらずどちらが正しいというのはありません。ただ、「泣かなかったのは私だけでは」と気になった方に対して、事実としてその認識は間違っており「決して変わったことじゃない」と言うことはできます。

2.卒業式の価値づけの違い ~アメリカの小・中学校「進級式」~

 実は、学校での卒業式は必ずしも全ての国で行われているわけではありません(文献①p.121)。日本は世界的にも学校の教科以外の活動が盛んであり、卒業式のような儀式的行事を重視するのも日本の学校の特徴といえます。それでは、世界では卒業式はどのような扱いなのか、アメリカを例に見ていきます。
 アメリカでは高校や大学の卒業式は花々しく行われますが、小学校や中学校の卒業式はささやかです。高校卒業までの12学年(K-12)を一括りに捉えるので、小学校(elementary school・primary school)や中学校(middle school)の卒業は、卒業というより進級という捉え方をします。そのため小中学校の終わりの式は、卒業式(Graduation Ceremony)よりも進級式(Promotion Ceremony・Moving up Ceremony)と呼称されることが多いです。州や学区によって区分も異なりますが、現在主流の小学校5年・中学校3年・高校4年の5-3-4制なら小学校卒業は5年生(5th grade)の終わり、中学校卒業は8年生(8th grade)の終わりとなります。なお、学年の始まる時期が日本と異なるため、アメリカの卒業式は主に5-6月に行われます。
 式の形式も学校によって様々で、着飾る子が多い学校もあれば普段着の学校もあります。大体の学校で校長先生の話はありますが、他は子どものスピーチがあったり、証書の授与や成績優秀者の表彰式があったり、子どもの歌唱があったりなかったりまちまちです。場所は屋外の場合が多く、厳かさや涙ではなく歓声や笑顔というイメージが強いです。日本の卒業式のように整列や手順を何日も練習するようなことはなく、早いところは式が30分くらいであっさり終わるようです(※)。

 卒業式にも様々な感じ方があり、世界を見れば様々な形があるということを見てきました。「卒業式=感動の涙」という図式を重く捉えていた人にとって、少しでも気持ちが軽くなるものであれば幸いです。
 一方で、日本の学校では卒業式といえばこうするものだという形式、そして「卒業式=感動の涙」という図式を無視することは難しいのも現実です。次回は学校教育における卒業式の歴史を見ていきます。(次回はこちら


※重要な行事ではないためか、アメリカおよび諸外国の小中学校の卒業式に関して詳述した学術論文は確認できませんでした。なお、2009年に国立国会図書館も世界の小学校の卒業式についての資料の問い合わせに見つからなかったと回答しています(文献②)。もしご存知の方がいらしたらコメント頂ければ幸いです。今回、執筆にあたってアメリカの卒業式について事例を掲載した文献③および記事や個人ブログなどを参考にさせていただきました。以下、今回参考にさせて頂いたURLを記載しております。(いずれも参照日2022年3月21日)
◆https://ymch2012.exblog.jp/21315540/(2015年)
◆https://ameblo.jp/andynote/entry-12040927949.html(2015年)
◆https://www.tadanomyomyo.net/entry/2019/06/20/232416(2019年)
◆https://pretzel-aussie.com/?p=8768(2020年)
◆http://blog.livedoor.jp/yokopatt/archives/51736511.html(2011年)
◆https://ameblo.jp/acromion/entry-12466578536.html(2019年)
◆http://lily-ca.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-2f24.html(2013年)
◆https://blog.goo.ne.jp/miwa0403/e/fa2bd4425741897bdddf74faa5013577(2010年)
◆https://blog.goo.ne.jp/joesoca/e/09c1cbf9fd6cda47bb086ff085f21904(2007年)

【参考文献】

①吉田正晴など「『特別活動』に関する国際調査:初等教育を中心として」『比較教育学研究』19、pp. 113–127、1993年
②レファレンス協同データベース事例「世界の小学校の卒業式についてわかる資料を探している」2011年(国立国会図書館回答2009年):https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000088857(参照日2022年3月21日)
③鈴木智子『世界のともだち(6) アメリカ 西海岸の太陽とコリン』偕成社、2014年

★アンケート調査
1.ニャック「卒業式で泣くのは女子が多数 それを横目に帰宅の『ぼっち』」2015年:https://sirabee.com/2017/03/11/20161075682/ (参照 2022年3月21日)
2.nifty何でも調査団「卒業式についてのアンケート・ランキング」2018年: https://chosa.nifty.com/season/chosa_report_A20180302/index.html (参照 2022年3月21日)
3.TOKYO FM+「娘が泣きながら入場して、保護者の涙に…『卒業式』で泣いたことある?」2022年:https://tfm-plus.gsj.mobi/news/ZXmsoLnKyQ.html (参照 2022年3月21日)
4.ORICON NEWS「最も感動したのは『中学校の卒業式』で41.1%」2007年: https://www.oricon.co.jp/news/42742/full/ (参照 2022年3月21日)

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