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056. 『リアル・アノニマスデザイン ネットワーク時代の建築・デザイン・メディア』岡田栄造・山崎泰寛・藤村龍至 編著

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“ ―― 社会構造の転換期には作品のあり方や作家のあり方が変わる。工業化に反応した1920年代のコルビュジエにせよ、郊外化に反応した1960年代のヴェンチューリにせよ、グローバリゼーションに反応した2000年代のコールハースにせよ、いずれも社会の新しい原理に肯定的でありながら、作品そのものというよりはデザイナー像を提示した点に共通点がある “

物と情報は溢れ、誰もがネットで自由に表現できる現在、建築家やデザイナーが「つくるべき」物とは何か。個性際立つ芸術作品?日常に馴染んだ実用品?その両方を同時に成し遂げたとされる20世紀の作家・柳宗理の言葉“アノニマスデザイン”を出発点に、32人のクリエイターが解釈を重ね、デザインの今日的役割を炙り出す。

●まえがき|リアル・アノニマスの時代

藤村龍至

本書はプロダクトデザイン、建築都市、メディア、3分野のデザイナー、クリエーター、批評家らに呼びかけ、柳宗理の提唱した「アノニマスデザイン」という思想を起点にそれぞれの活動を論じてもらい、その現代的な可能性を問う、という試みである。

私がアノニマスデザインの思想に触れたのは1997年の秋頃、セゾン美術館の学芸員であった新見隆氏の紹介で柳工業デザイン研究会へアルバイトに通ったことがきっかけであった。柳先生がセゾン美術館で大規模な展覧会を行うので模型を制作してきて欲しい、ということだった。

不勉強な私は柳先生の業績も思想もほとんど知らないままにアルバイトに通い始め、会場や展示品の一部の模型制作をお手伝いした。翌年、その展覧会「柳宗理〜戦後デザインのパイオニア〜」が始まり(岡田さんはその展評を書くために来場したという)、会場で何度か行われた柳先生の講演や対談を通して聴いているうちに業績の全体像が見えてきて、背後に「アノニマスデザイン」という思想があることを知った。

あれから10年以上たち、アノニマスデザインは私にとっても重要な思想となったが、その意味をもう少し大きく捉えたいと考えるようになっていた。なぜかといえば、建築家やデザイナーの間でアノニマスデザインの思想が商業主義との対比という、狭い範囲で捉えられているような気がしていたからである。山崎泰寛さんから京都工芸繊維大学での岡田栄造さんとの対談「アノニマスデザイン2.0 柳宗理から考える建築とデザインの現在」に誘っていただいたのはそんな矢先であった。

バブル時代、建築家やデザイナーたちは広告企画のプレイヤーとして盛んに持ち上げられたが、それが弾けたあとでは、演出された作家像が独り歩きし、「難しいことをいう割には資本に迎合して好き勝手なことをする迷惑な人種」というレッテルを貼られてしまった。そのことの反省としてデザイナーや建築家の間に作家主義批判が生まれ、アノニマスデザインはその議論の延長で再評価されている。

だが柳宗理の問いはそもそも、単なる商業主義への対抗に留まるものではなかった。むしろ工業化という技術革新と、それによって生まれてきた近代社会の新しい原理に対するデザイナーの態度決定を迫るものであり、近代社会に適応した新しいデザイナー像の確立こそを目標としていた。工業と工芸を対比させた父宗悦に対し、バウハウスやコルビュジエに刺激された柳は、工業生産のなかに工芸的なものを発見することにより、それらを両立させようとしたのであった。

社会構造の転換期には作品のあり方や作家のあり方が変わる。工業化に反応した1920年代のコルビュジエにせよ、郊外化に反応した1960年代のヴェンチューリにせよ、グローバリゼーションに反応した2000年代のコールハースにせよ、いずれも社会の新しい原理に肯定的でありながら、作品そのものというよりはデザイナー像を提示した点に共通点がある。柳宗理がコルビュジエに共感したように、こうした思想は同時代的なものなので、世代的な共感を生んで分野や国境を越えていく。

言うまでもなく現代は、情報化、グローバル化によるグローバル・ネットワーク社会の到来により社会構造が大きく転換し、新しい作品のあり方や新しい作家のあり方を求めつつある時代である。柳の問いをパラフレーズするならば、情報化という技術革新と、それによって生まれてきたポスト近代社会の新しい原理に対する態度決定こそがデザイナーに求められている。情報と空間を対立するものとして扱った1990年代後半の態度に対して、今日的なデザイン行為の意味は情報ネットワークに空間的なものを発見し、それらを両立させることにある。

そこで本書ではデザイナーや建築家に留まらず、メディアやアートの分野で活動する作家やクリエーターたちにも参加してもらい、東浩紀氏へのインタビューを通して一連の議論の総括を試みた。原稿が揃い、目次を検討した結果、アノニマス観の変化に時代背景が大きく関わっていることに気づいた私たちは、各著者の年齢順に原稿を並べることとした。これらの作業によって、近代の終わりという、より大きな枠組みでアノニマスデザインを捉え直すことができたと思う。

私たちは東氏の指摘するような、ソーシャルなアノニマスの時代、すなわち誰でも情報発信が可能になり、人々のニーズが情報技術によってかなりの精度で予想される時代に突入している。そこでは、社会を相手に名前を出しながら仕事をする「デザイナー」という存在はどこにいるのだろうか。言い換えれば、そのようなリアル・アノニマスの時代に「アノニマスデザイン」は成立するのだろうか。編集作業を終えた今、その問いが大きく浮かび上がっている。

今回、そのことを論じてくださった方も多い。私はおそらく、ソーシャルな人々のネットワークのなかからニーズを抽出する仕組みを設計する立場が、今日的なアノニマスデザインの姿なのではないかと考えている。そこから生まれてくる成果物は人々のニーズをかたちにしたものである限り「誰がやっても同じ」アノニマスなものになるかも知れない。しかしその下部構造のデザインには創意工夫が求められ、それらの思想や方法論、作品などを提示したパイオニアたちには署名権が与えられるだろう。彼らこそは「今日のアノニマスデザイン」のありようを提示する人たちであり、そのような人たちは1920年代に集中的に数多く現れたように、2010年代からしばらくの間に集中して現れるのではないかと思う。

そのように考えると、作家主義か非作家主義かという議論をここで蒸し返すことに時代的な意味はない。それよりも、社会の新しい原理に対して新しい作家像を確立することにこそ意味があるのであり、それが柳宗理の遺した思想から私たちが最も学ぶべきことなのではないだろうか。

最後になるが、ろくにスキルもない学生を(当時は身長の割に痩せていたため)「マッチ棒君」と呼んで受け入れて下さり、短い期間に多くのことを教えて下さった天国の柳宗理先生に本書を捧げたい。


●書籍目次

0-1 藤村龍至/建築家
 ───まえがき:リアル・アノニマスの時代
0-2 岡田栄造/デザインディレクター
 ───プロローグ:アノニマスデザインという問い

1.デザイン

1-1 川崎和男/デザインディレクター
 ───アノニマスデザインと闘う
1-2 阿部雅世/デザイナー
 ───感覚を鍛えるデザイン体操.子どもの想像力と創造力をつなぐ
1-3 清水久和/インダストリアルデザイナー
 ─── 愛のバッドデザイン.感覚の原型をつくり出す
1-4 織咲誠/インターデザインアーティスト
 ─── 関係性をつなぎ直す、統合の仕事
1-5 石井すみ子/工芸デザイナー
 ─── 生まれて育つもの.素材と道具、料理と器
1-6 柳原照弘/デザイナー
 ─── 受け継ぐこと、紡ぐこと.ファンクションとパッション、または機能と昨日。
1-7 西澤明洋/ブランディングデザイナー
 ───デザインと経営のハイブリッド.ブランディングデザインの手法
1-8 水野大二郎/デザイン研究者
 ─── 問いとしてのデザイン.柔軟な未来の設計
1-9 久下玄/ストラテジスト/デザイナー/エンジニア
 ─── イノベーションとは何か.領域横断の戦略
1-10 太刀川英輔/デザインアーキテクト
 ─── 誰のものでもない、コレクティブデザイン

2.建築・都市

2-1 蓑原敬/ 都市プランナー
 ─── 都市の自生的秩序という幻想
2-2 難波和彦/ 建築家
 ─── 前景から背景へのデザイン箱の家の試み
2-3 みかんぐみ/ 建築設計事務所
 ─── 非作家性の時代に(再録)
2-4 西村浩/ 建築家
 ─── 土木と建築のあいだ
2-5 貝島桃代/ 建築家
 ─── まちづくりを動かす言葉
2-6 乾久美子/ 建築家
 ─── 新しい公共のための器─JR延岡駅舎の整備プロジェクト
2-7 満田衛資/ 構造家
 ─── 構造設計と作家性
2-8 羽鳥達也/ 建築家
 ─── オープンソースとオープンプロセス〈逃げ地図〉開発プロジェクト
2-9 家成俊勝/ 建築家
 ─── インクルーシブ・アーキテクチャー
2-10 メジロスタジオ/ 建築設計事務所
 ─── カムフラージュ・アイデンティティ

3.メディア

3-1 大山顕/ フォトグラファー/ライター
 ─── 私が土木構造物に惹かれる理由
3-2 渋谷慶一郎/音楽家
 ─── CDというメディアの葬送─音楽・マーケット・メディアをめぐる実験
3-3 松川昌平/建築家
 ─── ポリオニマス・デザイン─匿名性と顕名性の間としての多名性
3-4 猪子寿之/チームラボ代表
 ─── チームとストリート─新しいものは都市と集団から生まれる
3-5 徳山知永/プログラマー
 ─── デザイン環境をプログラムする
3-6 スプツニ子!/ アーティスト、濱野智史 情報環境研究者
 ───ゴーストからヴィジョンを立ち上げる
3-7 梅沢和木 美術家
 ─── インターネットの風景を描く


0-3 東浩紀/思想家・作家
 ───ソーシャルなアノニマスデザインの時代:作家という20世紀の錯覚

0-4 山崎泰寛/編集者
 ───今、デザイナーはどこにいる?


●あとがき|今、デザイナーはどこにいる?

山崎泰寛

岡田栄造さんと藤村龍至さんの対談「アノニマスデザイン2.0」を機に、本書の企画を立ち上げてから半年ばかり経った秋のことだ。建築家の槇文彦さん[1928ー]が発表した文章「漂うモダニズム」[『新建築』2012年9月]を読んで、私は勝手に、勇気づけられた気がした。槇さんは、モダニズムはもはや共通言語と化し、現在問われているのは個別の建築家の振る舞いそのものだと指摘した上で、だからこそ現代はエキサイティングなのだと告げた。それはプロローグで岡田さんが述べる「アノニマス化したデザイン」を踏まえよという呼びかけに近似した歴史観である。

本書は、そのような意味においてとてもエキサイティングなものになったと思う。ここに含まれているのは、かつての柳宗理のような造形活動を行う作家だけではない。音楽家やプログラマー、小説家、思想家といったクリエイターは皆、顔が見えるという点で、アノニマスの対極に位置する人物である。

本書を通じて繰り返し明らかになるのは、作家が、作品によって名を残すというよりも、名を伴って作品を残そうとする姿である。なるほど、残された作品の振れ幅は、エピローグで東浩紀さんが指摘するような凡庸さとニッチの間を揺れ動く。しかし、誰か(人)の、または何か(ブランド)の署名が消えてしまうわけではない。ネットワーク社会における作家の名前は、それが不明になる(匿名としてのアノニマス)ことはなく、むしろ作品の性格とは無関係な属性として、ログとして残り続けるのではないか。槇さんが「漂う」と述べた海原で。

では、作家の活動を支えるモチベーションは何だろうか。社会の役に立つこと? 利益を最大化すること? それはそうかもしれない。しかし私は、本書のなかに、もう少しシンプルな態度を何度も見たと断言できる。それは、誰もが面白さを見つけ、あるいは面白さを燃料にして、創作活動を展開しているということだ。だから、ニッチを狙うにせよアノニマスに訴えるにせよ、面白さを動物的に嗅ぎとる理性をもつことから、「作家であること」が始まると私は思う。

本書が、松川昌平さんが言うポリオニマスなデザインの姿を示せていたらとても嬉しいし、だとすれば著者の皆さんの力にほかならない。だから、私たちの問いかけに、浪花節から論文まで、様々なスタイルの文章や発言で応じてくださったお一人おひとりに、まずはお礼を申し上げたいと思う。梅沢和木さんには素晴らしい装画も寄せていただいた。柳さんのように、本書を軸に現代のアノニマスデザイン展を開きたいとさえ思う。本書を刊行に導いていただいた学芸出版社の井口夏実さんと、複雑な装丁を見事にまとめてくださった刈谷悠三さんにも、最後まで本当にお世話になった。実は編集という仕事にも、アノニマス×デザインの面白さが詰まっている。誤字脱字を消し込むような実務的な作業も、作家の主張をよりクリアに伝えるためのデザインの追求だからである。私自身、そのことをあらためて教えられた機会になった。そして最後に、柳宗理さんに特別な感謝を捧げたい。私たちは、柳さんたちが残された形や思想のなかで、生き、新しく面白い表現を生み出そうとしている。本書も、柳さんが生きた時代に連なる作品のひとつかもしれない。そして願わくば、明日生まれる作品を勇気づける書物でありますように。

2013年5月


☟本書の詳細はこちら

『リアル・アノニマスデザイン ネットワーク時代の建築・デザイン・メディア』岡田栄造・山崎泰寛・藤村龍至 編著

体 裁 四六・256頁・定価 本体2200円+税
ISBN 978-4-7615-2554-5
発行日 2013/06/01
デザイン 刈谷悠三+角田奈央|neucitora
装画 梅沢和木

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