司馬遼太郎、『竜馬がゆく』に読む坂本竜馬の偉大性

 司馬遼太郎は言わずと知れた歴史小説の大家であるが、その数ある作品の中でも有名なものの一つが『竜馬がゆく』という小説であろう。

 私は小学生の頃からの司馬遼太郎ファンであり、『関ケ原』、『城塞』、『燃えよ剣』などの数々の作品に感銘を受けてきた。司馬遼太郎の描く歴史上の偉人の生き様は、読み手の人生に熱を与えてくれる。今回、文庫本8冊から成る『竜馬がゆく』を半年近くかけて読み終え、感動と人生への気力を養うことができた。

 『竜馬がゆく』における、坂本竜馬の偉大さは、思想の先進性と、それによって成し遂げられた事業の実績という点に収斂すると考える。

 竜馬は、幕末の動乱期の早いうちから、欧米の政治制度や社会制度に興味を抱いていたわけであるが、当時においては異端児であった。ペリー来航に端を成す幕末初期の動乱の原動力は攘夷思想である。尊王攘夷を掲げる志士たちと、佐幕派の武士たちの対立によって世に風雲が吹き荒れたわけであるが、竜馬は尊王攘夷派の立場でありながら、思想は先の時代を行っていた。現実に、時代が進むにつれて討幕へと気運が移り、単純攘夷も欧米諸国との貿易による富国強兵の方針へと変化するわけである。

 加えて、竜馬の行動の根幹には常に「日本」のという概念があった。徳川幕府体制下においては、藩が政治的主体であり、日本という概念は一般的ではなかった。しかし、土佐藩に見切りをつけ、海外の知識を身に付けた竜馬にとって、ナショナリズムの向かう先は日本だったのであろう。この点は、幕末から明治にかけて活躍した他の人物と竜馬を差別化する部分でもある。例えば、西郷隆盛や大久保利通にとっての忠義は薩摩藩に向いており、桂小五郎や高杉晋作の思想の根幹も長州藩にあったと言える。その点において、竜馬の人生における2大事業である、薩長同盟の締結と大政奉還の実現は、藩組織に縛られない竜馬だからこそ成し遂げられたと言える。

 対幕府の感情としては同種のものを持ちながら、感情的に対立していた薩摩藩と長州藩を、竜馬は日本のために歩み寄らせたし、日本が国家として強く生まれ変わるために、薩長vs幕府という単純武力衝突を避け、大政奉還による平和的な新政府樹立の道を志した。

 このように、坂本竜馬が日本史に対して成し遂げた偉業(フィクション的要素も含むが)は、竜馬の先進的な思想の産物であろう。そんな『竜馬がゆく』における坂本竜馬を偉大たらしめる人物的特徴は以下の3点であると感じる。

① 実績

 いつの時代にも通じる部分であるが、信頼を得るために肩書や実績というものの存在は優位に働くことが多い。この点において、江戸時代までの封建体制においては家格の持つ影響力は大きかった。竜馬は土佐藩の郷士、つまり低い家柄の出自であるために、藩内で影響力のある身分ではなかった。しかし、竜馬は剣術によって名を広め、その存在を認められるようになる。当時の江戸における、高名な道場の免許を取得し、剣術に熱心な侍たちの間で竜馬の名が知れたことは、その後の志士活動における信頼の獲得という面で優位に働いたであろう。物事を起こそうとする上で、自身が何者かということを理解してもらうことは非常に重要である。

② カリスマ性

 上述の、剣術における実績に加えて、竜馬のパーソナリティは大事を成す上で不可欠だったのであろう。あまり笑ったりはしないものの、どこか人懐っこく、周囲から愛される人間性は時代の中心に立ち、多くの人間を巻き込む上では不可欠である。また、竜馬は話術に長けており、人を飽きさせない話しっぷりで周囲を魅了していた。そんな竜馬に感銘を受けた同時代に大きな役割を果たした偉人は、武市半平太、中岡慎太郎、西郷隆盛、勝海舟、後藤象二郎、桂小五郎、陸奥宗光、など数えればきりがない。周囲から愛されることは大事を起こすには必要なのであろう。

③ 時運

 最後に、竜馬が味方に付けようと苦心した最も大きなものは時運であろう。竜馬は先走ることなく、焦りを抑えて時を待った。早い時期から討幕の必要性を感じていたものの、世論の成熟を見極めようと努力したことが竜馬の二つの偉業に繋がった。武市半平太が土佐藩の反論を勤王にまとめようとしたり、長州藩が挙兵して京都に押し寄せたりした際、多くの竜馬の同志は命を賭けて戦場へと走った。また、竜馬も呼応することを強く要請された。しかし、竜馬は焦らなかった。時運が成熟しきっていないと読み、力を付けるために海軍の修業をすることを優先した。その間、土佐藩では大規模な粛清が起こり、武市半平太らは切腹、禁門の変においても多くの土佐系、並びに長州系志士が命を落とした。しかし竜馬は、力を蓄えることで維新回天に自分の力が必要になると考え、時期を待った。それが明治維新成立に繋がったのである。

 坂本竜馬の生き様は現代の社会にも通ずるものがある。『竜馬がゆく』には、フィクション要素が含まれているとは思うのだが、これから社会に出ていく自分としては、坂本生き方を参考にしたいと強く感じた次第である。

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