人生で初めてカミングアウトをした話
「じゃあ来週の火曜日の17時ファミレス集合で。あと話しておきたいことがあるから当日よろしく。」
「おけ。」
ろくに練習もせず、ぶっつけ本番の状態で森山直太郎の「さくら」を合唱した卒業式。音程が絶妙にズレたちぐはぐのハーモニーに苦笑いの保護者。凹凸が噛み合わないような、高校生活の終わりを飾るにはいささかお粗末な式。こういう春の始まり方もきっと青春の1ページとして思い出す日が来るのだろう。
そんな青春の中で、忘れられない出来事がある。
卒業式が終わった1週間後、大学受験の合格祝いと高校の卒業祝いをしようという話になり、私は友人の林と会うことになった。
林は元々学年が一つ下の後輩である。体育祭で私と林のクラスが同じブロックになり練習や準備がきっかけで話すようになった。体育祭が終わるまでは最初は先輩と後輩の関係だったのだけど、私が学校に行くのが辛い時期に「大丈夫すか?」と話しかけられたのをきっかけに2人で飯に行くようになった。林はいつのまにかタメ口で話すようになり先輩後輩というよりは同級生のような関係になっていた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
10メートルくらい離れたところから軽快に店員が訪ねてくる。右手をピースの形にして「2名です」と返す。
適当に席についてメニューを広げる。周りを見渡すと私達と同じように卒業後に友達と飯に来ている高校生がたくさんいる。ファミレスのがやがやした雰囲気がとても懐かしい。大抵友達と飯に行く時はこのファミレスに来た。高校時代の青春の一欠片がこの場所に詰まっている。
「いや〜マジで久しぶり。半年くらい飯行ってないよな?」
「そうだな。受験とかあったしね。とりあえず受かってよかったわ。」
「な。受かるとは思わなかった。浪人も覚悟してたのに。」
「お前から合格の連絡きたときびっくりしたよ。今日は俺の奢りな。」
「なんで後輩から奢られなきゃいけないんだよ(笑)いいよ俺が奢るよ。」
いつも通りたわいのない会話を繰り出す。飯に来るのは半年ぶりくらいだったがノリは全く変わらない。林のこのノリの変わらなさに救われることが多々あった。
波瀾万丈の高校生活だった。クラスの好きな人とクラスで一番仲が良かった友人には嫌われたし、途中から教室には行けなくなった。勉強もほとんどしなかった。それでも体育祭や文化祭や合唱コンクールといった行事では常にステージの上に立つような役割をしていて行事の度に目立っていた。教室に入れないし勉強もしてないのに行事だけは必死に頑張っていた。周りの人間にはとても変なやつだと思われていたと思う。
林はそんな私の話を面白がっていつも笑っていた。学年が違うからなのか人柄のおかげなのかは分からないが、林には何でも話すことができた。恋愛、悩み、勉強、下ネタ、行事。ありふれた高校生の話題はおそらく全て話した。しかしそんな彼にも話せていないことが一つだけあった。
それは私が同性愛者(ゲイ)であることだ。
高校2年生のときにクラスの同性の友人を好きになった。ずっとそのことは誰にも言わずに隠してきた。なぜ悩んでいるか聞かれても周りの大人にも友達にも話すことができなかった悩みだ。今思えばネットで調べれば同性を好きな人が世界中にいることは知ることができたし誰を好きになろうがその気持ちを抱くことが罪に問われることなんてないのだからそんなに気にしなくてもよかったんじゃないかと思う。
それでも高校生の私は自分が「普通」から外れてしまうことを極度に恐れていた。同性しか好きになれないということは「結婚」「家庭」「子供」といった幸せは諦めなきゃいけないんだろうな。親にこれからそれを隠し続けて生きなきゃいけないな。普通ではない自分を誰かが知ってしまったらどんなふうに思われるんだろう。友達と恋バナをするときはどんな顔をしてどんな嘘をつけばいいのか。男同士のバカな下ネタにもいずれついていけなくなる。高校生にとってのそれは世界の終わりにも等しい。
狭い教室で好きな人の姿を見るたびにそんな悩みの波と渦に心を支配され、好きな気持ちを感じる度に自分への嫌悪が降り積もった。さらに家庭では父と母の喧嘩が絶えず毎日揉めていて家にいても心身が休まらなかった。教室に登校していなかった私を心配した両親に理由を話すことはできなかった。
悩みを話すこともなく、解決することもなく休み休みメンタルを保って単位をギリギリで取得し、大学にもなんとか合格し高校を卒業することができた。大学に進学すれば環境も人間関係も全部変わる。
もう友人に嘘をつき続けるのは嫌だった。このタイミングなら変われるんじゃないか、そう思った。だからこそこのファミレスという青春の舞台に林を呼び出したのだ。
いつものたわいもない話を一通りし終わった後に、林が切り出す。
「で、話したいことって何?LINEで言ってたやつ」
「おー。その話今からしちゃう?」
「え、それ話さないと始まらないじゃん。」
「だよな。いやーーーちょっと話しづらいことでさ。」
「へぇ、そうなんだ。一応聞いておくけど犯罪したとかクスリやってるとかじゃないよね?」
「違う違う違う。神に誓ってやってない。」
「じゃあ他に驚くことなんてあんまないと思うけど。宝くじで1億当たったとか?」
「高校生で宝くじ買うやつやばくない?」
「違うかぁ。じゃあなんだよ?」
引き伸ばしに引き伸ばして全然本題に入れない。笑顔で誤魔化してはいるが背中は汗でぐっしょり湿っていて手は小刻みに震えていた。ただ一言言うだけなのに、簡単なはずなのになかなか切り出すことができない。今までに感じたことのない異様な緊張感だ。
「今から俺が言うこと聞いてもさ、引かないでほしいんだけど」
「犯罪じゃなかったら大丈夫だと思うよ。」
「だよな。多分大丈夫なんだけど、この世界で初めて他人に打ち明けることだから」
「マジか。俺の方がびびってきたわ。」
「いや〜〜〜じゃあ言うよ?」
「おん。」
「本当に言うからな。」
「早くしろよ(笑)」
「・・・。」
「・・・。」
多分林なら大丈夫。99%大丈夫だと思う。だってこいつも割とぶっとんでるやつだし。引かれない。でも、もし引かれたら?気を遣われたら?明日から態度が変わってしまったら?これを言ってしまったらもう後には戻れない。友達では無くなってしまうかも。
いや。例えそうなったとしても。
こいつに打ち明けて嫌われたなら仕方ないや。
覚悟は決まった。
「俺さ、実はゲイなんだよね。」
「・・・ゲイ?男しか好きになれないってこと?」
「そう。それ。」
「なんだそんなことかよ。」
「え?びっくりしない?」
「しないよ別に。いるだろ普通に。てか知り合いにそういうやつがいてさ。まあそいつは女子なんだけどね。」
「マジか。そんなに普通の反応されるとは思わなかった。」
「だって、別に俺のことが性的に好きなわけじゃないんでしょ?」
「うん。1ミリも性的には見てない。」
「なんか腹立つな(笑)まあ俺のこと好きだったら話は変わったけど、じゃなかったら何も変わらねえよ。」
「おお。出会ってから初めて林の言葉に感動した。」
「もっとあっただろ。誰が一人死にそうな顔してるお前に声かけてやったと思ってんだよ。」
「ああ、あったな。まさか後輩に悩みを聞いてもらうなんて思わなかったわ。うん。」
「だろ?感謝しろよ?」
「うん、そうだな。今日は感謝するわ。ありがとう。」
「おん。」
あまりにも呆気なかった。私は2年間何に悩んでいたんだろう。たった1日で、胸のつっかえがスポーーンと飛んで行ってしまった。これだけのことだったのか。たった一人の人間に認められただけなのに自分はここにいてもいいのだと世界に許された気がした。
帰りの電車であの瞬間を何度も思い返した。イヤフォンからレミオロメンの3月9日が流れている。この時期の高校生が黄昏れるにはもってこいの曲だ。少しだけ視界が歪み窓越しの景色がぐにゃぐにゃに映った。
林。あのときはありがとう。あの日、私は確かに君に救われました。君がそれから変わらずに接してくれたこと、それのおかげで自分はゴリゴリのゲイでも大丈夫なんだなと思うことができています。というか自分がゲイだということはたまに忘れるくらいにはコンプレックスではなくなり意識することもそんなになくなりました。
大学生活では割とオープンにカミングアウトをしていましたが、みんな普通に接してくれました。友達という関係において性的嗜好は割とみんなどうでもいいみたいです。いい友達もできました。
それからあの日をきっかけに信頼できる人になら弱音も吐けるし本当の気持ちを言うことができるようになりました。それでちょっと生きやすくなりました。それも君のおかげです。ありがとう。
林。社会心になって遊ぶ機会は減りましたが、またスマブラとかやりましょう。富士急にも行きましょう。これから先もくだらないことで笑いましょう。私は君のことを親友だと思っています。それはこれからも変わりません。その内LINE入れます。
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