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アンドロイド。働き蟻。派遣のお兄さん。他。


入り口近くでなんとなく上に目をやると、渋谷の路地裏で見たドブネズミのような色をした天井が見えた。何の変哲もない、そのへんに普通にあるバカでかい工場の天井。

工場内は既に業務を開始している様子で、荷物を流すためのローラーがヘビの胴体のような形で配置をされていた。私は工場で仕事をすることが初めてだったので、「うおお、工場って感じ!!!」と少しだけテンションが上がっていたのだった。

社員の方の誘導に従い出勤手続きを済ませ、フロアに向かう。指定された場所へ始業時間ちょうどに到着した。

まず目に飛び込んできたのは俊敏なオジサン。2メートルくらいは積み上げられている段ボールを次々と運び込み、縞模様のシールをぺぺぺっと貼り付け、なにやらスマホのようなもので読み込んいる。全く同じ手順、全く同じルート、全く同じリズムでそれをこなすオジサン。

持ち上げる、右へ、左へ、ぺぺぺ、ぴっぴっぴっ。洗練された一連の動き。そして生気のない目。人間にしかできない複雑な動きなのに一定の動きしかしないためにまるで精密な機械のように見えるのだった。

「お兄さん、何突っ立ってんの。始業時間だよ。」とオジサンに話しかけられた。

うお、アンドロイドがしゃべった・・・。と心の中でつぶやく。

「すみません。今日初めて入るので何すればいいか分からなくて・・・。」

「あ、そうなんだ。じゃあまずはこれをやってみようか。俺が機械でバーコード読み取るから兄ちゃんはとりあえず段ボール置いて、蓋をカッターで切って中のゴミを出しといて。」

「わかりました。」

こうして派遣社員としての初日の労働が始まった。それからひたすら段ボールを置き、蓋を切り裂くだけの作業。おじさんが読み取り、レーンに流しその先にいる人がまた奥のレーンに流していく。

私の仕事は思ったよりも力が要る仕事だったし、段ボールに貼りつけてあるビニールテープがとても切りにくい素材だったので力ずくでそれを剥がすのに苦労した。

「兄ちゃん!もうすぐ休憩だよ!一旦終わり!」と言われるまで時間の流れを完全に忘れていた。

休憩中、腕が痛過ぎて弁当を食べる際に箸を持っている右手が小刻みに震えていた。午後の作業が始まる。

休憩から戻ると、午前中より出勤している人の数が増えたように見えた。フロア全体を見渡してみる。人間が広い空間のなか大人数で同時に作業している光景を見て「なんか生きてるなあ」を感じた。

全然知らない人が隣に立っていた。私服だったのでおそらく別の派遣会社の人だろう。

「僕、今日初めてここで仕事するんですけどなんかこの職場見てると働き蟻みたいだなあと思うんですよね。」と話しかけてみた。するとその人は眉を中央に思いきり、寄せ谷より深い皺を作りながら

「?」

と、まさに何言ってんだこいつ?と顔に彫ってあるかのような表情でこちらを見つめていてちょっと焦った。

あ、そんなこと思わないですよね。そうですよね。ごめんなさい急に話しかけて。急にめちゃくちゃ恥ずかしい。

「おーい派遣の兄ちゃん。作業戻るぞー。」アンドロイドのオジサンから声がかかった。ナイスタイミング。ちょうど気まずいところだったんです。

あ、そういえばオジサンってロボットみたいって言われませんか?という質問は最後まですることができなかった。また「?」って顔されるのが怖かったから。






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