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さつま王子 第1話その1


 時は幕末。さつまの国。

 多少ひねくれた一人の少年が壮大な物語の幕を開ける。その名も「さつま王子」。さつまの国の王子様。この時、彼はまだ12歳。王である父の仕事に純粋に憧れ、その仕事を引き継ぐことを運命づけられた彼は、皮肉にも「その仕事ぶり」故に、時代の激動の渦へと巻き込まれていく事になる。これは、そんな激動の時代の物語である。


 「芋、植えちゃえばいいじゃん!」


 少年・さつま王子は気軽にそう言い放ったのだが、しかし、それは米を作る一介の小作人にとっては、恐るべき一言であり、また身にかかった不幸・厄介事の一つでしかなかった。オマエになんかそんなこと言われたくねえよ!というのが大方の小作人たちの本音であろうが、言われてしまったからには仕方ない。仮にも、相手は一国の王子であり、王子の一言は絶大であり、一介の小作人の意見で何か物事が覆(くつがえ)るものでも無い。しかし、そんな事は重々承知の上で、一介の小作人である、いぶし鉄鋼(有)は、あえて一言、王子のその言葉に反論を添えた。

 「へえ。そうは言っても、王子様。あっしら、米作るしか脳がねえもんで、芋と言われましても、そんなもんは見た事もなければ食うた事もない。まして、そげなもんを植えろと申されても作れるかどうかもわからしません。ここは一つ、米の収穫期ももうじきでございますし。米さ収穫してから、また改めて来て頂くという事でお願いできんでしょうか。このへん一体は、まだ幕府のお役人様も目を光らせているところでして・・・」

 なるほど。うまい言い回しだ。と、王子の側近である船渡しの佐吉は唸った。当時、さつま芋は、高価な食べ物であり、日本では、さつまの国のみで栽培されている輸入食物であり、そのようなものは庶民の口に到底入るものではなかった。まして、さつま芋は、幕府規制から、本来、さつま特区のみに栽培が許されている品である。この栽培を幕府の報復も恐れず、特区外にまで拡大しているのが、さつま王であるにしても、王族に生まれただけで何の権限もない、たかだか12歳の王子が、本来、軽々しく口に出来るものでもないのだ。その事を男は重々承知しており、その上でそれを的確についてきた。これに佐吉は、ひとまず唸るのであった。

 しかし、佐吉は同時に知ってもいた。そんな反論には何の意味もない事を。王子は、まだ12歳であり「駆け引き」が通用するはずもない。まして「理路整然」がまかり通る相手でもない。つまり、この男・いぶし鉄鋼(有)は間違いなく、先の言葉を王子ではなく、理路整然を理解できる人間、大人たる自分に向けて発しているのだ。暗に自分に促しているのだ。佐吉は、それを感じた時、やるなと思った。この男は「交渉」をしている。「政治」をしている。政治を試みる小作人など、この世にいるものかと。

 通常、王子が小作人にこのような事を言った時、彼らは狼狽(ろうばい)し、冷や汗をかき、そして、落ち着いたのち、諦め、中には、子供の言ってる事だと一笑にふそうとするのが落ちであった。無論、これは王に付託された事業であるから、子供の言う事といえど、王子は王子。反論が許されるはずもない。佐吉は、そんな態度の小作人たちを何人も斬ってきた。交渉は、先制が重要であり、恐怖で村人たちを征服するのが簡単だ。小作人たちの反論は、我々に斬る口実を与え、統治にとっては都合のいい態度とも言える。その為、反論を起こしやすい、言った事を子供の戯言(ざれごと)に限りなく感じさせるバカな王子の身なり、喋り方は、この、さつま普及プロジェクトに関して使用しやすい。それ故、王は、まだ若い12歳の少年にこの任を仮託しているのだ。

 しかしながら、この男、この、いぶし鉄鋼(有)は、その王子の容貌、口ぶりに全く反応せずに、冷静で的確に反論して見せたのだから驚く。いや、反論だけではない、まず反論し、同時に「諦めて」みせたのだから、心底、佐吉は感嘆する。

 この男は、自分の「死」の意味を知っているのだろう。

 口では、幕府の存在をちらつかせながら、しかし、同時に、この男は、その圧力にほとんど期待できない事を知っているはずだ。それでは交渉にならない事をよく知っている。だから、その圧力は、あわよくば通ればいい、という程度の補足として言うにとどめておき、様子を伺っている。この男は、おそらく、この王子のわがままには、幕府以上の背景があり、このわがままは誰がどう言おうとまかり通ってしまう類(たぐい)のものなのだと察知しているのだろう。それを、その口ぶりに表しているのだ。これには佐吉も唸った。まさか、この男、一瞬で我々の背後にある「ある強大な事実」を察知したと言うのか?佐吉は、幕府の力のちらつかせなどではなく、その事に戦慄(せんりつ)を覚えていた。もし、この男が「我々の背景」にまで気づいているのだとしたら、我々は、自分は、どうすべきだというのか。斬るべきか?しかし、こういう有能な男こそ国の宝ではないのか?「彼ら」に対峙する戦力が今は一人でも多く欲しい。むやみにさつまの戦力を失ってはならぬ時期・・・

 佐吉の頭は、思わぬ事態に混乱して、一瞬、何も判断を下す事が出来ずに止まってしまっていた。いや、それは佐吉の思い過ごしであると言うべきだろう。一介の小作人が「彼ら」の存在をどうやって知る事が出来るというのか。知れるわけがない。知れるわけがないのだ。しかし・・・・・

 いずれにしても、この男は、簡潔に「言うべきこと」を述べ、さっさと事を終わらそうとしている。その諦めの良い口ぶりから斬られる覚悟があっての物言いであろう。つまり、自分の「死」を覚悟し、それを村人に捧げようとしているのだ。この男は、自分が斬られる事により、他の村人たちに、次の仕事、さつま芋の栽培に対してスムーズに移行するよう暗に促している。王子の言うことに反抗の態度を示せば、斬られるという事を身を持って示そうとしている。先の通り、この男、一介の小作のようでいて、なかなか出来るな。と佐吉は感じていた。そして、事実、この男・いぶし鉄鋼(有)は、のちに時代の中で大きな役割を果たすのだから、この佐吉という男の洞察もなかなかのものだと言えるだろう。しかし、そんな出来る大人たちの無言のやりとりを尻目に、無知で幼稚なさつま王子は、端的に、こう、いぶし鉄鋼(有)に野賜(のたまわ)ったのであった。


 「芋、食べちゃえばいいじゃん」


 その瞬間、話は一気に戻った。佐吉は、鉄鋼(有)が創り出した、その濃密な空気がいっぺんに解放するのを感じた。そこに佐吉は、王子のすごみを見て取る。この王子、本格的にバカだ。しかし、バカだからこそ出来る事がある。支配できる空気がある。佐吉は、そう確信していた。この王子は、その子供であるが故のピュアな推進力と自身が王子であるというその特権的な立場を無意識に使って、さつまの拡大に貢献をしているのだ。12歳の子供が、そういう事をやってのけている。つくづく、政治というのは「結果」なのだと佐吉には思えてならない。12歳で結果を出していく王子への驚きが止まらない。その驚きを増幅させるべく繰り出される王子のストレートな言葉の数々。王子は言葉に愛されている。それが故に、人を動かす。人の上に立つものの本能的な性(さが)。それが佐吉には愛しい。この時また、佐吉は、自身の立場をわきまえ、王子に一生ついていく事を固く心に誓うのであった。

 「結果として」、王子の一言は、いぶし鉄鋼(有)の命を救った。佐吉は、王子の手前、鉄鋼(有)を、芋を食わせる前に斬るわけにもいかなくなった。それに佐吉は、ホッと安堵(あんど)した。王子は、図らずも有能な一人の国民の命を救ったのだ。そういう「結果」を生み出したのだ。その結果を生み出す無垢な言葉を発する本能。佐吉は、自身がそれなりに有能でもある為、王になる夢を持たぬでもなかったが、本物の王になるべき人物の前では、ただただ国を想い、お目付け役に徹するのが分相応だと感じていた。それほどに佐吉は王子の未来に賭けていた。この王子は的確に仕事をしてみせている。そして、今回もまた仕事をし、有能な男を一人、この国の為に働かせる方向へと導く事になるだろう。

 無論、この事は、聡明なる、いぶし鉄鋼(有)も同様に感じていた。目の前にいる王子は、丁度、自分の次男坊と同じ頃にも関わらず、その歳の人間が政治をやってのけている事への驚き。おそらく、この王子は意図して自分を救ったのだ。佐吉と違い、鉄鋼(有)はそうも考えていた。そこから鉄鋼(有)は目の前の事態を打開する方策を探る。この場面に的確に対処しようと頭を巡らしだす。この王子となら、もしかしたら、交渉になるやもしれない。鉄鋼(有)は、瞬時にさつま芋という新たな存在に頭をめぐらせると同時に長年培ってきた自らの農地をいかに荒らさずに新しい作物と共存させるか?その事だけに考えを集中しだした。瞬間、新たな道を思案しはじめる。

 ところがである。鉄鋼(有)のその想いは、驚くべき、本当に驚くべき言葉によって、一瞬にして瓦解(がかい)するのであった。


 「芋、まっじーじゃん。うえ~。」


 そこには、一口かじられたさつま芋を手に持つ、いかにも悪ガキそうな少年の姿があった。いぶし鉄鋼(有)は、その姿を見た時、その冷静さを失い、かつてない程、狼狽し、頭が混乱する。


 つづく!

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