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さつま王子 第5話その2


 (その1はこちら

 さくらじま先生がさつま王子一向に懐柔(かいじゅう)されようとしていたその同時刻、さくらじま先生の元生徒たちの率いた別働隊は、依然として各地で一揆の猛威を奮っていた。

 とりわけ、その中でも目立っていたのが残虐非道を誇る荒神栃之伸(あらかみとちのしん)率いる一行で、この一行に関しては、もはや一揆というより、ただ人非の限りを尽くしまくり、世に迫害された賊の類(たぐい)をかき集め、凶悪集団として民百姓に悪名を轟かせていただけであった。

 しかも、この一行。もはや、その目的は逸脱の域に入っており、むしろ、幕府や王との衝突を避け、数多(あまた)の人たちを苦しめるだけのものに至っていたのだから、心底タチが悪い。この一揆が横行する折では、民百姓と王の仲は決定的にこじれているのであって、民は王や幕府の軍勢に助けを請うのもままならず、この一行の行く先々、数々の悲劇が生まれ、そして、もはや、それを止めるものは誰も無かった。

 この悪名、当の師匠、さくらじま先生にも当然届いていたものではあったが、先生は、その伝を聞くも、この行いを改めさせてこなかったのは、元より、この栃之伸の所行に私塾にいた頃から困っていた恐れもさることながら、同時に自身の野心の遂行の為、この一行、野放しにしとくのが吉と見て、この者たちの所行を暗に泳がせて様子を見ていたのも一面の事実ではあった。つまり、この時、先生の前では「善」より「利」が勝っていたのであり、栃之伸の方も実は先生のその心根を見抜いて、このように行動していたと言えよう。

 しかし、これに当然、疑念を挟んでいたのが心ある士たる響鬼虎之介であり、そして、いぶし鉄鋼(有)の2人であった。

 とはいえ、2人とも、王子より逃げ落ち、一行にかくまわれている身であるから、その疑念を表に出すわけにはいかぬのも必定(ひつじょう)。しかも、そのような身で何を進言したところで、その言が通らないのみならず、とりわけ、虎之介のさくらじま先生に対する信頼を裏切る事になり、2人は、とりあえず、その事には触れず、先生を信じて粛々と一行に付き従うものであった。

 しかし、しかしである。そんな事も忘れてしまっているようなこの緊急時、正にその事を、さつま王子が切り出してきたのだから、2人は心底驚く。


 「ねーねーねー。2人とも荒神って知ってるよね?実は僕たち、君たちじゃなくて荒神という男を倒しに行く途中だったじゃん!みんな一緒に来ればいいじゃん!」

 「!!!!!」


 と、さつま王子がそのような事を言う中、しかし、その問いかけは魅力的であり、同時に、混乱をきたすものでもあった。2人のみならず、一同絶句して、その言葉に返す言葉がなかなか見つからず、場は混迷を深める。然るに王子は、これぞ自身のペースと言わんばかりに悠々とその言葉を続けていった。


 「荒神って、そこの先生の教え子じゃん?いいの?あんなの?止めた方が良いんじゃん?」


 と、畳み掛けられて、一同は尚絶句する。しかし、その絶句を切り裂くように、鉄鋼(有)は、すかさず、王子にこう言い放ったのだ。


 「しかす、アイツらも悪だが、おぬしらも悪であろう!!民百姓を苦しめ、おれから稲を奪ったのはおぬしでねえか!!おぬすと手を組むなんて出来るわけねえべ!!ふざけんな!!」

 「そうかなー。ボクは、さつま芋を植えに行っただけだけどなー。現に君は生きてるじゃん。ていうか、つべこべ言わずに従うじゃん。ぶっ殺すぞ!6ーーーー!!」


 どーーーーん!!!


 と、銃声が空に響き渡り、一同、それにより遠くにある銃の存在に身を引き戻され、その恐怖で多くの者ががたがたと身を震わせた。その姿を見て、王子は拡声器を使い、より大きな声を出して、皆に畳み掛ける。


 「いいか!よく聞け!今、オレの後ろには総勢100人が待機して、ライフルの構えをおまえらに向けて待機している!!別に、オレたちは、おまえらがいなくても荒神なんてカンタンにぶっ殺すし。おまえらだって、そうさ!!でも、さっきも言ったろ?この国の本当の敵はメリケンなんだ!異国なんだ!!異国が攻めに来るというのに、おまえらは仲間を殺そうと躍起(やっき)になってんのか!!恥を知れ!!滅私奉公(めっしぼうこう)を忘れたか!!国を一丸として異国を撃つ!!それが我らの使命だ!!従え!抵抗はやめろ!!武器を置け!!」


 「!!!!!」


 この迫力には、流石の鉄鋼(有)も虎之介も参った。しばし忘れていた「身分」なるものを思い出し、その王子の堂々たる言動に動揺する。とはいえ、これは意外と奥深い難問である。鉄鋼(有)、虎之介、王子、銀次郎、佐吉、さくらじま先生、民百姓たち、色々な人間の感情がこの場に渦巻き、もはや、そこに全員にベストの解答は無いのは明らかであったが、さすれば、そのように王子に付き従うのが元々の国の有り様であり、それを飲むのが筋。しかし、王子は、先に我が身を襲った人間だ・・・であるとすれば・・・

 と鉄鋼(有)や虎之介が迷う中、解が無くても進むのが物事であり、こういう時に物事を進ませるのは、またしても、何も考えない突貫小僧の行動である。


 「やいやいやい!いも王子!!どうでもいいから、オレはお前をぶっ飛ばすっ!!」


 と、突っ走って叫びながら、銀次郎は、やおら、さつま王子に殴りかかっていった。しかし、これこそが王子の考えていた最良手!!!銀次郎は、またしても王子の策中にハマり、これにより事態は粛々と進み出していったのである。


 どぎゃーん!!


 銀次郎の握ったグーの手は確実に王子の左頬にヒットして、王子は後ろにどぎゃん!とふっとんだ。その余りの痛さに王子は気を失いそうになったが、ここは山場と心得て、奥歯を噛みしめながら立ち上がり、離さなかった拡声器を握りしめ、銀次郎に思いっきり叫ぶ


 「じゃあああああん!!!!!」


 その増幅されたわめき声に銀次郎も一瞬、耳を塞ぎ、その隙に佐吉が銀次郎を取り押さえた。加えて、背後から雲助が銀次郎の背後に発砲。銃弾は鉄鋼(有)と虎之介の眼前の土に突き刺さり、これにより、一同はまたしても動く事が出来ず、事態を王子一行が完全に掌握する。そして、王子たちは銀次郎を手に入れた。しかし、


 「にいいちゃあああん!!!」


 と叫びつつ、今まで後方で母と鈴との3人で身を固まらせていたどれみが虎之介の脇をもすり抜け、銀次郎に駆け寄った!これには、王子も驚く。


 「にいちゃあん!!王子ぃ!!ダメだよ!!ケンカはダメだよ!!ダメえええ!!」


 その泣き声と泣き顔の必死さに流石の王子の心もゆれ動くが、しかし、王子はこここそ心を鬼にする時だと心得、後ろの者に命じ、感情を煽るが如く、乱暴にどれみを捉えさせる。


 「どれみーー!!」


 と虎之介は叫び、その勢いで前に突っ込もうとしたが、鉄鋼(有)がそれを抑え、すぐさまこう言い放った。


 「わがった!!あっしら、王子様と一緒に行動します!!それで良いだか!!銀次郎!!おめえも無鉄砲におえらいさ、殴るでねえ!!こないだので懲りたんでねえのか!!このアホが!!」


 と鉄鋼(有)は王子の軍門に下るのみならず、無鉄砲な息子を叱り飛ばす事によって、自分たちの非も認め、状況的に王子の有為を創り、その「人質」との交換条件を暗に示したのだ。

 これにさくらじま先生は歯ぎしりする。事態の中心にいたはずの自分が完全に置いて行かれてる現実。そして、それにも増して、何も出来ない無力。しかし、その時に、こうして、鉄鋼(有)が有為に事を進めるのを見て、その器の違いを先生は感じざるを得ない気分になっていた。

 この気分は、虎之介も同様であった。すごいすごいとは思っていたが、この男、いぶし鉄鋼(有)は自分より一段すごい。その事を認めざるを得ない。事態を沈静化させる為の「そのカンタンな一言」が何故、自分にはカンタンに出てこないのか。娘の危機に血が上る頭、死への恐怖、ポリシーを曲げて生きる事への抵抗。そういった数々の諸要素が自分から「落ち着き」を切り離し、事の対処を無惨にも誤らせる行動に出ようとした事におのれを恥じるのであった。

 というように、そうした気分をおのおのそれぞれに感じながらも鉄鋼(有)の一言によって、一同はこの場の収まりを感じた。その空気が何よりもその言葉の有効性を物語り、こうして、もはや、さくらじま先生の一行は王子に吸収される事で手を打たれたといっても良いだろう。無論、その背後には、いつ何時(なんどき)でも寝首をかいてやろうと画策するさくらじま先生もいれば、心にわだかまりのある民百姓もいて、そして、合流した途端にどうなるか分からない各地に散った先生の弟子たちもいる緊張状態がある。

 しかし、この男、さつま王子は、そうした危険。命の危機に晒されつつも、その条件を「よし」としてる器のデカさがある。そこに鉄鋼(有)は心底、感服した。と同時に、それに引き換え、我が子と来たらと頭を抱えたくなるような醜態に情けなくなる。しかし、それもまた銀次郎の良さ。バカな子ほどカワイイとの言葉通り、鉄鋼(有)はそうした銀次郎の無鉄砲さが何よりかわいかったし。同時にそれもまた良さだと考えていた。そう。そんな事を考えていた矢先、その我が子はまたしても無節操に動き出すのであった。鬼の力を使い、軽々と佐吉の手を振り払い、佐吉を遠くにぶん投げる。


 「くそ王子ぃぃぃ!!!てめえ!こんなことしてタダで済むと思うなよぉぉぉぉ!!!!!」


 こうして終わりかけた事態はまだ終わらない。しかし、それすらもまた王子の予想の術中なのだ。そろそろこの戦いも終わる時が近い。


 「鉄鋼(有)さん!!息子さんを止めるじゃん!!それを持って和解とするじゃん?どうじゃん?!!止めればいいじゃん?」

 とさっきとは、やや口調を変えてフレンドリーな調子で鉄鋼(有)に暗に命令する王子であったが、それを聞いた銀次郎は当然の如くカチンと来た。その勢いで王子目掛けて、またぶん殴る構えを見せるその時・・・


 「バっカモーーーーーーん!!」


 という鉄鋼(有)の怒鳴り声で銀次郎の動きがビクリと止まる。その隙に鉄鋼(有)は銀次郎の側に駆け寄り、グーで頭をごちん!と殴り、息子を叱った


 「こーのバカモンがー!!おえらいさんを殴んなって父ちゃんが言ってっだろ!!何やってんだ!!オメエ!!」


 この父親の一言に、流石の銀次郎も萎縮(いしゅく)せざるを得ない。と同時に、それを見て、王子が踊りだした。踊り出したっ!!?そう。王子はおもむろに踊り出して、銀次郎目掛けて、ある唄を唄い出したのだ。ある唄!!?そう。それは、あの日、あの時、どれみが唄っていた「あの唄」である。

 その唄を王子は楽しそうに、しかも、大声で踊りながら思いっきり唄い出していた。その行為に一同あっけに取られるも、続いて、佐吉も酒を取り出し、呑みながら唄いながら踊り出した。そして、それに合わせたように部下も何処からか酒樽を持って来て、その樽を割り、酒を酌み交わし唄い出す。その勢いで、どれみを捉えていた者もその手を離し、酒を呑みながら、自由になったどれみに馳走(ちそう)を手渡し、どれみも一緒に唄い出した。

 どれみは、もらった馳走の中からイカ串を片手に取り、それを振り回し、踊り出して、おもむろに銀次郎兄ちゃんも一緒に唄おうといった素振りで手を取る。それにつられ、しぶしぶ小さく唄い出す銀次郎。

 しかし、銀次郎は、唄い出す内にたのしくなり、王子の事など忘れて、出された馳走もほおばりすぐに上機嫌と化した。これに鉄鋼(有)もあっさりと同調し、出された酒をぐいと呑み干し、一緒に唄い、踊り、声を出した。

 鉄鋼(有)は、佐吉から次々と酒をふるまわれ、それをぐいと呑みながら、みなにこっちさ来い!といった素振りで手を動かしはじめる。それに同調し、歩み寄る、妻・鈴と、響鬼(ひびき)夫妻。こうして、ぽつぽつと場が和(なご)み、事態の様相が急速に変わって行った。

 この何だか分からない宴(うたげ)は、もはや、加速度的に広まり、呑気にさくらじま一行の目の前で繰り広げられていた。目に映る光景がにわかにわいわいと華(はなや)ぎ、戸惑う民百姓たち。しかし、その展開たるや非常にスムーズで、さくらじま先生は、これも王子の戦略なのだなと妙に感心し、ここに来て、先生は、いさぎよく降参を決め、自らの野心を諦め、踊り唄い出し、酒の方に寄って、酒をぐいと飲み干した。元より酒好きの先生であったから、その誘惑に目が眩んだ部分もあるであろう。これにより、場は一気にご馳走の前に皆がゆるみ出し、王子の手下の者は酒を片手に民百姓に近づき、豪勢に酒や肴をふるまい出す。

 この調子で、この宴は、夜中まで続き、みんな泥酔した体でその場に眠りこけた。その間、一睡もしてないのは、王子と佐吉と雲助率いる銃撃部隊、そして、鉄鋼(有)と虎之介のみである。銃撃部隊の控える緊張の中、ゆるんだ場で、王子と佐吉、鉄鋼(有)、虎之介の4人は夜を通して語り合い、この国の行方について共有した。

 この一連の所作、自身のみは緊張を全くとかずに場をゆるめた王子の手腕に対し「お見事!」としか言いようのない鉄鋼(有)と虎之介は、この日以来すっかり王子と打ち解けて、その意識は、もはや、完全に同じ方向、つまり、一揆の平定へと向かい出したのだ。とりわけ、荒神栃之伸の成敗について、王子と2人の意見は完全に同調し、既に意識はそちらの方向に向かっていた。

 こうして、王子とさくらじま一行は鉄鋼(有)と虎之介を媒介に仲を取り持ち、その翌朝、一緒に荒神征伐に出かける事になる。これにより、さつま王子はまた一つ大きな力を得て、それが王と幕府、異国に対抗する大きな力となるのであった。しかしながら、いぶし銀次郎。彼だけは起きて目が覚めたら爆発するような、やんちゃ坊主である。火種は幾つも懐に抱えながら、それでも、王子は道の先目指して、確実にその歩みを進めつつあった。この時、王子のその優秀さは、もはや誰の目にも明らかで、もはや、王子の事をバカだと思う者は減りつつあったという事が言えるだろう。


◇◇◇


 荒神栃之伸は、いまや、さくらじま一揆の中心的存在となっていたが、それは同時にこの一揆が、もはや世直しから外れている事を意味し、ここに至っては、この一揆は民百姓から完全に心が離れているという、よくありがちな本末転倒に陥っていた。

 荒神自身も、そもそも左程、器の大きい男と言えず、この事態を収拾つける術はもはや無く、むしろ、海賊や山賊出身の側近の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)ぶりに手をこまねいていたのが実情で、遅かれ早かれこの事態は何処かで何かの内部分裂を起こしていた。それ故、きっかけさえあれば、すぐにでもデッドエンドするのは自明であった。

 この自明性が今や村々に伝わり、荒神の悪行が広く喧伝されて、王や王子に荒神の裁きを待望されるようになってきた丁度その頃、ずばばばばーん!と荒神はあっけなく、さつま王子配下の雲助の銃によって殺された。

 続いて、周辺にいる荒神一行の賊どもを雲助率いる銃撃部隊が瞬殺。一行の残りの民百姓出身の武装勢力は銃で殺さず、王子や佐吉、鉄鋼(有)や虎之介の剣によって、残らず、あっさり捕えられた。

 これは、たとえ同調圧力による恐怖を盾にしぶしぶ付き従っていた民百姓とはいえ、暴走して村々を襲った罪は重く、その罪は罰せられねばならないというのが王子の基本的な考え方があったからだが、とはいえ、同情の余地あり、殺すには忍びない。そこで一人残らず、そこに参加した勢力は逃がさじといった布陣で、この時、銃殺はせず、計315名の民百姓を総勢で捕えるに至ったのだ。

 この時、人員を多めに動員してはあったものの、王子自ら、その武装した民百姓を剣によって平定するというリスクをあえて冒したのは、王子が先頭に立つ事によって、その危険を部下に了承させる意味も踏まえつつ、同時にその中に使える戦力が混じってないか自ら検討する為でもあった。

 しかし、結果的には、全ての者があっさりと王子たちに捕まって、使えないクズばかりである事が判明した。やはり、クズに集まるのはクズのみという事だったのだろう。王子の側には怪我するものすら出ない程の圧倒的な力の差で事は収まった。

 こうして、さつまの国の内乱は、落ち着く所に落ち着いて、結局は、さつま王子の完全勝利で、この幕はあっさりと閉じられる。

 これにより、名を挙げたのは、無論、さつま王子である。もはや、さつまの国には、王子をただのバカだと思う者は完全な少数派となり、むしろ、王子が動き出すまで事態を平定できなかった王を無能と嘲る風潮が出て来たのだ。そうなると、王への風当たりは、いよいよ強く、王子は従う兵力も含めて、もはや、王を脅かす存在になってきたと言う事が言えるだろう。

 しかし、王は王。ここまでの事態は、所詮、ガキの遊びよ。と、ようやく事態を大きく流転させる行動に出るのであった。そう、もうすぐである。もうすぐ、いよいよ王は動き、この国は本格的な激動に見舞われる事になるっ!!


つづく!

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