進歩性と実施可能性の関係についての経験則《知財系 Advent Calendar 2021/12/15》

知財系 Advent Calendar 2021の12月15日分を担当させていただいている【が】と申します。普段はメーカーで知財部員(インハウス弁理士)をしています。
ツイッター知財クラの人気者、真さんからバトンを引き継いで12月15日ぶんのアドベントカレンダーを書きます。

今回、あくまで当方の経験則ですが、特許発明の進歩性と実施可能性との間にある法則について書かせていただきます。



1.進歩性と実施可能性の間には反比例の関係がある

企業知財で所謂toC製品の発明発掘活動を10年以上続けていますが、表題の通り「進歩性と実施可能性の間には反比例の関係がある」という法則があると感じています。

進歩性と実施可能性の間には反比例の関係がある

どういうことか、以下「エアバックの発明」で、その作用を説明します。(あくまで例示であり、厳密性を欠いた説明であることはご了承ください)

たとえば、従来技術として「前方からの衝突を検知すると運転席のエアバッグが開く」というものが存在するとします。

従来技術:運転席にエアバック

この従来技術が、存在している場合において、たとえば「前方からの衝突を検知すると助手席のエアバッグが開く」という出願をしたとき、特許権を取得できるでしょうか?

発明1:助手席にエアバッグ

おそらく、特許権は取得できないでしょう。従来技術からの差分が「運転席」「助手席」のみのため、特許性(進歩性)弱いためです。換言すれば「運転席からエアバックが飛び出す従来技術に基づいて、助手席からエアバックが飛び出す構成を想到することは、当業者にとって容易である」という旨の拒絶理由通知を受けるかと思います。

一方、今度は「前方からの衝突を検知すると、車のボンネットから外側に向かってエアバックが開き、前方の車を跳ねのける」みたいな、ぶっ飛んだアイデアの出願をしたとします。これは特許権を取得できるでしょうか?

発明2:外側エアバッグ

このアイデアについては『特許権を取得できる可能性がある』と私は考えます。

仮に「運転席からエアバックが飛び出す従来技術に基づいて、車外側に向けてエアバックが飛び出す構成を想到することは、当業者にとって容易である」という拒絶理由通知を受けたとします。

しかし、これに対してはたとえば以下のような反論が可能です。

「引用発明は車の『内側』において『内部』の『人間』を守ることを目的としたエアバック膨張であるところ、本願発明は車の『外側』において『外部』の『車』を守ることを目的としたエアバック膨張を特徴としています。すなわち『内側と外側』『内部と外部』『人間と車』と対比における相違点は、それぞれ全てにおいて正反対の概念であり、換言すれば引用発明と本願発明は全く正反対の技術思想の関係にあります。このような正反対の引用発明に基づいて、当業者は本願発明を想到できるはずがありません。」


つまり、少なくとも「助手席エアバック」よりも特許される可能性は高いことがわかります。

がしかし、実際に「前方外側エアバック」という発明が、各車メーカーによって新車に実装されるでしょうか?

少なくとも「助手席エアバック」に比べて「前方外側エアバック」が実際に実施される可能性はかなり低いことは直感的に理解いただけると思いいます。

すなわち、「前方外側エアバック」は、「助手席エアバック」と比べて、特許される可能性は高い一方で実施される可能性は低いことが分かると思います。

今回エアバックを例に説明させていただきましたが、企業知財部員として10年以上のキャリアを通じ、この「特許性と実施可能性の反比例の関係」は、知財業界においてかなり強力な法則であると感じています。


2.結果、「量が質を生む」理論を実行すると、実施可能性が乏しい発明ばかり出願権利化される

一方、企業知財の実務として「特許出願をすればするほど確率論的に『良い特許発明(誰もが実施したがる発明)』が取得できるはず」という神話が大昔から存在します。

確かに、大当たり特許権を取得できる確率が仮に1%だとすると、10件出願した場合より100件出願した場合の方が『良い特許発明』を取得できるように感じます。

がしかし、この神話は本当に真なのでしょうか?

もちろん技術分野にもよると思われますが、いろいろな技術分野の知財マンと話していると、たとえば上述のエアバック(車)のように、「コンシューマー向け商品」の技術分野においては、この神話は成立しないことが多いようです。

何故ならば、上記1で説明した「前方外側エアバック」で特許権を取得できることに味をしめた発明者が、「後方外側エアバック」「上方外側エアバック」「右側外側エアバック」・・・という『ポートフォリオ(?)』を形成するようになるのですが、この「外側ポートフォリオ」の出願をすればするほど、実施可能性が高いはずの「助手席エアバック」から技術思想が離れてしまうためです。

換言すれば、特許性を追い求めれば追い求めるほど実施可能性が低くなっていく現象が発生してしまいます。

特許性を追い求めて実施可能性の低い発明ばかり出願してしまう

すなわち、「量が質を生む」という神話は、技術分野によってはこのような真逆の結果を導いてしまいます。


3.良い特許発明とは「現実から数センチ浮いたところ」を狙った地味な発明である

では「良い特許発明(誰もが実施したがる発明)」を取得するためにはどうすれば良いのでしょうか?

これは、つまるところ、発明をするに際して、特許性なんか一切気にせずに、ひたすら「実施可能性」を追い求めることに尽きると思います。

換言すれば、現実から「ホンのチョットだけ乖離した発明」を思い求めるべきであって、進歩性主張の容易さから安易に「ぶっ飛んだ発想の発明」に落ち着かないようにすることかと思われます。

上記例で言いますと、進歩性の低い「助手席エアバック」で何とかして特許権が取得できないかを一生懸命に考える、この活動が泥臭くも一番重要かと思われます。

なお、もっと端的な例を出しますと、いわゆる標準規格特許(SEP)はこれに該当するのではないかと考えています。
標準規格化活動により、現実(規格)のほうを特許発明に近づけるという活動が行われている分野だからです。

なお、もっとアドベントカレンダーの12月1日に「べんりしえぬ」さんがSEPについて書かれていますので、よければそれもご覧ください。


4.最後に

以上「進歩性と実施可能性には反比例の関係がある」ことについて説明させて頂きました。

このドキュメントが「発明者が全然、他社製品に引っかかる発明をしてくれねぇんだよ」と 嘆いている知財部員の助けになれば幸いです。


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