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22.法令遵守の落とし穴

当たり前のことですが、企業の安全衛生活動において「法令遵守」はとても重要です。産業医が関わるものでいえば職場巡視や健康診断、衛生委員会など多くの法的要求事項があり、企業はそれらを遵守することが求められます。しかし、ここにいくつかの落とし穴がありますので注意が必要です。

中身なき法令遵守の落とし穴

多くの法的要求事項は中身・質は問われません。その事項を実施したかどうかでみられます。そのため、やっているだけで実効性がないことも往々にしてあります。PDCAを回さずに、毎年同じことをやっているだけ、形骸化・マンネリ化しているというケースもあります。産業医として、企業の安全衛生活動を確認する際に、やっているから大丈夫と誤解せず、その中身・質・実効性などを確認するようにご注意ください。

主体性なき法令遵守の落とし穴

「法令で定められているから~~をする」という考え方は、なぜその事項をしなければいけないのか、といった背景を考える機会がなくなり、企業としての安全衛生活動の主体性を奪うことがあります。特に安全衛生活動は予防的な活動ですので、危機感や必要性を感じにくい側面があります。本来は安全衛生活動は、自らで主体的・自律的に考え、実施・推進していく必要がありますが、法令で定められている最低限のところで止まってしまうこともあります。産業医として、企業の安全衛生活動を推進していく際にも、「法律で定められているから」ということだけではなく、主体的・自律的に取り組んでいく姿勢を支援していく必要があります。

5か年計画作成される労働害防止計画においては、それ以前は労働安全衛生法のもとに膨大で詳細な規則をつくり,その実施を監督指導する方法,つまり「法規準拠型」の手法をとっていましたが、第10次防(H15~)からは産業現場の自己責任(「労使の自主的な取り組み」と表現)を基本とする「自主対応型」へ大きく転換しました。(資料2より)

後追い型の法令遵守の落とし穴

「労働安全衛生法は先人の血で書かれた条文である」、といった表現もある通り、これまでに起きた事故や災害があり、そこで犠牲になった労働者の上に作られるものであり、基本的に法令は後追い型とも言えます。新しい設備や技術、働き方といったものは法令でカバーされていませんし、法令を守っているからといって労働災害が起きない保証は一切ありません。労働災害を防ぐためには、過去に発生した労働災害から学び、労働災害発生後に行う事後対応(後追い型)だけではなく、予防的対応(先取り型)が重要です。

化学物質の自律管理が本格的に検討されたのは、膀胱がんや胆管がんの事例で日本で職業性がんの発生が防げなかったという教訓からと言われています。後追い型から、先取り型に転換することで、職業性がんの発生を予防することが期待されます。

労働者不在の法令遵守の落とし穴

安全衛生活動の主役は労働者自身であり、労働者自身が参画しない安全衛生活動はありえません。衛生委員会に労使半々の参加が定められている通り、労使が協力して行う必要があります。しかし、多くの法令は事業者に対して規定されており労働者に対するものではありません(事業者>労働者)。実際には、一部の者しか安全衛生活動に関わっておらず、大多数の者は興味・関心が低いといったケースもあります。労働者自身が安全・安心に働くための安全衛生活動ですので、労働者が不在にならないように巻き込んでいくような取り組みが重要です。

おまけ1

山田洋太先生が紹介している英国のローベンス報告は、非常に有名なもので、英国が法令遵守型から、自律管理型へ転換するきっかけとなったレポートです。ぜひこちらの記事をお読みください。

おまけ2

産業医選任についても「法律だから産業医を選任した」「労基署に言われたから産業医が必要になった」という企業も多くあります。そうした企業では、産業医が何をしてくれるのか、産業医に何をして欲しいのか、といったイメージを持っていません。これでは、産業医としての活動が制限されてしまいますし、企業にとっても、その企業の従業員にとっても、そして産業医にとっても不幸です。企業と契約する際や、日々の産業医活動の中で、活動の意義や目的といったものを整理、説明していくことが重要になります。

参考サイト

1. 労働安全衛生のリスクアセスメントをはじめよう(厚生労働省)
2. 池田智子.(2013). 産業看護職が果たしてきた役割と今後の展望.産業医科大学雑誌 第35巻 特集号 『産業医と労働安全衛生法四十年』: 59-66


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