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教え子の話 〜成長に常識はないって話

僕は民間教育に関わる仕事をしています。小学生や中学生に、塾という空間で受験指導に関わる体験をたくさんしてきました。僕は受験など単なる手段だと思っています。でもその「手段としての受験」ではなく「自分と向き合う機会」としてこの体験ができると、これを機にちびっ子達が大きく成長する姿も沢山見てきています。一人一人が自分なりに将来・未来を楽しく自分らしく考えるきっかけになれば良い。そんな思いがあるので、「受験指導」ではなく「民間教育」と言う言葉に拘りがあります(民間という言葉を入れているのも拘り)。かれこれ8,000以上の生徒・ご家庭と関わってきました。その一人一人に溢れる個性やドラマがあって、僕にとってどれも忘れられない記憶なのです。

今回はその中で、中学受験にチャレンジした「きいちゃん(仮名)」という女の子のお話。夏は10代にとっても、受験生にとっても特別な季節。暑い夏の日に、彼女と歩んだ受験までの3年間の思い出を・・・

【初めての出会いと母親の告白】

初めてきいちゃんと出会ったのは彼女が小4の時。僕が新しく赴任した教室現場で、新しく担当するクラスに彼女はいました。僕はいつものように準備をして、どんなちびっ子達かなぁ、とできる限りイメトレしてから授業に臨みました。

一番前に座っている女の子。パッチリとした目が印象的。嬉しそうに、でも幾分緊張した様子で僕を見ています。最初の授業はとっても楽しそうに授業を受けてくれて、沢山話してくれて、最初の授業はあっという間に時間が過ぎました。

その後お母様にご挨拶のお電話をしました。僕は必ず一緒に学ぶちびっ子達のご家庭に連絡をして、最初に面談をさせていただくようにしています。沢山ご家庭のこと・これからのこと・お母様の期待や不安を聞きたいから。一度会ってゆっくりとお話を聞かせてください…と、きいちゃんのお母様とも面談の約束をしました。そして面談の日。ご挨拶と簡単な世間話をして、本格的な話題に入ろうとしたその時、お母様が話し始めました。

「先生、先に伝えておきたいことがあって。うちの子は脳と精神的な発達のバランスが悪いって医者に言われているんです。学年は小4で年齢は10歳ですけど、脳年齢というか精神年齢は小1のままなんです」

僕は一瞬固まりましたが、たくさんの子供達と接しているとそんなに特殊な話でもありません。「発達障害」と言われることもあるみたいです。が、よくある・・・は言い過ぎですが実年齢と精神年齢のバランスがうまく取れないということは、沢山ちびっ子達と接しているとよく出会うことはあるのです。「発達障害」という言葉は大袈裟な気もします。中高生くらいになると一致していくることが多いみたいだし、実際接していてそんなに違和感がある子はいません。お母様にそんなことも話したと思います。穏やかな表情で僕のお話を頷きながら聞いてくださった後、お母様が再び話始めました。

「そう、先生のおっしゃる通りで大体10代のうちに成長に合わせて精神年齢と実年齢があってくることが多いんですって。でもうちの子は違うみたいなの。多分ちゃんと実年齢と精神年齢が一致するのは27〜28歳くらいだろうって。」

初めてのケースで次の言葉がうまく出ず、ただお母様をじっと見つめて深く頷いた記憶があります。とても楽しそうに、前向きに授業を受けていてくれたように見えたけど・・・。あの時、この子はどんなことを思っていたのだろう?外ではできる限りみんなで楽しく過ごすように、その子自身が彼女なりに精一杯工夫をしているようだ…とのことでした。その分感情の吐け口はお家へ帰った時。お母さんには思いっきり感情をぶつけて暴れることもあったみたいです。


【お手伝いと麦】

きいちゃんは面談の時、2回に1回くらいは一緒に面談部屋について来る子でした。隣の部屋で待っていても良かったし、お家にいる分には問題ないらしいのですが、きいちゃんは面談でもどんな話をするのか興味があったみたいです。きいちゃんが初めて面談に一緒にきたのは2回目の面談の時。(確か6月くらいだったかな…)僕は最初の面談での話が少し気になったのですが、「あ、先生気にしなくても大丈夫ですよ。この子先生のことは気に入っているから塾も休みたくないっていうし、色々何と無くわかっているみたいだから。」とお母様。きいちゃんも隣でニコニコしながらじっと僕を見ています。この子が精神年齢のバランスが崩れているとは思えなかったです。

お母様「この子一人ではバスとか乗れないんですよ。ね?」

きいちゃん「うん!一人だと乗れないな(笑)!」

あいも変わらずニコニコしているきいちゃん。でも家に帰って虫の居所が悪いとお母さんに八つ当たりする・・・?想像がつかないなぁ・・・。お話が進んでいく中で、きいちゃんはたまに近所に住んでいるお婆ちゃんの家に行くのが楽しみ、ということを話してくれました。

きいちゃん「うちのばあちゃん、庭に畑があるんだよ!」

ソガ氏「え、マジで!?それはすごい。畑手伝ったりするの?」

きいちゃん「ううん、手伝ったことない(笑)」

僕は笑いながら、なーんだ・・・と合いの手を打った後少し考えてからきいちゃんに話しかけました。

ソガ氏「きいちゃんさ、畑仕事これからちょこちょこ手伝ってあげなよ。お婆ちゃんの手伝いしてあげんの。喜ぶし、きいちゃんにも良いことあるかもよ?で、たまにそのこと先生にも教えてよ。どう?」

僕はその時なぜそんなことを言ったのか、実は自分でもあまり覚えていません。明確な理由があったわけではないですが、どこかで土に触れることで人の精神的なバランスが取れるとかいう文章を読んだような…何だったかな?そんなことを思いながらきいちゃんを見ていたら咄嗟に出てきた言葉だったのです。きいちゃんはあっさりとOKしてくれました。お母様曰くとても珍しいことだそうで。何しろお手伝いなんてやらせようものなら大ゲンカだったみたいです。こうしてきいちゃんは、週2回の塾通いと、週1回のお婆ちゃん家の畑仕事が習慣となりました。

その2週間後。いつものようにきいちゃんがやってくる日。首からタオルを下げたきいちゃんがやってきました。教室に行かず、まっすぐに僕のところに来ました。「はい先生!これ!」突き出した手には青々とした麦の稲穂が握られていました。「どうしたの?これ…」と僕が聞くと、なぜだかこの麦を僕にもらって欲しいと思って、畑からずっと手に握ったまま歩いて来たのだそう!僕は笑いながら「ありがとう、メッチャ嬉しい!大事にするわ!」と言って机にしまいました。この麦は結果的に彼女が受験を終えるまで、机の中で枯れてバラバラになっていましたが机の中にずーっと居続けることになりました。

【葛藤と受験】

お医者様の診断では27歳くらいまでは精神年齢はずっと幼いまま。でもきいちゃんの胸の内は、本当のところ僕にもお母様にもわかりません。楽しく勉強をしていましたが、気づけば彼女も小学6年生になっていました。土地柄、私立中学入試をする子も多い。お母様もお父様も受験についてとても迷っていました。それもそのはず、きいちゃんは電車もバスも一人で乗るのは困難です。勉強はしていますが、果たしてきちんと身についているのかどうかだって正直わかり兼ねます。いよいよ受験を考える時期がきてしまった・・・。もちろん受験をしないという選択肢もあるのですが、地元の公立中だと、それはそれでこういう子である、と理解してくれて対応してくれるのか?お母様はそこを大変不安がっていました。かと言って私立に通えるのか?迷ったお母様とお父様が面談にいらっしゃいました。きいちゃんも一緒に。そして今後どうして行くか、葛藤・迷いを話してくれました。

僕は黙ってお話を聞いていました。お母様の思い、お父様の期待と不安。答えなんてそんな簡単に出るわけがないのです。でも精一杯悩み、話し合い、あーでもないこーでもない…を繰り返します。きいちゃんもいつになく神妙な顔で横に座ってうつむいています。1時間・2時間話しても不安は拭えない…。僕はきいちゃんに話しかけます。

「きいちゃんどうする?受験したい?勉強大変かもだけど。」

簡単に、シンプルな言葉で聞いてみます。少し考えて、誰に目を合わせることもなく空中を見つめているきいちゃんがポツリと言いました。

「・・・受験してみたい。受験する。」

お母様もお父様も驚いていました。そもそも受験がどういうことかもわかっていないのでは?大変の意味もどれくらいわかっているのか?脳はまだまだ幼すぎるこの子に無理をさせて大変なことになったら…。そんな不安がたくさん浮かぶことは当然です。いざ受験!となると今度は不安が襲ってきて無理しなくても良いんだよ?ときいちゃんを説得するような構図になります。でも彼女は空中の1点を見つめたまま、顔を真っ赤にして「受験する」としか言いません。1回言いだすと周りのいうことを聞かなくなるのもきいちゃんの性格。こうして彼女の受験生活が始まりました。

【おにぎりと受験生活】

受験生となったきいちゃんのためにできることは何か?希望に合わせて、きいちゃんの成長や状況に合わせてじっくり勉強できるように環境を整えました。もともと一緒に学ぶことは好きでも、宿題なんて大嫌いな子です。でも、受験生になるってことはそれなりに覚えること・やらねばならないことも増えます。やる時間や分量などをいろいろ考えました。そして彼女はほぼ毎日教室にやってくるようになりました。自習室で勉強をするためです。大きめのおにぎりを2つと水筒、そしてテキストをカバンに詰めてやってきます。自習室に入って30分くらいするとおにぎりを持って出てきます。ベンチに座って美味しそうにおにぎりを頬張ります。何だかおにぎりを食べることが最大の目的に見える感じ(笑)。僕は時折彼女の横に座って、おにぎりを食べる彼女の横でとりとめのない話をしていました。僕なりに励ましたい気持ちと、何とも言えない切なさを心のどこかで感じていたと思います。精神年齢は6歳〜7歳くらい。そんな子に、こんな無理させても…。

受験生となった1年間で、何度かお家では大げんかになったこともあったみたい。とにかく勉強をしない。宿題もしない。家で暴れる。どうしようもない感情が溢れて泣き叫ぶ。でも…お母様が「そんなに嫌なら無理しなくてもいんだよ?」というと、それも嫌だと真っ赤な顔で泣き叫ぶ。じゃあ勝手にしなさい!とお母様…。そんなことがあったようです。きいちゃんはそんなこと僕にはこれっぽちも愚痴りません。おそらく知られたくないんでしょう。自分のそんな姿を。

ソガ氏「なんか家でお母さんと喧嘩したらしいじゃん?」

きいちゃん「うん・・・?いや、だってお母さんがうるさいんだもん(笑)」

泣き叫んで暴れる様子が想像できない受け答え。本当に精神年齢が追いついていないの?大人な対応だなぁ…そんなことをぼんやりと思いながら、その日もお母さんの作ったおにぎりをパクつくきいちゃんを眺めていました。夏の暑い日も、寒い冬の日も、一体どこに頑張れる動機があったのかはわかりませんが、きいちゃんは黙々と勉強を続けたのでした。

【常識という非常識】

いよいよ受験直前。小学生が受験をするとなると、いろんな準備も必要です。バスの乗り方・電車・時間割。お母様が付き添うとはいえ油断は禁物。最大限の注意を払いシミュレーションを繰り返します。そして受験の日。午前中と午後にそれぞれ受験があり、合間に昼食をとって移動するそいう過密なスケジュールでしたが、彼女の希望でありお母様もこの学校ならば…と考えた組み立てでした。ところが心配していたトラブルが起こってしまいます。お母様も付き添ってくださっていたのですが、乗るはずだったバスに乗れずに遅れてしまった…。慌てて試験時間ギリギリに滑り込んで、学校側の優しい対応もあって何とか受験はできたけど軽くパニックの状態になっちゃった…と。もう終わってしまったものは仕方ありません。あとは結果を待つばかり。

そして受験の結果。教室できいちゃんとお母さんからの報告を待っていました。結果は発表の10数分の後、教室の電話がなります。きいちゃんのお母様からです。

「先生、受かってた。合格してましたよ!」

何と彼女は受験した2つの学校とも合格を果たしたのです。僕も、教室スタッフも驚きと喜びが入り混じって、そして興奮に湧きました。こんな奇跡があるんだ、と。普通に考えれば6歳か7歳くらいの子が自力で選んで、努力をし、およそ年齢に合わない難解な問題に挑んだ。それだけでもすごいのに、その上成功も収めてしまった!そういうことなんです。僕はきいちゃんとお母さんが改めて直接報告にきてくれるのを待ちました。数時間後、彼女とお母さんがニコニコしながら教室にやってきました。いつもの面談室に入ります。席についてゆっくりと話し始めます。

ソガ氏「きいちゃんやったじゃん!おめでとう!」

きいちゃん「うん」

ソガ氏「どう?今の気分は?」

きいちゃん「ばあちゃんの豚汁食べたい!

ソガ氏「ほ・・・(笑)」

僕はいつも、ちびっ子達が繰り出す「斜め上な発想」を想定して準備しているのですが、きいちゃんはその更に斜め上をいってくれました(笑)。多分彼女のこの受験体験や結果は、普通の考え方や常識的なセオリーではまず得られるものではなかったと思います。そもそも受験なんてさせようとも思わないかもしれません。でも常識的な方法を壊して作った経験が、そこにはありました。なぜ常識を破壊できたのか?答えは簡単で、そこに彼女の主体性と選択があったからです。考えてみれば当然のことで、3歳くらいのちびっ子は、自分が夢中になれるものを見つけると、それをいつまでもいつまでもいじって遊んでる。そんなこと沢山ありますよね?多分今の日本だと、幼稚園とか「集団行動を要する環境」に身を置くことが始まった辺りから「普通という価値」を少しずつ刷り込まれて行くのでしょう。そして気がつくと「常識が正義である」という軸で物事が進んでいく。選ばれていく。でも、一人一人個性や自分だけの価値基準ていうものはあるわけで、それが「常識という正義」によって潰されてしまうことがあるとすると、そんな常識こそ不謹慎な非常識なのかもしれません。きいちゃんとの受験体験は、僕にそんなことを教えてくました。

自分で選ぶ。常識という壁がありすぎて、実はかなり難しいことになってしまったのかもしれません。でも、少しずつでも自分で選ぶことにチャレンジすると、人生において非常識な成功を手にできるのかもしれません。

彼女はこの夏、17歳かな?もう高校生。元気にやっているかな?畑の匂いと、おにぎりの味は忘れないでいて欲しいなぁ、なんて思ったりして(笑)

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