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【小説】さくさくと、林檎色。

 凛子さんはむしゃくしゃしている。取引先で嫌なことがあったらしい。がっがっがっと、そのイライラが歩き方に出ている。パンツスーツをカッコよく着こなす凛子さん。ジャケットを小脇に抱え、すこし腕まくりをしながら歩く。ずんずん歩く。じんわり汗ばむ陽気。あ、凛子さん、気をつけて!と言う間もなく彼女の視界に広がる白色の布。
「なにこれ」
暖簾だよ。アップルパイ屋さんの大きな暖簾が風に吹かれて凛子さんの視界に広がったの。
「アップルパイ……」
凛子さんはふーんと言ってお店に入る。ショーケースには品種ごとに並べられたアップルパイ。その中から一つだけ選んで、リンゴジュースも注文。お会計を済ませて、店の前に置かれたベンチにどかっと座る。ふぅと息をついて、買ったアップルパイを口にする。

さくっ。

あー…っと言いながら上を向く凛子さん。視線をアップルパイに戻して、ぐっと睨みつけるように二口目。さくさく。リンゴジュースも口にする。ごくごく、さくさく、ぺろりと完食。アップルパイもリンゴジュースもごちそうさま。

「生き返った」

平日の昼下がり、人通りの少ない商店街。行き交う車をぼんやり眺める凛子さん。
「私もだけどさ」
と、軽く投げ出した足をぶらぶらとさせながらおもむろに口を開く。
「君も、結構ぼろぼろだね」
足をぶらぶらさせるのをやめて、凛子さんは私を優しく撫でる。
「買った時は林檎みたいに綺麗な赤色だったのに」
……そうだよ、もうぼろぼろです。雨の日も風の日も、いっぱい歩き回る凛子さんを支えてるからね。
「今日はもう仕事、サボっちゃおうかな」
だめだよ。
「それで、君を修理に出しに行くの」
嘘、いいアイディア。
「ねぇ、知ってる? 素敵な靴は素敵なとこに連れてってくれるんだってさ」
知ってる。
「ありがとね」
どういたしまして。
んーと伸びをしながら立ち上がる凛子さん。アップルパイ屋さんに軽くお辞儀をして歩き出す。さくさくさく。先ほどの不機嫌な歩き方はどこへやら。軽くなった凛子さんの足取りを私は今日も支えている。



🍎🍏🍎



【あとがき】
長野といえば林檎、林檎といえばアップルパイ、アップルパイといえば信州アップルパイ研究所Qさん。その日その日で使用される品種が異なるアップルパイ屋さん。手土産にも自分へのご褒美にもぴったり。

住所 ▷ 長野県上田市中央2-4-12 シェーナウーノ101
営業時間 ▷ 10:00~18:00(火曜日定休)

※登場するお菓子や舞台となったお店は実在しますが、この物語はフィクションです。

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