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【小説】あんこ、クリーム、はんぶんこ。

「帰りさー、じまんやき食べてこ?」
「……じまんやき…って何?」

 転校初日。なぜか隣の席の子と意気投合した。新幹線で90分。それくらいの距離だと自分に言い聞かせながらも、住みなれた東京を離れ、新しい街、新しい学校にはやっぱり緊張する。いや、正確には緊張していた。先生に紹介され、自分の席に座るやいなや、隣の席の子が話しかけてきた。その人懐っこい笑顔と話し方にいつの間にか私の緊張はどこかへと消えていた。そして今、私は商店街のベンチに座っている。じまんやきを知らないと言った私の手を引いてきた彼女は「座って待ってて!」と、どこかへ行ってしまった。それにしても、じまんやきってなんだろう。ぼんやり考え込んでいると彼女が戻ってきた。

「あんことクリーム、どっちがいい?」
「えっと、あん、こ?」
突然の問いに首を傾げながら答える。はいと差し出されたそれはお祭りでよく見かけるやつだった。
「今川焼き?」
「私たちはじまんやきって呼んでる」
そう言って彼女は私の隣に腰掛け、じまんやきを食べ始めた。
「食べないの?」
こてんと効果音が聞こえてきそうな首の傾げ方をする彼女を見て、慌ててじまんやきを口に運ぶ。あ、美味しい。
「だよね」
「え?」
思わず口を押さえた。
「口に?」
「出てた、出てた」
そして彼女はおもむろに残った2つのじまんやきを丁寧に半分に割った。美味しそうな小豆色とクリーム色があらわになる。何してるの?と口にするよりも早く、彼女はあんことクリームのじまんやきを合体させ、はいっと差し出してきた。ぱちぱち、ぱち。思いもよらない行動に瞬きの回数が増えた。
「美味しいから」
ね?と首を傾げる彼女。恐る恐る合体したじまんやきを受け取り、えいやと口に運ぶ。思わず彼女の顔を見る。彼女は嬉しそうに目を細め、小さく何かを呟いた。彼女が何と言ったのか気になりつつも、まだお礼を言っていなかったことを思い出した。
「あ、あの、これ…ありがと!」
「どーいたしまして!」
ひゅっと気持ちのいい風が商店街を通り抜ける。
「ようこそ」
「え?」
「ようこそ、上田へ」
思いもよらない言葉に目を丸くしていると、
「そう言ったの、さっき!」
と、口の端にあんこをつけた彼女が笑った。


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【あとがき】
海野町商店街に位置する富士アイスさんとそこで買えるじまんやきのお話。1つ80円という価格で老若男女に人気のお店。あんことクリーム、たまに季節限定の味がある。

富士アイス
住所 ▷ 長野県上田市中央2-10-14
営業時間 ▷ 9:30~19:00(火曜日定休)

※登場するお菓子や舞台となったお店は実在しますが、この物語はフィクションです。


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