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空間におけるL/M/S〜押野見邦英さん講演録

2018年11月14日、マスターウォール銀座で開催された新作LSチェア発表会で、k/o design代表の押野見邦英さんが講演された内容が興味深かったのでまとめておく。※写真は一部を除き当日投影された映像の複写である。

空間におけるL/M/Sという話。

押野見さんはおもむろに、喜寿を迎えるにあたり自分に活を入れようと訪れたニューヨークのエースホテル(ACE HOTEL)のエピソードから話はじめた。

「クローゼットもなく味気ないこの空間に入ったときは、なぜこんなYMCAをちょっと高級にした感じで300ドルもするのかと思った。しかし数日すると、不思議と居心地がいい。実はこのエースホテルは、周囲と調和するコミュニティホテルの考え方を示しており、環境、建築、インテリアが見事に調和していることに気づいた」

エースホテル・ニューヨークは、29丁目のダウンタウンにある1905年の建物をローマン・アンド・ウィリアムスがホテルにリノベーションしたもの。部屋ごとに異なるインテリアが施されているほか、ロビーは宿泊者以外も出入りできるようなコミュニティーの中心と位置づけられており、L=環境、M=建築、S=インテリアの3つがシームレスに共存しているという。

その裏付けとして押野見さんは、フィンランドのアルヴァ・アアルトによるマレイア邸(1937)や、フランク・ロイド・ライトの落水荘(1973)などを引き合いに出す。自然と建築、さらには環境と建築、インテリア、家具が完全に調和していることの重要性を指摘したのだ。

この日はマスターウォールより発表された押野見さんの新作、LSチェアの発表会。にもかかわらずなぜこんな導入なのか? その背景には、このL=環境にはじまり、M=建築、そしてS=インテリア(ファニチャー)がひとつ輪の中にあること、このLSチェアのコンセプトもそこにあるとの”暗示”があったのだ。

近年の押野見作品を見ながら考える。

(1)洗足学園のSilver Mountain とRed Cliff、LAWN

ここから押野見さんの近作紹介となる。最初は洗足学園音楽大学のシルバーマウンテンである。

本作は、建築というよりも風景として考えられたもの。そこから、LAWN、およびATAGE OF LAWN(建築中)が派生していく、という。
この作品の外に対するメッセージ性はいわずもがなだが、同時に内に対しては学生達に「君たちのやっていることは自由だ」と伝えたいとの願いが込められている。

”シルバー”マウンテンと称するからには、輝くステンレスで覆いたいと押野見さんは考えた。ところが、この滑らかなフォルムをステンレス板で覆うためには、一枚一枚違う板で繋ぐ必要があった。
もちろん予算もある。そこで、コンピューターでできる限り相似形となるよう計算し、全部で8000枚を要する板のうち、イレギュラーな形のものを500〜600枚程度に抑えた。
このように、コンピューターに情報を与えて描かせたものをベースに人が手を入れて完成させるパラメトリックデザインを採用しているが、実際の取り付けには”はぜ”加工というアナログな手法を用いているのがまたいい。

シルバーの外観に呼応するよう関連性を持たせた内装にも吟味が重ねられ、床に使用した安山岩や漆喰の中塗り材にはイタリア材を採用。また、建物の外郭に対する室内に相当するリハーサルルームは、いわば最中(モナカ)の皮と餡のようなのもの。そこで内装はコンクリート打ちっぱなしとして素材のよさを生かし、敢えて「ウソがない仕立て」にしたという。

このリハーサルルームの音響については、以前「ホワイエ」誌(ステレオサウンド刊)で取材をさせていただいたことがある。
敢えてルームinルームにはせず、向かい合わせの壁を波形にすることで定在波を抑制。19mmのスラブの間で吸音し、クリエーションバウマンのアコースティックカーテンで調音している。光、カタチ、素材の力でドラマチックな演出が施され、外側の曲面と内側の直線が交わる緊張感に溢れた、使い手もエキサイティングになる空間だ。

「事件が起こるといい建築ができる」とは押野見さん。
逆に言うと、押野見さんの設計は、”こうせざるを得ない”ところまで追い込み、作り込まれる。それが「特別な考慮をしなくても、突き詰めて行くと必然的に生まれてくるソリューション」に行方を委ねるということなのだ。
そして最終的には、優れた手業(左官)がその事件を解決に導いてくれる。使い手も人間なら、作り手も最後は人間の手に委ねられてこその必然といえよう。

(2)Villa Morito 葉山
押野見作品のふたつめは、この建物。1階はカフェ、2階はバー、そして3階及び屋上ジャグジーは一日一組2名だけを受け入れるのバケーションレンタルルームである。
http://villa-morito.com/

特徴は、この1本の松にある。公道から敷地に枝が差し込んでいる。

葉山町役場はこれを切り落としてよいとのことだったが、押野見さんはむしろそれを生かす方向で建築をスタートさせた。

ここでも、LMSの発想が見える。
L=環境 M=建築の間に緩衝地帯を創るというコンセプトをもとに、外と内の曖昧な部分=スクリーンを設け、穴から松の枝を引き入れている。前の通りは神社に至る参道でもあるため、ホテルの窓との間にレイヤーを設けることで、ハレとケをゆるやかに隔てたのだ。

「枝がスクリーンに影を落とし、実に美しい」
この松が元気かどうか、ときどき気になって押野見さんも足を運ぶという。

ちなみに押野見さんはS=家具も整えるべきとして、バスルーム、洗面・パウダールームも一間として考えたデザインを施している。

(3)パークコート千代田富士見 ザ タワー
(4)でも登場するが、「マンションには建築が関わることができていない」と押野見さんは感じている。高価な割には空間のクォリティは高くないものが多いとも主張する。

このマンションのモデルルームに関しては、デベロッパーより「超高層ビルではあるが周辺環境とのコンテクストと関わりを持たせたい」との要望が出たという。そこで押野見さんは、すぐそばに江戸城内郭外郭の城門である牛込見附跡があることや、外濠公園、北の丸公園、千鳥ヶ淵といった緑豊かな自然環境も考慮し、江戸の和と自然のテイストを導入した。

エントランスを入ると目に飛び込む剣持力さんデザインによる天童木工の柏戸チェアが、和の象徴として据えられた。
アルミニウムの障子はレイヤーとして作用。和紙に金箔を漉き込んだもので、斬新な素材感のコラボレーションによって新しい和の雰囲気を醸し出している。

最新のマンションに求められる新しさと、根底に流れる和の伝統を尊ぶ精神。ふたつがさりげなく、見事に調和した空間は、この地や文化に思い入れがない人にもきっと刺激的であるに違いない。外国の要人が日本で過ごす別邸としても相応しい空間ではないだろうか。

(4)赤坂9丁目 Cypress(ひのき) エンドニアンタワー
引き続き、マンションのインテリア事例が挙げられた。外観は隈研吾さんが担当。押野見さんは、プレミアムフロアのインテリア設計を請け負った事案である。

「高級マンションであるならばインテリアもそれ相応のものでなければならない」というポリシーはここでも貫かれ、細部まで吟味された空間は見応えがある。まず前室。楕円の空間は壁ではなくガラスで創ることで、向こう側の気配が分かる仕掛けだ。

廊下をなくし、プライベートエリアが木質、パブリックスペースは石床と区別した。これはイタリアのアパルトマンと同じ構造だという。

天井高は押野見さんコダワリの2.7m。

前室の壁のガラスにあるドットはミラーになっているが、特殊なデジタルプリンターで印刷されたもの。また、照明として用いられたFLOSのMoni(1982)は、光と影が美しいと押野見さんのお気に入りだ。

インテリアの設計は素材から起こして創るべきという押野見さんの考えから、柱に用いられた材はヒッコリーの無垢、シャンデリアはヤマギワのクリスタルのピースを使ってカスタムしている。キッチンの天板は木。流しはステンレスで、菊川製作所によるレーザー溶接だ。

ソファもカッシーナに匹敵するものを求められ、押野見さんがオリジナルで製作。テレビの視聴スタイルに応じて背もたれを動かせる仕様だという。ダイニングセットまで建築家がデザインする希有な例となった。

ベッドルームには西陣織があしらわれた壁が。「こういった創作はゼネコンにはできないところであり、建築家やインテリアデザイナーが介入する余地がある」と押野見さんは言う。

「暮らす」が包摂する大中小。

「LからSまですべてを建築家が統一してデザインする」という手法は、かつての日本であれば職人が現場とオーナーを見ながらひとつひとつ創り上げたのと同じぐらい尊い。住まいと暮らしは本来ハードとソフト、表裏一体のものであり、使い手が何を思い、触れ、どう使うのかに遡って考えられなければならないと同時に、不動産である以上は環境とは決して切り離せない。

なかなか容易ではないけれど一生に何度もない買い物。そして毎日毎日そこで暮らさなくてはならない場所であることに鑑みるならば、まずは肌のあう担い手に巡り会い、対話し、委ねることこそ住まい造りの本質と言わせる素晴らしいプレゼンテーションだった。

※これに引き続き行われたSLチェア発表会の模様は下記リンクからご覧下さい。
家具ブランド「マスターウォール」、著名建築家 押野見邦英氏による新作を発表

いい音&大画面があることで日々の暮らしが豊かに。住宅というハコ、インテリアという見た目だけでない、ちょっとコダワリ派の肌が合う人たち同士が集まる暮らし方を考えていきたいと思っています。