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足りないことはうれしいことだ、|詩「砂漠」

腐ることをおそれたから
いきものになりはてたのかな。
(夜に冷蔵庫を覗いたことある?)
(あたたかいんだ)
(砂漠みたいでね)

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   砂漠

                 文月悠光

触れるので
そこにやわくからまるので
ひじから先はいつも熱い。
つま先までの関節ひとつひとつに
きみを眠らせておく。
(体温だけで話はできる)
言葉を呑んで膨らんで
手のひら、ずっと
腫らしていた。

腐ることをおそれたから
いきものになりはてたのかな。
(夜に冷蔵庫を覗いたことある?)
(あたたかいんだ)
(砂漠みたいでね)
立ちすくんでいると、
どんな音にも黙っていたい。
澄ました顔で感じていたい。

真夜中の冷蔵庫はまぶしかった。
ひじから先をさし入れても、
そこが砂漠かどうか
わたしにはわからなかった。
卵ケースに立てかけられていたのは、
ふたが銀色に光るちいさな口紅。
つめたい紅は
唇をしっとりと一巡りし、
きみへ放つ言葉を赤く濡らした。
(あたためて)
足りないことはうれしいことだ、
くちさきで繋がってみると。


ーー詩集『わたしたちの猫』(ナナロク社)よりhttps://nanarokusha.shop/items/5a0137a4c8f22c063c001bae

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【新刊】第3詩集『わたしたちの猫』、ナナロク社より10月31日発売。
文月悠光の待望の第3詩集は、わたしたちの恋の物語
(10月31日~11月8日までに順次、本屋さんに並びます)。

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帯文 :雨宮まみ
ブックデザイン :名久井直子

18歳で中原中也賞を受賞し、以降、活躍の場を広げ続ける詩人・文月悠光。初エッセイ『洗礼ダイアリー』も話題の詩人が、詩の舞台で放つのは、恋にまつわる26編の物語。

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