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アフターコロナ 会社に捨てられる人材、重宝される人材

アフターコロナをキーワードに未来予測を展開していますが、終戦の昭和20年から現在に至るまで労働の変遷にフォーカスを当ててみたいと思います。

終戦後に0からスタートした日本経済

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第2次世界大戦が終戦したのは昭和20年、西暦1945年のこと。敗戦で焼け野原となった日本でしたが、高度経済成長期を経てGDP世界第2位の経済大国と呼ばれるまでに成長しました。

太平洋戦争で約300万人の死者を出し、建物は約25%を失い、生産機械を35%を失い、船舶の80%を失った

焼け野原となり0からのスタートを切った日本。戦中の生産体制は、戦争のために稼働していたので、戦争が長期化するうちに物資が不足します。余力が尽きて敗戦。終戦後庶民派とにかく「モノないので、みんな買う」。ここでハイパーインフレが起こります。

戦後を支えたのは均一な労働者

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モノがない時代に重要になのは、人々に多くのモノを行き渡らせるための大量生産。多くの人の仕事場はさらにモノを生産するための工場。ここでは分業で決まった作業が繰り返され、一糸乱れぬ流れ作業が重要になります。この流れ作業には、協力体制・和が必要。新しい生産方法を提案するアイデアマンよりも、素直に作業に取り組む均一な労働者が最も大事だったのです。

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戦後の職場で生まれた根性論とサービス残業

国民の平均年齢は若く、働き手に溢れていた時代。一国におけるこのような時期をハーバード大学のデイヴィット・ブルーム教授は人口ボーナス期とよんでいます。労働力は余っていたので、企業は根性だめしで労働者をふるいにかけます。最近まで色濃く残っていたサービス残業はまさにこの頃の名残り。さらに根性論というのは、未だに戦後の働き方を引きずっている考え方なのです。

根性論に加えて、職場や組織は儒教思想もうまく取り入れました。儒教思想には「目上の者(社長、上司、先輩)に逆らってはいけない」という教えがあります。上の命令は絶対、年功序列、上司より早く帰宅してはいけない、酒の席ではお酌を、会議の席順、などの文化はここからきていますね。

モノで溢れかえった平成に求められる労働者は…?

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順調に推移していた日本経済でしたが、平成に入り景気の陰りがみえはじめます。平成3年〜5年に起こったバブル崩壊。戦後の焼け野原だった日本はこの頃には、モノが溢れています。さらに年齢分布もかわってきていますね。戦後には若者だらけだった日本には高齢者が溢れ、少子高齢化が加速しています。

モノは十分にあります。衣服も食べ物も、家電も家具も車も。人々の家はモノで溢れかえっています。消耗品を除いては、購買の理由が見当たらない。だから企業も必死にニーズを探し、モデルチェンジをしてモノを売ろうとします。ベーシックな機能だけではもう売れません。買うにはプラスアルファの付加価値が必要なのです。

付加価値をつけた商品を短サイクルでたくさん生み出していくために、頭脳が必要です。人々が何を求めているかという分析力、さらに「今までになかった」を生み出す発想力。

これを生み出すには以前のような均一的な労働者じゃ難しい。同じように育って、同じ仕事をして、同じ価値観で、同じ考えのもとで人生の時間を費やしてきた、判で押したような人々に画期的なアイデアの発想を期待するのは無理がある。

だからこそ平成以後の労働者には頭の回転が早く、世の中を俯瞰して見ることのできる頭脳派やその人ならではのバックグラウンド、経験、思想、視点を持っていること、多様性こそが平成以降の経済・生産における突破口と企業も気づきはじめました。

単純作業を完璧にこなす労働者は、平成の時点でニーズが無くなっていたのです。

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アフターコロナの労働者に求められるものは?

令和の時代に入り、働き方、ライフスタイルが変容を遂げている昨今。我々が向かっているのはもはや労働者が必要なくなる世界でしょう。しかしそれまでの間、従来のような経済基盤で食べていくにはどんな人材になればいいのか?

それは安定を求めない人材

だと考えます。

その理由は次の記事で説明していきたいと思います。

正社員がいなくなる!アフターコロナの雇用形態


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