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知的生産のための道具への道:記憶の拡張装置Memex(メメックス)

 1945年終戦の年、ENIAC完成の前年、計算に電子コンピュータを使うことすら確信のないとき、コンピュータを「思考のための道具」に導く衝撃的な論文が発表される。

●われわれが思考するごとく(As We May Think)[1]

 研究開発局の局長として、6千人以上のアメリカ人科学者の管理にあたっていたヴァネヴァー・ブッシュ(Vannevar Bush)は、大戦という局面において重点化すべき課題を的確に見極め、それを革新する技術・技術者を見いだす。一方で、重要な成果が大量のもののあいだで埋もれてしまうことを憂慮し、アトランティック・マンスリー誌に「われわれが思考するごとく(As We May Think)」[2][3]を発表。その内容は、パーソナル・コンピュータ、Web、スマートホン、ビッグデータの時代に導く衝撃的なものだった。

【何が問題か】
・ヒトが記録を活用する現在の能力をはるかに超えて、出版物があふれ、経験の総量がとてつもない速度で増加し続けている。
・このため、専門分化の重要度が増し、異なる分野のあいだに橋をかけている余裕がない。
・にもかかわらず、迷路を通り抜けて必要な情報にたどりつくための手段は、帆船時代とかわらない。

【今ある技術を育てれば解決できる】
1)情報収集
 音声認識で文字を入力、印刷物はOCRで文字に変換、ライフカメラを頭につけて自動撮影、研究者は手ぶらで移動しながら写真をとり、音声で注釈をつけ、夜に思いついたアイデアは遠隔で記録
2)保存
 記録と写真は圧縮して光学式や磁気記録で保存
3)検索
 指定した属性で情報を並び替えて抽出、連想にもとづくリンク検索も可能
4)読み出し
 記録した情報はディスプレイで表示、計算した結果にもとづき請求書を印刷

【記憶(Memory)を拡張する装置:メメックス(Memex)】
・今使える技術で実現可能な装置のイメージを提案。
・机にパーソナルなコンピュータ、ディスプレイ、キーボード、操作ボタンとレバー、スキャナ、マイクロフィルムによる記憶装置を備え、
・あらゆる種類の書籍、写真、雑誌、新聞を入手・記録し、手入力の文書、写真を記録、メモやコメントを上書きし、
・属性で情報を検索し、マルチウィンドウで表示、レバーとボタンで送り、巻き戻し、
・ドキュメント間をリンクでつなぎ、横断的に閲覧、検索経路を記録し、コピーを他者と共有できる。

●革新的な未来世界を読み解くフューチャー・リテラシー


 ブッシュの革新性は、情報と技術が飽和する未来を先取りしたメタ技術者として、他者の力を組み合わせて具体的なシナリオを構築するフューチャー・リテラシーにある。アメリカの技術中枢にいたブッシュは、今始まっている問題から未来の重点課題を設定し、あふれる技術論文の中から次の時代につながる技術の芽(電子コンピュータ、音声認識、音声合成、文字認識、記録・再生装置)を的確に選び、それらを編集してシナリオを構築し、技術者をスカウトしチームを編成して装置をくみ上げる。そうした営みの延長にこの論文がある。

 ブッシュのメッセージがわずかな技術者の手に届いたのは、ブッシュが憂慮した雑誌というメディアが広く普及した時代であったからだった。メインフレーム、スーパー・コンピュータなどの高額・高性能なマシン開発競争の裏側で、計算する機械をプラットフォームとする「知的生産性の道具」としてのパーソナル・コンピュータ実現に向けたチャレンジが始まる

参考書籍:
[1] ハワード・ラインゴールド(2006), "新・思考のための道具 :知性を拡張するためのテクノロジー --その歴史と未来", 栗田昭平監修, 青木真美訳, パーソナルメディア
- Howard Rheingole(2000), "Tools fot Thought revised edition :The History and Future of Mind-Expanding Technology", MIT Press
[2] 西垣通(1997), "思想としてのパソコン", NTT出版
[3] Vannevar Bush(1945), "As We May Think", The Atlantic


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