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やることがないって退屈だろうなって思った話

30代前半で、自分の生き方に疑問を持ってしまって、仕事の忙しさと相まってうつ状態に陥り会社を辞めた。

そして、当時、付き合っているんだか付き合っていないんだかよくわからないような状態だった彼女のアパートに転がり込んで、自分のうつを癒した。

そして、彼女との結婚に踏み切る決心をして、彼女の実家に乗り込んで、無職の分際で結婚を申し込んだ。

そうしたら、奇跡的に結婚が決まった。
というところまで書いた。

そこからちょっと横道にそれてしまって、農業の話とか、地球環境の話題について書いた。

会社を辞めた後の人生については、スポーツを通じて人の身体に興味があったこと、うつ状態になったことで、世間から隠れてひっそりと生きていきたかったこと、地球環境に負荷をかけたくなかったことなど、総合的に判断して、整体師になろうと決めた。

ただ、義父の話を聴いて、農業の凄さを思い知って、農業にも興味を持つようになったけれど、さすがにそこまでは決断できなかった。

なので、当初の予定通り、整体の学校に通うことにした。

ミレニアム婚

彼女の実家に行って、結婚の話をしたがの1999年の秋ごろだったと思う。
僕が34歳で彼女が30歳だった。
二人ともいい歳だったので、そうと決めたら早いほうが良いとばかりに、2000年の1月1日に入籍することにした。
いわゆるミレニアム婚というやつである。
今から考えると、ずいぶんとミーハーなことをしたもんだと思うけれども、結婚なんてある程度の勢いがないとできないので、こういうきっかけがあったことも背中を押した部分はあると思う。

整体の学校は4月からだったので、それまで3か月間は、体力を回復させるために使うことにした。
会社を辞めてから、そして、特に彼女の家に転がり込んでからは、ほとんど運動らしい運動をしなかったので、ものすごく太ったし、体力も落ちてしまっていた。

平日のスポーツクラブのロッカールームで聴いた話

そこで、一時期だけだけれど、スポーツクラブに通うことにした。平日の昼間だけ使える会員に登録して、平日の昼間にスポーツクラブ通った。

平日の午前中は、年配の方の利用者がほとんどだった。
会社勤めを引退した方々が利用していた。

ある日、スポーツクラブのロッカールームで着替えをしていたら、年配の男性同士の会話が聞こえてきた。

A「あれ、今日はもう終わり?」
B「ああ、朝から頑張ったからなあ。」
A「これから何するの?」
B「家に帰って昼飯食べて、午後はカラオケ」
A「いいなあ~、優雅だなあ(笑)」
B「いやいや~、それくらいしかやることがないんだもの。時間を潰すのも大変よ(笑)」
A「そうだよなあ。暇なもの考えもんだな。」
B「そうそう、考えもんだよ。」

その会話を聞くともなしに聞いていた僕は、「ああ、老後ってこういう感じなんだなあ。退屈でつまらないだろうな。」と思った。

悠々自適の生活って素晴らしいものではないのかも

きっと、このお二人は、現役時代はバリバリ仕事をしてきた人たちなんだろう。
おそらく、仕事しないで毎日遊んで暮らせるって、素晴らしいことだと思って、そこまで頑張って働いてきたんだろうな。

僕は、サラリーマン時代はそう考えていたし、悠々自適の引退生活のために、嫌な仕事でも耐え抜いて頑張らなくちゃって思っていた。

でも、この会話を聴いていたら、果たしてこういう生活って幸せなんだろうかって思った。
こういう生活が、僕が望んだ悠々自適の生活なのだろうかって。

嫁さんのお義父さんは、農協職員を引退していたけれど、毎日畑に行ってアスパラを栽培していた。
冬になると民宿にくるお客さんの送迎とか、掃除とか、雪かきとか、夜はお客さんと飲んだり(笑)していた。
要するに、暇そうではなかった。
やることはいくらでもある、という感じだった。

でも、本当にやることがない、という生活は、確かにやらなければいけないことに追われているときには夢のような素晴らしい生活に思えるかもしれないけれど、実際は結構味気ないものだし、つまらないだろう。

必要とされていると感じたい

それに、人間には、誰かに必要とされることによって、自分の存在価値を見出すという側面がある。
社会にとって有益な人物であると感じたいという欲求、つまり、承認欲求があるんだけれど、仕事をリタイアして好きなことばかりしていると、なかなかこれを感じるのが難しい場合もある。

実際に、定年後に自己肯定感が下がってしまって、メンタルに不調をきたす人は少なくない。
「暇で何もやることがない。」という状態は、場合によってはとても辛いことなのだ。

この会話の男性は、それでも、スポーツクラブとカラオケに仲間がいる様子だったので、それほどでもないかもしれないけれど、人付き合いもなくなってしまったら、本当に参ってしまうだろう。

僕は自営業なので、幸か不幸か定年で引退するということがない。
なので、健康でいられるうちは仕事がしたいと考えている。
もちろん、退職金もないし年金も雀の涙ほどしかないので、働き続けるしか方法がないのだけれど(笑)

麻生さん怒られるけど(笑)
2000万用意しろって言ったのに、今まで何してたんだって(笑)

仕事をしていたほうが健康でいられる

今、整体師となってたくさんのお年寄りと接してきて、自信を持って言えることなんだけれど、年をとっても仕事を続けていたり、趣味やボランティアなどで忙しく動き回っている人のほうが健康的で元気な人が多い。

一方で、もう歳だから無理をしないように、と、大事に大事に過ごしている人はどんどん老いていってしまう。

いくつになっても仕事をしているほうが、適度にストレスを感じることもできるし、自分の存在価値を感じることができるし、精神的にも肉体的にも健康でいられる。

仕事を苦役だと感じている人にとっては、「死ぬまで働かされるのか」と思って、苦しい気持ちになるかもしれないけれど、仕事が生きがいだと思っている人にとっては、いくつになっても働ける自分でありたいと思う。

すなわち、仕事に対する考え方が違うということだよね。

いくつになっても発信は続けたい

僕はこうやって、自分がこれまで経験したことをnoteやブログやYouTubeを通じて発信しているけれど、こういうことを続けることも、一つの方法だと思っている。

年齢を重ねた人間が発する言葉は、それだけで、いろいろ考えるきっかけをくれる素材だと思う。
それが正しいと思う必要はないけれど、なるほど、こんなことを考えているひともいるんだ、という情報を若い人が得ることはできる。
これはとても貴重なことだと思う。

だから僕は、自分が元気なうちは働き続けるつもりでいる。
「やることがない辛さを味わいたくはない」と思っている。

(つづく)

自分がうつ状態に陥って、そこから這い上がってくる過程で考えたことなどを書いています。自分の思考を記録しておくことと、同じような苦しみを抱えている人の参考になればうれしいです。フォローとスキと、できればサポートをよろしくお願いします!