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〔美術評〕ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代

古谷利裕
 
*以下は、2019年2月19日(火)~5月19日(日)に、国立西洋美術館で行われた「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」のレビューです。
(初出 東京新聞 2019年3月1日 夕刊)

 
 
 高名な建築家、ル・コルビュジエは、同時にジャンルネという名の画家でもあった。本展では、画家ジャンルネおよび彼に近く影響関係のある美術家たちの作品と、建築家ル・コルビュジエの建築(模型や写真)とが、相互に貫入するように展示されている。そして、それらがコルビュジュエ自身によって設計された美術館に置かれる。

 ジャンルネと同時代の他の画家との影響関係、絵画(ジャンルネ)と建築(コルビュジエ)との相互関係、そして、作品とそれが置かれる空間の関係。それぞれに異なる相互の対照(関係)が意識され、立体的に交錯する展示だ。

 絵には、大きい絵か小さい絵かというそれ自身のサイズとは別に、グラスや花瓶を描くか大自然を描くかという、描かれる空間のスケールの違いがある。小さな画面に広大な風景が描かれたり、その逆もあるように、画面サイズと描かれる空間スケールの組み合わせは様々だ。

 ジャンルネ(コルビュジエ)の絵は、初期から、静物をモチーフとしながらスケール感が確定的でない。師匠で盟友であるオザンファンの作品では、形態が抽象化されても描かれた静物はふさわしいスケールをもって見える。しかしジャンルネの絵では、スケールそのものが抽象化されて、瓶は同時に塔のようであり、バイオリンは同時に湾曲する壁のようでもある。空間のスケールが、静物画のようであり風景画のようでもあるのだ。

 彼らが意識したキュビズムの絵画でも複数の視点が合成されるが、多数ある視点それぞれと対象との距離感は大きく異ならない。クローズアップとロングショットは混じり合わない。だから一枚の絵として統一されたスケールを保つ。しかしジャンルネの作品では、手に取れるような近さ(小ささ)と、その内側に入り込めるような空間の大きさが同時に成立している。

 スケール感そのものを抽象化しているような、異なるスケールの同居と可変性が、画家ジャンルネ(コルビュジエ)の最大の魅力であると思われる。そしてこの感じは、建築模型を見ることで実物大の空間を想像する感覚にも近い。

 ジャンルネらが提唱したピュリズムは、幾何学的秩序に基づく構築と統合を目指した。彼が求めた秩序は、スケール(静物か、風景か)も、次元(絵画=二次元か、建築=三次元か)も超えて働く幾何学だったのではないか。
(了)

《多数のオブジェのある静物》1923年  油彩、カンヴァス 114×146cm パリ、ル・コルビュジエ財団


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