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〔美術評〕ガブリエル・オロスコ---内なる複数のサイクル/東京都現代美術館

古谷利裕

*以下は、2015年1月24日(日)~5月10日(日)に、東京都現代美術館で行われた「ガブリエル・オロスコー内なる複数のサイクル」のレビューです。

(初出 東京新聞 2015年3月6日 夕刊)

 
 九〇年代から活躍するガブリエル・オロスコの日本で初の個展となる。

 レシピアント(受容するもの)という概念の重要性をオロスコは強調する。それは粘土のようなものだと言える。
 粘土は、外からの力を受けて形を変え、その形を一時的に保つ。粘土は、形を変えることで力との出会いを受容し、形を保つことでその出会いを表現する。だが、新たな力が加わると形は崩れる。しかしそれは、新たな力と粘土との出会いの印である。レシピアントとは、ただ移りゆくものでもなく、堅牢な構築でもなく、何かをひと時留め置くものだ。

 写真はレシピアントである、とオロスコは言う。それは、その時その場でだけ成立している物事の関係(出会い)を保存する。それを撮影することは、物事と撮影者の出会いの保存でもある。物事と撮影者の関係は、写真となることで、写真と観者との関係へと変換される。後者は、前者の再現なのではなく、それ自体が新たな出会いを構成する。作者の視線は特権化されず、作者の出会いが観者の出会いを媒介する。

 オロスコの作品では、行為者(力)と物(例えば粘土)の関係は対等だ。行為者が物の形を変形させるだけでなく、物の形が行為者の行為を変化させる。
 「ピン=ポンド・テーブル」という作品では、X型に組まれ四人が対面する形になった卓球台の中央に水槽が作られている。この作品は鑑賞するためではなく、実際に卓球を行うためにある。卓(物)の奇妙な形が、ゲームをする人たちに従来とは別のルールや別の体の動き生むことを要求する。行為する身体もまた粘土のようにレシピアントなのだ。

 作者と観者、行為者と物との等価性は、表と裏、実と虚の反転物の等価性へも繋がる。
 「コープレガドス」シリーズは絵画であるが裏からも観られる。丸石を素材とした彫刻では、石の凸型の丸みと削られた凹型の丸みという実と虚の球形が拮抗する。「インナーカット」シリーズでは、ブーメランを作った板の余り(残された部分)の形が新たに彫刻の形として再発見される。

 行為が形を変え、形が行為を変える。どちらが主でどちらが従とは言えない出会いの相互作用が、世界の様々な物事を関係付け、また解いてゆく。オロスコの作品はその様をひと時留める。

(了)

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