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critique  古谷利裕

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〔美術評〕与えられた形象-辰野登恵子・柴田敏雄/国立新美術館

〔美術評〕与えられた形象-辰野登恵子・柴田敏雄/国立新美術館

古谷利裕
 
*以下は、2012年8月8日(水)~10月22日(月)に、東京の国立新美術館で行われた「与えられた形象-辰野登恵子・柴田敏雄」展のレビューです。
 

 「与えられた形象」と題されてはいるが、絵画と写真という媒体の異なる二人の作品に共通するのは、与えられているのは(「形象」よりも)まず空間の座標であり構造であるという性質ではないか。
 
 描かれ、写されている事物や形象が「何であるか

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〔美術評〕無条件修復 Pre-Exhibition /milkyeast

〔美術評〕無条件修復 Pre-Exhibition /milkyeast

古谷利裕
 
*以下は、2015年4月25日(土)~5月22日(金)に、東京のmilkyeastで行われた「無条件修復 Pre-Exhibition」のレビューです。
 

 
 割れた陶磁器を漆で接着し、繋ぎ部分を金で装飾する金継ぎという修復技法がある。これには、(1)オリジナルの復元と、(2)修復をした事実を示す、という二つの意味がある。ある器がかけがえのない物だとするならば、それが一度は壊れ

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〔映画評〕映画のなかの絵画/『美の美』(吉田喜重)をめぐって

〔映画評〕映画のなかの絵画/『美の美』(吉田喜重)をめぐって

古谷利裕

初出「CINEMA ENCOUNTER SPACE Vol.20 吉田喜重=反映画 はじまりの映画、おわりの映画」 2006年

〔書評〕『絵とはなにか』(ジュリアン・ベル 著/長谷川宏 訳)

〔書評〕『絵とはなにか』(ジュリアン・ベル 著/長谷川宏 訳)

古谷利裕
 

 
 絵とは何か、というあまりに大きくて捕らえ難い主題は、現代のアートにおける「絵画の死」以降の視点から問われている。つまり、「絵は終わった」と言われる現代に、それでも絵を描くことの意味を信じることが可能なのか、という探求として問われる。
 
 画家であると同時に美術史家でもある著者は、この問いを、(十四世紀のジョット以降が主ではあるが)古代からの西洋美術史を振り返ることを通じて探

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〔美術評〕ガブリエル・オロスコ---内なる複数のサイクル/東京都現代美術館

〔美術評〕ガブリエル・オロスコ---内なる複数のサイクル/東京都現代美術館

古谷利裕

*以下は、2015年1月24日(日)~5月10日(日)に、東京都現代美術館で行われた「ガブリエル・オロスコー内なる複数のサイクル」のレビューです。

(初出 東京新聞 2015年3月6日 夕刊)

 
 九〇年代から活躍するガブリエル・オロスコの日本で初の個展となる。

 レシピアント(受容するもの)という概念の重要性をオロスコは強調する。それは粘土のようなものだと言える。
 粘土は、

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〔美術評〕オルセーのナビ派展:美の預言者たち ---ささやきとざわめき(三菱一号館美術館)

〔美術評〕オルセーのナビ派展:美の預言者たち ---ささやきとざわめき(三菱一号館美術館)

古谷利裕

*以下は、2017年2月4日(土)~5月21日(日)に、三菱一号館美術館で行われた「オルセーのナビ派展:美の預言者たち ---ささやきとざわめき」のレビューです。

画像はオルセー美術館の公式ホームページからダウンロードしました。https://www.musee-orsay.fr/fr
(初出 東京新聞 2017年4月7日 夕刊)

 一八八八年、ゴーガンの元を訪れたポール・セリュジ

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〔美術評〕ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 アメリカ合衆国が誇る印象派コレクションから

〔美術評〕ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 アメリカ合衆国が誇る印象派コレクションから

古谷利裕
 
*以下は、2015年2月7日(土)~5月24日(日)に、三菱一号館美術館で行われた「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 アメリカ合衆国が誇る印象派コレクションから」のレビューです。
画像はワシントン・ナショナル・ギャラリーの公式ホームページからダウンロードしました。
(初出 東京新聞 2015年4月10日 夕刊)

 本展は、ワシントン・ナショナル・ギャラリー創始者の娘エイルサが、

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〔美術評〕ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代

〔美術評〕ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代

古谷利裕
 
*以下は、2019年2月19日(火)~5月19日(日)に、国立西洋美術館で行われた「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」のレビューです。
(初出 東京新聞 2019年3月1日 夕刊)
 
 
 高名な建築家、ル・コルビュジエは、同時にジャンルネという名の画家でもあった。本展では、画家ジャンルネおよび彼に近く影響関係のある美術家たちの作品と、建築家ル・コルビュジエの建築

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〔美術評〕熊谷守一の二つの展覧会について

〔美術評〕熊谷守一の二つの展覧会について

古谷利裕

*以下は、2017年12月1日~2018年3月21日に東京国立近代美術館で行われた「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」展、2016年5月20日~6月26日に熊谷守一美術館で行われた「熊谷守一美術館 31周年展」についてのレビューです。

「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」展 東京国立近代美術館

https://www.momat.go.jp/archives//am/exh

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マティス「Pink Nude」(1935)のプロセスの解析(4)

マティス「Pink Nude」(1935)のプロセスの解析(4)

古谷利裕

 マティスの絵(Pink Nude 1935)の生成過程で何が起こっているのかを、四回に分けて、一枚一枚の変化について考えてみる。第四回の完結編。ただし、写真はモノクロなので、色の変化があまり分からないという致命的な欠陥があるのだけど。
 画像は『MATISSE A RETROSPECTIVE』(Edited by Jack Flam)より、スキャンしました。
(この記事は、「偽日記@

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〔美術評〕「ながめる まなざす Division-2」展の山方伸の写真について

〔美術評〕「ながめる まなざす Division-2」展の山方伸の写真について

古谷利裕

*以下は、2010年6月4日(金)~6月22日(火)に、アップフィールドギャラリーで行われたの「ながめる まなざす Division-2」展から、山方伸の作品のレビューです。
(初出 東京新聞 2010年6月4日 夕刊)
https://www.tokyoartbeat.com/events/-/2010%2F800D

 写真は、全てを等しく「見えるもの」として一元化してしまう。山方

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〔映画評〕写生しないミリキタニが写生する時/リンダ・ハッテンドーフ『ミリキタニの猫』

〔映画評〕写生しないミリキタニが写生する時/リンダ・ハッテンドーフ『ミリキタニの猫』

古谷利裕

 おそらく人は、年齢を重ねれば重ねる程、外側(現実)よりも内側(記憶)の方が重くなってゆく。生まれたばかりの赤ん坊は、外の世界と触れ合うために手足をばたつかせ、その度ごとに伸ばした手足の動きによって、外側の現実と自身の身体とが新たに出会い、そこで触れたものによって、自身と世界との関係を新鮮に更新するだろう。しかし、歳を重ねるにつれて、それに出会う以前には決して戻ることの出来ないような決

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マティス「Pink Nude」(1935)のプロセスの解析(3)

マティス「Pink Nude」(1935)のプロセスの解析(3)

古谷利裕

 マティスの絵(Pink Nude 1935)の生成過程で何が起こっているのかを、四回に分けて、一枚一枚の変化について考えてみる。第三回。ただし、写真はモノクロなので、色の変化があまり分からないという致命的な欠陥があるのだけど。
 画像は『MATISSE A RETROSPECTIVE』(Edited by Jack Flam)より、スキャンしました。
(この記事は、「偽日記@はてなブ

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