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【ハートビート】1-1「新年・新谷丈」
年が明けた。
年越しを神社で迎える為の人でごった返す関東のとある神社。
冬場特有の乾いた大気にその音を響き渡らせる除夜の鐘は、先程丁度108回目の音を鳴らし、新年が訪れた事を告げた。
この時、東京の気温氷点下2度。しかし、この神社の境内は集まった人々の熱気で、そこまでの寒さは感じられなかった。ところ狭しと立ち並んだ出店の屋台の明かりが、今が深夜である事を忘れされる。年を跨ぎ、今やピークとな
【ハートビート】1-2「憂鬱・村井勇利」
都内のとあるスタジオ。
断続的に焚かれるカメラのフラッシュが、その度に前に立つ者の陰影を背後のスクリーンに写し出していた。
カシャッ、カシャッ、と乾いた音が鳴り響くたびに現れる影は毎度微妙に姿を変えていた。手の位置、体の向き、目線、腰の角度、指の位置に至るまで、数センチ単位で変えながら、何度も何度も陰影がスクリーンに打ち付けられていた。
村井勇利。25歳。
株式会社ABCドリンク所属の
【ハートビート】1-3「進退・朝川仁志」
冬晴れの快晴の空の下、東京に程近い場所にあるこの巨大テーマパークは、季節外れの暖かさが訪れる週末という事で多くの客でごった返していた。
子供向けエリアの一角。そのエリアに併設されたテーブルベンチとパラソルの下に、そこに居る他の父親達と同じ様にして我が子のはしゃぐ姿を微笑ましく見守る男がいた。
朝川仁志。34歳。トライアスロンクラブ、チームトライピース所属。
プロとしての活動歴16年
【ハートビート】1-4「夢想・八木晃」
「ア"ア"ア"ーー!!」
1月15日、午前1時39分。
日付けを跨いでから暫く経ったこの深夜に、学生向けの安アパートの1室でパソコンの画面に向けて唸る人物が居た。
八木晃。20歳。天保大学・経済学部経済学科2年。
昨年の全国大学生トライアスロン選手権の優勝者。
追記。只今絶賛課題レポート制作中。
昨年9月からの後期授業。トライアスロンの練習や遠征などと理由をつけては講義を休みま
【ハートビート】1-5「転向・海老原颯人」
「それでは、海老原選手はご自分であればこの競技で世界一になる事も夢では無いと。」
スポーツ雑誌の記者がそれまでの話を総括する様に質問を投げかけてきた。
質問をされた人物、海老原颯人は気持ち椅子に浅く腰掛け、非常にリラックスした様子で答えた。
「はい。トライアスロンのランは世界的に見てもまだまだ陸上の世界記録には遠く及ばないタイムで決着がついています。それはつまり、日本人でも十分通用する
【ハートビート】2-1「鍛錬!春先の猛特訓!・新谷丈」
前回のお話↓
高い湿度と塩素の匂い。広大な空間にポッカリと空いた縦25m横15m深さ平均120cmの穴。そこに満たされるのは塩素の濃い匂いを混ぜ合わせられた水。コモドスイミングクラブのスイミングプールである。
日も落ち、夜が訪れて間も無いこの時間帯、このコモドスイミングクラブでは、競泳選手の小学生から高校生までの子供達が25mプールを行ったり来たりしていた。
子供達が水面を叩く音とプー
【ハートビート】2-2「飛ぶ為の翼はある・村井勇利」
↓前回のお話
3月3日、アラブ首長国連邦、アブダビ。
中東特有の打ち付けるような日光と湿り気を殆ど感じない程乾燥しきった暑さの中、村井勇利は必死に自転車のペダルを踏んでいた。
トライアスロンの世界シリーズレース、その第1ステージであるこのアブダビステージに村井は出場していた。水泳を終え、今は自転車パートへ移っている。村井は総勢17名の第2集団。前を行く5名の先頭集団を追っている最中だっ
【ハートビート】2-3「勇往邁進・朝川仁志」
↓前回のお話
3月末。ニュージーランド。カテゴリーは上から数えて2つ目のレース。日本人選手も多く出場するこのレースに朝川仁志は出場した。
結果は16位。まずまずの結果だ。欲を言えばもう少し上位をとりたかった。
オセアニア地域は、北半球と季節が逆なこともあり、年始の早いうちからシーズンが始まっており、3月末のこの時期はオセアニア地域のシーズンがは既に終盤に差し掛かっていた。それだけにオ
【ハートビート】2-4「wake up !!・八木晃」
↓前回のお話
春うらら、4月も末日になり草木の芽吹く暖かさの中にもほんのり暑さを感じるようになってきた。
満開の桜に花見客で賑わっていたこの公園も、最近では徐々に薄桃色の屋根の中に緑色を覗かせるようになり、季節が移ろいつつある事を感じさせていた。
八木晃が練習しているチームトライピースは、ゴールデンウィーク目前の週末という日程の中、公園内にある陸上トラックで練習をしていた。
本日は
【ハートビート】2-5「ランナーズララバイ・海老原颯人」
↓前回のお話
5月。神奈川県横浜市。山下公園。
3つあるトライアスロンの国際レースのカテゴリーのうち、1番上のトップカテゴリーに当たる世界シリーズレースが、ここ日本の横浜に来ていた。
世界各国からトップ選手達がレース参加の為に訪れるだけでなく、日本中のトライアスリートも世界トップ選手達の姿を一目見ようとこの横浜に集まってきていた。
5月らしい暖かい気候の週末で、テレビの天気予報
【ハートビート】3-1「参戦!栄光と挫折の極地!・新谷丈」
前回のお話↓
「来たぞオオォォォ!!!」
6月中旬、カナダ・モントリオール。新谷丈は念願のシリーズレース出場権を手にし、期待と夢と野望に胸を膨らませ、この地に降り立った。
そして、空港から出るやいなや冒頭の雄叫びである。空港から遠く見えるモントリオールの高いビル群まで届くかのような声量で、喜びに胸踊らすその姿は、はたから見れば変人である。道行く人々も奇異の目を向け、新谷を遠巻きにしてい
【ハートビート】3-2「あの虹を目指して・村井勇利」
前回のお話↓
6月中旬。大阪はこの梅雨特有の湿気を帯びた大気に、ドンヨリとした曇り空が広がっていた。
大阪城公園にて翌日のレースのコースを下見していた村井勇利は、ジョグを中断して大阪城の天守閣を見上げる。厚い雲に向かってそびえ立つそれは、まるで落ちてくる天を支えているかのように、力強く堂々とした印象を受けた。
村井は、額に流れる汗を手の甲で拭った。大した強度で走っていないにも関わらず、
【ハートビート】3-3「有象無象・朝川仁志」
前回のお話↓
大阪城大会当日。午前6時現在での気温は27度。どんよりとした空からは、小雨がぱらついていた。
コンディション的にはあまり良くない。小雨により大阪城公園内のバイクコースは滑りやすくなっており、ただでさえテクニカルなコースの難易度を余計に引き上げていた。さらに気温と湿度である。本日はスタート時刻の10時へ向けてさらに気温が上がり、最高気温は30度にまでなる予報だ。そこに小雨が降
【ハートビート】3-4「be strong!!・八木晃」
↓前回のお話
大阪城大会から2週間後の7月初頭、香川県高松市の高松駅前。この週末は、この地でトライアスロン国際レースが開催される事となっていた。カテゴリーは1番下部。日本のエリートトライアスリート達は、大阪城大会同様、ポイント獲得の為にほぼフルメンバーの参加が決定していた。
現在の日本トライアスロン界を牽引する選手達が、この高松の地に集結していると大会MCが興奮気味に捲し立てている。レー