見出し画像

月とおならと猫のこと

今週、夕方から夜になろうとしている時間帯に散歩に出かけた時の話。

その日は長い時間、おうちの中でパソコンと対峙して過ごしていたから、脳みそだけが疲れてた。
身体は疲れてないから、頭と身体の元気度数がちぐはく。
頭を休めるために横になろうとするけど、身体がじっとしていられなくてそわそわしていたので、近所の図書館まで散歩に出ることにした。

散歩を始めるとすぐに、後ろから「見えた見えた!」と男の子の大きな声が聞こえた。そして「見えたんだね!」と男の人と女の人の声も追って聞こえた。
振り返って見ると、お父さんとお母さん、そして男の子と女の子の家族連れと思われる集団が私のすぐ近くまで来ていて、全員が空を眺めていた。
私も、同じ方向をポカンと見上げてみた。
空には、大きな大きな凛とした月が光っていた。
そうだ、今日は中秋の名月の日だった。
辺りを見渡せば、たくさんの人が月に向かってスマホを向けていた。

月が麗しく輝いていたこに、その月を見られたことに感激しながら歩いていたら、あっと言う間に図書館に到着。

図書館には4、5人しか利用者がおらず、殆ど貸切状態だった。
読みかけの本が家にあるので、特に本を探すつもりのない今日だ。
いつもは人が沢山居るから入らない、新聞や雑誌が置いてあるコーナーへ行ってみることにした。

中央に4つ程置いてある一人がけのソファは空席で、窓際におじいさんが一人、雑誌か何かを立って読んでいた。
いつもは読まない雑誌を読んでみようと、適当な雑誌を手にとってソファにかけた。
ぼんやりと雑誌を眺め、ゆるくゆるく入ってくる情報が、脳みそに優しかった。
脳みその疲れが取れていく感じがした。
「図書館て、なんて心地いい空間なんだだろう…」なんて、ほろっとした気持ちになり出していた。
その時だった。

おじいさんの方向から、
「プー」という音が聞こえて来た。

「あ、おなら…」と思った私だったけれど、おじいさんに恥をかかせてはいけないと思い、「集中して雑誌を読んでいるので、さっきの音には全然気がつきませんでしたよ」の人になることに集中した。
被っていたキャップのおかげて表情が悟られず安心した。

さぁ、何事もなくこのまま時間を流そう、と思った瞬間。

今後は、
「プゥーーーーン」という先程とは違う音色のおならの音がおじいさん方向から聞こえて来た。

「え?また?!」と再度の攻撃に面食らってしまった。
今後のは、聞こえなかったフリが出来ないくらいちゃんと鳴り響いていたので、どうしようどうしようと焦ってしまったけれど、やはり聞こえなかったフリをする事に決めた。

そして静寂が訪れた。

と思った瞬間、
「プーーーー、プゥーーーーーーーーーーー」と、「こんなのもありますよ!」みたいなおならの音が、おじいさん方向から聞こえて来た。

この状況ではさすがに知らんぷりは出来ない。
心を落ち着かせてから、そっと雑誌を置き、私はそのコーナーから退場した。

小説コーナーに、最近気になっている作家さんの本がないことを確認してから、好きな作家さんの詩集を読む事にした。
立ち読みするも、じっくり読みたくなって椅子を探す。

けれども、図書館内に沢山あったはずの椅子が見当たらない。
コロナの感染対策で、椅子の数が劇的に減ったからだ。

ポツリポツリと置いてあるソファには、数少ない利用者の方が既に座っている。
空いているのは、新聞や雑誌のコーナーあるソファだけだ。

おならによって退場した私だが、詩集を読みたい欲が勝ち、新聞・雑誌コーナーに再入場する事にした。
おじいさんはさっきとは場所を変え、各社の新聞が並んでるスペースで、台の上に新聞を広げ、立ってそれを読んでいた。
おじいさんの装いはチェックのシャツに、柄の違うチェックのパンツ。
キャップを被り、ウエストポーチをつけている。
近くに杖が立てかけてあった。

「すみません、またお邪魔します」という気持ちでソファに掛け、詩集を読み始める。

一文一文を読むごとに詩の世界が広がって、ふっと涙腺が緩み出し、詩集の文字がぼやけ出したその時だった。

「プブプブプーーーーーーーーー」という、今まで聞いた様々な音色とはまったく違う、これぞ王様!決定打!みたいなおならの音が、おじいさん方向から飛んで来た!

これには、さすがに声を出して笑いそうになってしまった。
(危ないよ!おじいさん!危なかったよ?!笑っちゃうところだったよ!?、なんでそんなにおならが出せるの?もう羨ましいよ。尊敬に値しますよ!)と心の中で叫んでしまった。
さっきまで泣いてしまいそうだったのに、おならの音で強引に日常の世界に引き戻された私は、マスクの下で声をころして笑ってた。

私の普通はおじいさんの普通じゃなくて、おじいさんの普通も私には分からないから。
おじいさんにとってそれは、いつでも当たり前にやってるくる自然の営みなのかも知れないんだけど。
今度はすくっと立ち上がり、私はそのコーナーから完全退場した。
そして何冊かの詩集などを借りて、図書館を後にした。

帰る道すがら、向かいから首輪をつけた猫が一匹歩いて来た。
いつもだったら、走って逃げられちゃう。
今日も逃げられちゃうから触れる訳ないよなって思いながら、気のないそぶりで通り過ぎようとした。
すると猫がニャーと鳴きながら、近くに寄って来たではないか。
逃げるそぶりはまったくない。
そのまま私が近づいても、なお逃げない。
日頃逃げられてばかりいるため、触るスキルが身についておらず、見つめ合う事しか出来ない私だったけど、可愛いねぇって言って見つめ合えたから嬉しかった。大満足だった。
またねって言って、猫とさよならして歩き出す。

猫が逃げなかったのは、おならパワーのおかげだ。
おなら事件によって、身体の無駄な力が抜けちゃってリラックスエアーを漂わせていたから、猫は動物的本能でこの人は危険じゃないって察知して近くに寄って来たんだ。
そう思った。

一瞬にして人の気持ちを緩ませ、緊張をほぐしし、笑顔にさせてしまう。
おならのパワーおそるべし。
おじいさん、大発見をありがとうございました。
(あっ。もし、あれがおじいさんのただのいたずらだったとしても、まぁ楽しかったので、良しとします。)

なんて事を考えながら見上げた空の月は、やっぱり大きく凛と光ってた。
私もスマホで月の写真を撮った。
凛とした月とは程遠い月が写っていた。
送ろうか送るまいか迷ったけど、その写真をお母さんに送った。
お母さんからも、お母さんが撮った月の写真が送られて来た。
お母さんは私が送った月の写真と一緒に写ってたうちの近くの景色を見て、昔のことを懐かしんで、そして今を喜んでくれた。
写真、送って良かったなって嬉しくなった。

今年のお月見散歩でのお話。

----------------------------------------------

劇団フルタ丸 2021年本公演 
『ねむる広告塔』

ねむる広告塔_グラフィックl_A_large

日程:11月19日(金)~21日(日)
会場:APOCシアター


★公演詳細の特設ページはコチラです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?