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聖人と美術・洗礼者ヨハネ

こんにちは。今回は十二使徒ではないものの、キリスト教の成立においてとーっても重要な方をご紹介します。洗礼者ヨハネです。

洗礼者ヨハネ(紀元前2-6年頃?~30年頃)

洗礼者ヨハネはユダヤの預言者。イエスより数年早く生まれました。イエスの登場に先立って神の国が近づいたと人々に説き、悔い改めた人に罪の赦しとして洗礼を授ける活動をしていたといわれます。イエス自身もヨハネからヨルダン川で洗礼を受けました。そのためヨハネはイエスに洗礼を施した人物として「洗礼者ヨハネ」と呼ばれています。

ヨハネはキリスト教において救世主イエスの到来を準備するいわば「露払い」に当たる方です。日本の正教会では「前駆授洗イオアン」と呼ばれるそうです。おおーっ!正教会の肩書は超わかりやすい(そしてちょっとカッコイイ・・)。

英語での呼び名はジョンさんです。ヨハネからはちょっとわかりづらいです。英語でも日本語と同様に洗礼者ヨハネ(ジョン・ザ・バプティスト)と呼ばれます。十二使徒で福音書記者の聖ヨハネ(ジョン・ザ・エヴァンゲリスト、福音書記者ヨハネ)と区別するという意図もあります。

ヨハネはイエスの親戚であったと言われています。イエスの母マリアとヨハネの母エリザベスが親戚だったとか。

洗礼者ヨハネは荒野で宗教活動をし、ラクダの皮衣をまとって生活していたとされることから美術作品では「ラクダの皮衣」がアトリビュートになっています。それと長い杖状の十字架。こちらの起源はわかりませんでした・・。知ってる方がいらしたら教えてください。

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さて、洗礼者ヨハネをテーマとした絵でよくみられるのが「サロメとヨハネの首」モチーフ。少女サロメが皿に乗った洗礼者ヨハネの生首を持っている絵です。このモチーフはルネサンス、バロック期の画家の間で非常な人気を誇りました。このモチーフは以下の伝説に基づいています。

ヨハネは、ヘロデ・アンティパスというガリラヤの領主の結婚を批判したため投獄されました。ヘロデが弟の元妻へロディアと結婚したからです。へロディアにはサロメという娘がいました。ある日、ヘロデの催した宴席でサロメが見事な舞を披露しました。ヘロデが「なんでも欲しいものを褒美にとらす」とサロメにいうと、サロメは母のへロディアに「何をいただいたらいいかしら」と相談しました。結婚のことでヨハネに恨みを抱いていたへロディアは「皿に乗せたヨハネの首をいただきなさい」と娘に指示し、娘は素直に従いました。ヘロデは躊躇しましたが約束をたがえるわけにもいきませんでした。そして洗礼者ヨハネは斬首され、その首は皿に載せられてサロメに与えられたのです。(19世紀末期には今度は芸術家の間で「魔性の女」としての新たなサロメ像が創作されますが宗教画ではないので、それについては省略)。

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洗礼者ヨハネは幼児としてイエスと一緒に描かれることもよくあります。イエスに洗礼を授けているシーンも定番ですね。

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では本日の美術鑑賞~。断りのない限り、ウィキメディア・コモンズのページに飛びます。

「洗礼者ヨハネ」レオナルド・ダ・ヴィンチ
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jeanbaptiste.jpg?uselang=ja

「ヘロデの宴席」ルーカス・クラナハ
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lucas_Cranach_d.%C3%84._-_Gastmahl_des_Herodes_(Wadsworth_Atheneum).jpg?uselang=ja

[幼児キリストと聖ヨハネ」バルトロメ・エステバン・ムリーリョ
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:InfantJesus_JohnBaptist.JPG?uselang=ja

「キリストの洗礼」ピエロ・デッラ・フランチェスカ
https://en.wikipedia.org/wiki/File:Piero,_battesimo_di_cristo_04.jpg




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