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100円ショップで働く男の値段

こんにちは! フルカワカイです。普段は京都を舞台にした小説をアップしていますが、今日は番外編として、前職で人材派遣会社につとめていた時のエピソードを紹介します。つい最近までFacebookで友人限定で公開していたのですが、そろそろ主人公のタカシさんも怒らないだろう(というか連絡先も知らないのですが)と思い、noteでも楽しめるようにしました。派遣登録って実際行ってみないと分からないし、事実、どんな風に仕事紹介がされているのか謎めいてますよね。これは個人的なエピソードにもなりますがほぼ実話に基づいたお話ですので、どうぞご参考になると嬉しいです! 前置き長くなりましたが、それではどうぞ!!


私は大学卒業から今まで、4回ほど転職を経験している。
主にメディアに関わる仕事をしてきたのだが、一度だけキャリアカウンセラーという自分にとっては異業界の仕事に就いたことがある。
就職した理由は至って不純だ。 お金、である。

当時貯金がほとんどなかった上に、さらに東京に住む友人から再来月結婚すると式の招待状が届いた私は慌てて近所の友人に早く仕事が見つかる方法がないか相談したところ、ある程度時給が良くて福利厚生もしっかりしているよ、と派遣会社への登録を勧められた。当時私は東京から福岡に来たばかりで、求人情報誌を開いて見ては常々、東京との時給相場の違いに驚いていたので、友人から派遣の平均時給を聞いた時には「こんな条件の良い選択肢があったのか!」と手を叩いて喜び、その場で口コミ評判の良い派遣会社を調べ、ホームページから仕事相談の予約をした。

「まぁとりあえず3ヶ月くらい働けばいいや」と、かなり軽い気持ちで私は派遣会社へ向かった。今思うと恥ずかしいのだが、適職を相手に決めてもらえるなんて占いみたい、なんて就職と言うよりは一種のイベント感覚でいたのである。

そうして紆余曲折あって私が紹介されたのは、なんとその派遣会社のキャリアコーディネーターだったのだ。派遣ではなく直雇用での採用という話だ。 直雇用で未知の世界へ足を踏み入れることは想定していなかったのでちゃんと続けられるだろうかと一瞬躊いはしたが、強い好奇心ととにかく早く仕事に就きたかったので結果、いただいたお話を有り難く受け入れることにした。 そうして、私は晴れて腰かけキャリアカウンセラーになった。

動機が不純なカウンセラーにも、会社からしっかり目標決定数というノルマは課せられる。しかし先輩が次々に求職者に次の派遣先を紹介していく中で、業界無知な私は何もかもが手探りの状態だったので、2ヶ月連続で採用数ゼロを叩き出した。
やばい。「新人」の肩書きもすっかり消えかかっている。そろそろ、採用1件でも決めないと——。

そう思っていたある日のことだった。一人の男が転職相談にやってきた。 転職相談なのにスーツではなく私服で、色あせた黄色のパーカーにダボっとしたジーンズ。黒いニューバランスのスニーカーはかかとがぺちゃんこになっていた。
持ってきた履歴書を見ると、「音村隆史(仮)・25歳・▲▲大学中退」とヨレヨレの字で書いてある。最終学歴をみると、どうやら大学に入って2年で中退したらしい。

私は続けて、履歴書欄の職歴欄に目を落とした。 するとそこにはさらに小さく、ミミズが這った跡のような文字で「100円ショップ・アルバイト・時給750円」と書いてあった。どうやら隆史は大学を中退して4年、自宅の近所にある100円ショップに勤めているらしい。

私は彼に心を開いてもらえるよう、にっこりと微笑み、彼・隆史に基本的な質問した。 「音村さんはなぜ転職しようと思ったんですか?」
すると隆史は普段見慣れてないスーツ姿の大人に緊張したのだろうか、頭をかきながらしどろもどろに話し始めた。
「今働いてるお店、人が少なくなっちゃって。店長から週5日シフト入れって言われてるんです。でも俺、毎日働きたくないんですよね。だからもっと適当に働けるところで転職したいなって思って。それでここに来たんです」

なんだこいつ。仕事する気ないのか。
私は心の中でしかめっ面をした。続けて隆史はこう言った。

「仕送りもらってるんで、時給も750円位でいいんです。たいした夢もなくて大学も辞めた位なんで、仕事も特にこだわりはないんですよね。そうだなぁ。せめていえば自宅から近いところがいいんで、博多あたり週3〜4日働けそうなところ紹介してください」
なぜかにこやかに笑いかける隆史に反して、私は絶句した。 なんだこいつ! 若いんだから真面目に就職しろ!
私は3ヶ月前の自分の事はしっかり棚に上げて隆史の仕事に対してのやる気のなさに憤慨した。時間の無駄遣いだとさっさと帰したかったが、ノルマ未達成の私には一人でも多くの人に仕事紹介をする必要があったので仕方なくカウンセラーシートにメモを取り「仕事が紹介できるか探してきますね」と隆史に言い残して相談ブースを後にした。

事務所は、相談ブースの壁をはさんだ隣にあった。防音で、こちらの音は相談ブースには聞こえない構造になっている。私は、事務所内にある自分の席に戻り、改めて隆史の履歴書を見た。
うちは事務職専門の派遣会社だ。リーマンショック後、益々採用条件が厳しくなっている中で隆史の経歴では正直、仕事紹介につなげるのは難しかった。 しかし月末ノルマ未達成という切羽詰まった状況の中で何も仕事紹介をしないで帰すのは上司の手前できない。
ヨレヨレの隆史の履歴書とデスクで目を光らせる上司の間に挟まれ、私は困窮した。

「うーむ、どうしようか……」

端末で仕事情報を検索する。
マウスでカーソルをクリックしながら、白黒の求人情報を一つ一つチェックする。ない。どこを探しても隆史の経験から紹介できる仕事はなく、どれも事務の経験必須、と書いてある。やっぱりうちからの紹介は難しいか。そう思いながらさらにカーソルを上下に動かしていると、画面に一件の求人情報が目に飛び込んできた。
『急募!某大手生命保険会社の営業マネージャーの秘書・博多区・週4勤務・時給1200円・経験者優遇』という内容だった。
時給は破格だ。しかし「経験者優遇」か。
果たして紹介したところで採用されるのだろうかと迷ったが、これで彼に世間の厳しさを知ってもらうのも有りかも。と勝手に納得し、私は「ええいままよ」と言いながらPC画面上にある、印刷ボタンをクリックした。

ブースに戻り、印刷した求人情報を隆史に渡すと、彼は目が溢れんばかりに見開いて向かいに座っていた私を見つめた。

「ええええ、い、いいんすか。これ、紹介してくれるんですか、まじっすか」 隆史は時給のとこばかり見ている。おいおい、仕事情報もみろよ。 「値段、いいすね、俺、ここ行きます! 面談受けてみます!」 おいおい、値段じゃないよ。時給だよ。しっかりしてよ。 そう思いながら、私はポーカーフェイスのまま面談当日の持ち物や服装を事務的に伝えた。彼は、どこからかペンと紙を撮り出してきて一言一句頷きながらメモを取り始めた。
さっきまで無気力に話していた彼だったが、メモを真剣に取っている姿は背筋もピンと伸びていて、先ほどよりは誠実な印象を受けた。全身全霊で私の言葉を受け止めようとする彼の姿勢に、何だか弟みたいだなぁ。 と私の気持ちもだんだんと隆史に好印象を持ち始めていた。
そうして隆史に一通り必要事項を伝え、事務所で待機していた営業担当をブースに呼び出し、隆史と引き合わせた。企業側のやり取りは営業担当の仕事なので、人材担当の私が出来ることはここまでだ。私は営業担当が隆史に名刺を渡している様子を確認してから事務所へと戻った。 まぁこれで決まらなくても自分はやるだけのことはやったからいいや、そんな言い訳を心の中でつぶやいて、その日の業務を終えた。

数日後、某大手生命保険会社の職場見学の日がやってきた。 面談に立ち会う営業担当は、全くやる気がなかった。私もすっかり彼のことは気にせず、別の求職者の仕事を探すのに躍起になっていた。
面談が終わった頃、営業さんから事務所にいる私宛に電話があった。こんなことは滅多にない。
なんだろう、怒られるのかな。こんな未経験な奴連れてくるなって企業担当にでも叱られたのだろうか。
「はい、フルカワです」
戦々恐々として電話に出た。
「フルカワさん……」
営業担当の声は心なしか震えていた。
ああ、やっぱり怒られる! 
数字が欲しかったとはいえ、やはり無謀だった!

そんな反省の弁を述べようとした時、想像とは正反対の言葉が耳に飛び込んできた。

「フルカワさん、決まったよ! 彼、採用だって! その場で即決定でたよ! おめでとう!」

「……え? 音村さんが? まさか! なんで? 本当?」

……
自分で推薦しておきながら、まさかというのは失礼ではあるが、経験者優遇ではない隆史が決まるはずはないと思っていたので、咄嗟にそのようなリアクションをしてしまった。
しかし、求人情報には確かに「経験者優遇」と書いていたはずだ。どんなに営業担当が優秀でもその経歴はごまかせないはず。 沢山の「?」が頭に並ぶ私。しかし更に営業担当の言葉に私はさらに大きな声で「まさか!」と叫んでしまうのである。

100円ショップの男・隆史は、採用先、いわば指揮命令者となるマネージャーの机に膨大に積み上がった資料を見るなり、なんと書類の仕分けをし始めたのである。
そう、100円ショップではありとあらゆるジャンルの商品が多数陳列されている。毎日膨大な商品を整理し、並べるのを日常としていた彼は、書類の分類くらいお手の物だった。A4の書類、DMと丁寧に分け、時系列順に並べた。 そして更には「ここにボックス5個、レタートレー1個、小さいホワイトボードがあれば便利ですよ。そうですね、1000円位で何とかできますよ」と、何と100円ショップにある商品でレイアウト提案までしたのである。
マネージャーは大喜び。彼ほど実践的な人はいないと即、その場で採用となった。

……私は、唖然とした。 履歴書に心細く「100円ショップ」と書いていた頼りない彼の字と、メモを必死で取っている彼のピンと伸びた背筋を思い出した。

「フルカワさん、初決定おめでとう!」
そんな上司の声が背後からしたような気がするが、なんだか遠いところの世界での出来事のように感じた。

それが私の初めての採用実績となった。 そうして隆史は晴れて某大手生命保険会社のマネージャー秘書になった。

100円ショップという膨大な商品と幅広い年齢層のお客様対応に慣れていた彼は、ハキハキとした対応とテキパキとした仕事さばき、そして膨大な資料に負けない忍耐力は部内でも群を抜いて秀でており、吸収力と接客力の高さは社外でも評判となった。
そしてなんと1年後には派遣先からの申し出で異例の時給アップまで成し遂げたのだ。 時給750円の彼は、気がつけば時給1350円まで上がっていた。

それからあっという間に3年が過ぎた。私は結局採用実績もコンスタントに出るようになり、キャリアカウンセラーの仕事が面白くなりなんだかんだ続けていた。 隆史は、派遣の契約期間の満期である3年を機に独立した。
生命保険のマネージャーの強い影響を受け、弱い人を助けようと介護とITを組み合わせた事業をするんだと営業担当から聞いた。 どうやら隆史は本当に欲のない人間だったらしく、必要な生活費以外は全て貯金をし、起業資金に充てたんだそうだ。

営業担当が私の席の横に座って頭の後ろで腕を組みながらつぶやいた。
「最後の挨拶の時、フルカワさんにこの仕事紹介してくれなかったら、今の自分はないって伝えてくれって言ってたよ。あいつすごいよなぁ。一回しか会ったことのない人の名前でも覚えちゃうんだもんな。俺も接客業やっとくべきだったなぁ」 感嘆をあげる営業の横で、私は笑いながら無言で頷いた。

人の可能性というのは自分の酌量では計れない時がある。仕事だけじゃない。自分には一体何ができるのか、誰に必要とされているのか。自信が全くなくなった時、意外にもそれは大きなチャンスなのかもしれない。
こだわりを持たず、いいなと思ったら何も考えず飛び込んでみる。そこで最大限やってみる。 そうしたら、間違いなくその時の自分の取り巻く環境は大きく変わっている。 もちろん、自分自身の価値観も、だ。 私は弟のような彼からそう、教えられたような気がした。

……

そうして隆史が独立して二ヶ月、ある一通の封書が私宛に届いた。
何だろう? 封を切り、中身を見て、私は思わずクスリと笑ってしまった。
そうしてその封書から一枚の名刺と同封された紙を取り出し、パソコンである人の名前をキーボードに打ち込み、表示された電話番号に電話をかけた。

「はい」
聞き慣れた、か細い、女性の声だ。
「もしもし青山さんですか?良い求人が出てきたので紹介しようと思いますが、今お時間ありますか?」
彼女の返事を待って、私はゆっくりとその会社情報を話し始めた。
大きく「経験不問」と書かれた隆史の会社の求人票を握りしめながら。

(終わり)


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