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『昏い太陽の子』

 警察署の屋上、二人の男が距離を置いて佇んでいる。一人は黒い髪を後ろに撫で付けた壮年の男。タバコを咥え、屋上への入り口の壁にもたれかかっている。くたびれたベージュのコートを着た彼は刑事で、アンジェラ・エヴァンズの上司だ。もう一人は青く短い髪を軽く後ろへ流している若い男。屋上の淵に肘をついて髪を風に遊ばせている。彼はアンジェラ・エヴァンズの恋人で、悪魔と名乗る男だ。
 刑事は、コンラッド・カヴァナーは悪魔を名乗るその若い男が気に入らなかった。赴任して間もない若い部下を誑かす、脳髄までマリファナに浸かったような奴だと考えていた。しかし青い髪のレイ・ランドルフ・ローランドはそんな紛い物ではなかった。裏社会には人ならざる者が蔓延り、レイ・ランドルフはその一角でしかないが、ギャングのボスを筆頭に様々な闇の中にいる親類と共に悠々と生きているのだった。
 部下に手を出すな。初めて関わった日にカヴァナーはこの屋上でレイの胸ぐらを掴んで言い放った。レイは顔に走ったFに似た刺青を歪めることもなく柔らかに微笑んで、笑ったまま落ちて行き、翌日何事もなかったようにまた顔を出した。それだけで人ではないと考えるには充分だったが、カヴァナーは“常識”に囚われた固い頭の男で事実を受け入れるには長い時間がかかった。
 二人はアンジェラを中心に置いた関係だったが、彼女抜きで話す事にしていた。彼女を大事にしたい男と彼女を自分のものにしたい男。ただそれだけの対立だったが彼らは多くを巻き込んだ。人身売買、ドラッグの取引現場。道端のゴロツキもギャングも。いつだって終わりはカヴァナーが歯を食いしばり、レイは笑顔でその場を後にした。青い髪の悪魔は隙がなく、逮捕は出来ないまま。
 この腐れ縁をどうしたものか。カヴァナーは煙を燻らせながら物思いに耽る。今日も証拠不十分で釈放されたレイはまた屋上から飛び降りて行方を暗ますのだろう。もはや習慣となったこの見送りに飽きたのか、レイはカヴァナーの元へ寄ってくると彼の胸ポケットから煙草を取り出し一本咥える。シガレットキスで火を貰うと、レイは愉しそうに顔を歪めた。
そうだ、その顔が嫌いなんだ。
カヴァナーは若い悪魔を睨みつける。レイは二、三回吸っただけの煙草を青い炎で燃やすと来た道を戻る。
「これからデートだし、飛び降りるとスーツが汚れるんだよね」
飛び散った内臓は汚れでしかないのか、と声をかける前に彼は階段を降りて行った。
明日も明後日もその先もカヴァナーはエヴァンズを取り戻す事は出来ず、人の形をした闇に大切なものを掠め取られるのを歯を食いしばりながら見ている事しか出来ないのだと。
思い知らされながら藍色の背広を睨んでいた。


──『昏い太陽の子』・完

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