若社長の決断
今回は、ある会社の若社長の物語です。
やりたい放題
A組ヤクザが仕切っている街に、ある若社長がいました。
ある時、この会社の先代社長は「お前の会社の面倒を見てやるから、全部の商売をウチの仕切りでやれ。」とヤクザから脅されて、約束をされませられました。そのおかげで会社はずいぶん利益を上げ、福利厚生も充実させることができたので、社員から不満は出ませんでした。
次に、「儲かった金を、こっちに貸せ。うちの組からチャカを買え。組員を住み込ませろ。」と脅されたので、しかたがなく、またヤクザ言いなりになるしかありませんでした。貸した金の一部は利子を付けて返してくれましたが、さらなる借金の申し出を断り切れず、貸した金は増える一方でした。
そんなこんなしているうちに、近所にいた社員思いの社長がヤクザを無視して別の販売ルートを作ろうと動き出しました。腹を立てたヤクザは、カチコミをかけてそこの社長を殺してしまいました。
また、別の社長は隣の会社を買収しようとしていましたが、ヤクザの目が光っているので我慢をしていました。あるとき、組員から「隣同士のいざこざには口を挟まない」と囁かれ、これ幸いと隣の会社を乗っ取ってしまいました。しかしヤクザは急に態度を変えて、「乗っ取りをした、おまえが悪い。」と言い出し、手下を集めてカチコミをかけて隣の会社から追い出してしまいました。さらに、「お前の会社でヤバいもの作ってるな。」と言いがかりをつけて、その社長も殺してしまいました。
その後もヤクザはやりたい放題で、ある会社の倉庫にある商品を盗んで売っぱらったり、自分の身内の会社がするイジワルを見逃したり、あげくの果てに半グレに金とチャカを渡して街中で暴れまわらせました。
しかし、T親分がA組を仕切るようになると、半グレ連中を追い出してくれたので街はすこし静かになりました。でも若社長は、「いずれ、うちの会社も潰されるかもしれない。こんな時に、毎日ボーとして油売っていちゃダメだ。何とかならないものだろうか。」と考えていたのです。
P親分の申し出
そんな時、もう一つのヤクザであるR組が、若社長に声をかけてきました。
R組は一時期弱っていて、いくつかのシマをA組の連中に取られてしまいましたが、今のP親分に代替わりしてからは持ち直して、出入りだけならA組と五分以上に渡りあえるまでなっていたのです。
P親分は、「うちの組も、あんた方と同じ商売をしているんだから、荒っぽいことはやらない。これからは、うちの組が守ってやるから、A組とは手を切れ」と言ってきました。
若社長は悩みました。この話だけだったら、乗り換えるのは危険です。近所のいざこざでR組の手下が、A組の息のかかった連中を追い出している姿は見てはいますが、P親分の取った過去の荒っぽいやり方も知っています。何より、怒ったA組が自分の会社に暴れこんでくるかもしれません。普通ならば躊躇するはずです。
しかし若社長はR組の申し出を受けました。なぜでしょうか?
実は、内々にT親分が、「うちの組とR組との手打ちは済んでいる。いずれ、うちの組はヤクザ家業から手を引くので、その後は堅気の商売に戻るつもりだ。」「跳ねっ返り達が騒ぐかもしれなけど、手は打ってあるから、心配しないでP親分と上手くやってくれ。」と言ってきたからです。
事実、T親分は半グレ達を始末してくれましたし、変なことは言うけれど、言ったことは必ずやってきた信用できる親父です。
以前からA組のシノギも怪しくなっていますから、新たな金の無心をしてくるかもしれません。しかも、T親分に逆らう下っ端が、若社長にイチャモンまでつけるようになりました。そこで若社長は、A組とツルんで悪さをしていた重役達をクビにした上で、R組の申し出を受けることにしたのです。
その時にT親分は、「ワシはちょっとの間だけ隠居した振りをする。その時に、跳ねっ返り達が騒ぎ出すかもしれないが、いずれ組を潰して始末するから心配はするな。」「お前たちの面倒は義兄弟のP親分が見てくれるから、ご近所と仲良くして、ヤバくなる前にA組との商売からは足を洗え。」と言い添えたのです。
T親分を信じた若社長は、A組に隠れて近所の仲間と話をまとめ始めました。
出入りと手切れ
しばらくすると、R組とA組の手下であるU組の間で、出入りが始まりました。世間一般の噂とは違って、最初からR組が圧倒的に勝っています。でも、代替わりしたB組長が、無駄にチャカを渡し続けて負けを認めようとしません。P親分は、できるだけ堅気の衆に迷惑がかからないよう、ゆっくりとU組をねじ伏せてゆきます。
勝負の行方が見えている若社長は、仲間と示し合わせてB組長からの商売の相談を断り、別の会社と新たな商売を始めることにしました。
T親分が言った通り、隣町の会社では組事務所の立ち退きが終わりましたし、R組と仲の良い会社も次々とA組と手を切っているので、今では町内にいるA組の身内は、I社だけになったようです。
A組ヤクザの方はと言うと、とうとう自分の足元に火が点いてきました。B組長が代貸のときにやった悪事がどんどんバラされてきましたし、事務所の金庫も空っぽなようです。どうやら裏の資金源であるヤクの密売や人買い商売にも手入れが入ったようで、悪事に関わってきた旦那達も締め上げられているようです。
T親分が決めた掟を破った組員は、キツイ落とし前を付けさせられるみたいなので、今は、焦った跳ねっ返りが慌てふためいているようにも見えます。また、今の(偽?)B組長がやらされていることを裏読みすると、ひとまずのケリがつくまでに、何年も待たされることはなさそうです。
若社長の悩み
A組ヤクザの仕切りが無くなった後のことで、若社長が気になっていることが、三つあります。
一つは、ヤケを起こしたI社が暴れ出した時に、上手く収めることができるかどうかです。以前からA組配下のI社と仲が悪かった会社などは、「喧嘩だとぉ。おぅ、上等じゃねえか。」と思っていますから、その時は騒ぎが大きくなるでしょう。実際、飛び道具で商売道具がやられたことがありました。
次は、今後もご近所と上手くお付き合いができるかどうかが気になります。今のP親分は信用できるとしても、代替わりした後も同じように守ってもらえるでしょうか。やっぱり街の治安は、住民みんなで守ってゆけるようにしたいものです。仲直りが進んでいるとは言え、今後も宗旨の違う檀家同士が仲良くするにはどうしたらよいのでしょう。
最後に、このまま今の商売が続けられるかどうかです。お客さんが今まで通りには商品を買ってくれなくなるかもしれませんし、画期的な新製品が作られかもしれません。仕入れが止まってしまうことが、起きないとも言い切れません。新たな商売を始める準備はしていますが、上手く軌道に乗るかは未知数です。
もちろん、他にも気になることはあるでしょうが、今の若社長は、もう後戻りができないことを覚悟して、自分の決断が実を結ぶ事を信じて進み続けるしかないと思っているはずです。
(おしまい)
あとがき
いや~、会社経営ってヤクザが絡むと本当に危ないですよね。
どこかの会社のように、ヤクザにビビッて言われるままにみかじめ料を払っただけでなく、組事務所を新築してあげたり、下っ端組員に脅されただけで社内規則を変えるのでは、従業員はやってられません。
このままじゃ商売の方も、ヤクザと一緒にパーになるのを覚悟しなければならないでしょう。それでも、次の株主総会には間に合わないかもしれませんが、いずれは経営陣を総入れ替えして、ヤクザ絡みの社外取締役連中を締め出した上で会社再建ができると、私は信じています。
しかも、以前にT親分が言っていた、「最初は、うちの組から」が正しいとすれば、もうヤクザに邪魔される心配がなくなるので、最後の大掃除は思う通りにできるのではないかと期待しています。
その時はみんなで協力して、隠れた汚れも見落とさずに、隅から隅まで綺麗にしたいものです。