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どんなときだって、子どもたちは楽しんでいてほしい。

2020年3月11日(水)

社会にゆとりがなくなった時、その影響を受けやすいのは子どもたちだ。自分たちではどうしようもない、それを弱い立場といったらいいのか。彼ら自身が弱いのではなくって、社会が彼らを弱い立場においている。そういう意味で弱い立場に置かれている彼らに、ゆとりを取り戻せたらと思っている。

ボクなりに考えて、何人かの声に応える形で行っているのが古民家開放だ。ふだんも団体として行っている平日の古民家開放。ふだんは開いていない水・木曜日も昼間に短い時間(10:00-13:00)ではあるけど開けている。そうすることで、先週の金曜日から毎日、古民家にいる。

昨日も10時に古民家を開ける日だった。朝のうちに済ませておきたい仕事を済ませたら9:30だったので、少し早いが古民家をあけに向かった。着いたのは9:50。シャッターを開けて中に入る。暖房をつけたり、お湯の準備をしたり、準備を始める。すると、10:00ちょうどに子どもたちがやってくる。おはようと言いながら昨日と同じ場所にすわってゲームをはじめる。

おとといに、はじめましてで来た少年たちもいる。昨日で2回目なんだけど、傘を振り回しながら、おふざけしながら入ってきたのが嬉しい。おとといは大人しい子だなと思っていたけど、それは緊張していたんだとわかる。ふだんはこんなふうにふざけたりするんだね。ここに少しずつ慣れてきてくれたのかな。

それに、かっぱえびせんや飴といったお菓子や、お昼ご飯用のおにぎりを持ってきた子もいる。おとといは、ただゲームだけ持ってきただけだったのが、少しずつ変わってきている。ただ来る場所から、自分たちの場所に少し変わったのかもしれないなって思う。そうやってカスタマイズしながら、それぞれが、ゆったり過ごせる場になってほしい。

そんな時間もすぎ、みんなが帰るとき。「またね」とことばをかわし「ばいばい」と歩いて帰る姿を見送る。その、「またね」に、また必ずきてねといった強制力をもたせたくない。でもね、やっぱりできたら、また会いたいなという微かな願いを込める。「またね」を僕らは古民家を開け続けることで、再開できる可能性をもたすことしかできない。

きっかけは、子どもたちにとってはどうしようもないものだった学校一斉休校。そんなときでも、すこしでも楽しい記憶を残してほしい。それ自体もボクのエゴのようなものかもしれない。古民家をあけることにいつも以上の意味をもたせたくはない。そうじゃなくって、いつも通り、ただ開いているだけの場所にしておきたい。ただ、学校一斉休校の中でボクなりにできることをできる範囲ではしたい。

そうした思いで行っていることに、彼らがどう思うかは彼ら次第。でもね、どんなときだって、子どもたちは楽しんでいてほしい。なんなら、ゲームを友達とめっちゃできたし最高だった。そんな記憶が残ったら嬉しくもある。そのために大人である僕らにできることはある。ここに来る子が最初にいった「ずっと家の中で退屈」「充実しない」「暇」と彼らに言わせているのは僕たち大人なんだから。


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1983年、京都府生まれ。滋賀県米原市在住。11歳、6歳、5歳の3児の父。長女が生まれた頃、初めての子育てで、娘との接し方や娘が求めている事が分からず、自分がとても苦しい思いをしていることに気づいたのが居場所づくりのきっかけです。編みもの、家事、散歩のことも書いてるよ
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